イッツ・残業タイム-2
「んで?ここはどんな場所なんだ?」
入り口から中に入って暫く歩いたところで、トーカスがシエラに聞く。
「10階層までの小型の迷宮。下の階層に行けば行くほど、広くなるタイプみたいなんだけど、とりあえず、この地下1階部分はさほど広くなくて、一応さっきマッピングした内容と、出る前にもらってきた地図の内容を比べてみたけど、ほとんど変わりがないから、地図の内容の通りなら、Cランク冒険者なら、大体2~30分程度で下の階に行けると思う」
入ってすぐにシエラが行ったのは、地下1階層のマッピングと索敵だった。迷宮内は少し特殊で、マッピングや索敵といったスキルが、レベルによってはできない場合があったりする、という特徴を持っていた。
「出てくる奴らも雑魚ばっかりか」
トーカスが歩きながら、うぞうぞと動いていたスライムを数体、風の刃で切り裂きながら言うと、あれ?とシエラが首を傾げながら、トーカスが倒したスライムの方を見つめて、口を開く。
「そう、なんだけど……今のって、スライムだったよね……?」
真っ二つに小さな核が壊された元スライムは核のかけらだけを残して跡形もなくきえてしまったので、シエラには元の姿がどうだったのかがわからなかったので聞いたのだが、トーカスが、はぐれっぽかったな、とけらけらと笑いながら答えた。
「あー……まぁ、スライムの当たりなんて引いたらとんでもないことになるから、ハズレで全然いいんだけど。とりあえず、この階に人の気配はないから、先にさくさく進んじゃおう」
子供でも倒せるのがスライム、と言われるものの、スライムの種類は多岐にわたっていて、正直、その生態系ははっきりと解明されていなかったりする。
シエラの言うあたりとは、毒もちや特大サイズのスライムのことを指しており、そうそう滅多にお目にかかることはないものの、遭遇した場合は、素直に撤退したほうがよい(=下手をすると命にかかわってくる)と言われている。
まぁ、トーカスが雑魚だというんだし問題はないだろう、とシエラは思い、一旦スライムのことは頭の隅に追いやって、下への最短コースを選んでまた進み始めた。
「うーん……」
地図と実際の場所に違いがないかを確認しながら歩いていくが、索敵をしながらだと、どうしても少し歩いては止まりを繰り返してしまうため、効率が悪いな、とシエラは小さく唸った。
「そうだ、ねぇ、トーカス。地図と実際の状況に違いがないかを確認しないといけないからさ、申し訳ないんだけど、索敵はお願いしていい?」
シエラが歩きながら言うと、もちろん任せろ!とトーカス奥に向かって風の刃を飛ばした後、胸をドン、と叩いた。
「というか、まぁ、そもそも俺も父上も索敵は常にしてるから、一緒にいる時は別にしなくても大丈夫だぞ?」
トーカスに言われて、シエラはそうなの?と少し驚いた顔をする。
「街中以外で索敵するのは当たり前だろ?」
「え、あ……そう、です……かね?」
よくよく考えれば、彼ら魔獣や魔物は、人間と違って常に日頃から生死をかけて野宿しているのが普通なのか、とシエラは思い至る。
(なんか、ほんとに、こうやって感覚のズレを感じると、改めて、人間じゃないんだったわ、ってことを思い出すな)
最近は特に話す内容も、行動も、人間くさすぎて、彼らが自分とは違う種族であり、魔獣であるということをうっかり忘れているということに、シエラは今更ながら気づいたのだった。
暫く歩いたところで、下への階段がある場所へ到着したシエラ一行。
後ろでザシュッとトーカスがまたスライムを倒したのを見て、シエラは足を止めて、うーん、と少し考えこんだ。
「それにしても、スライムが多かった気がするんだけど……」
スライムが現れること自体はおかしくないのだが、数が多すぎる気がするし、何より、スライム以外が出てきていないことも、シエラには微妙に引っかかった。
「さぁ、それは俺にもわかんねーけど。でもま、所詮スライムなわけだし、あんまし影響はないだろ?ほら、階段に到着したんだし、とっとと降りようぜ」
はやくはやく、と急かすようにトーカスに言われて、シエラはそれもそうか、と頷いて、一緒に階段を下りていく。
「…………あれ?」
ギルドにやってきた冒険者の話では、2階に降りてすぐのところで仲間を見つけた、と言っていたはずなのだが、シエラ達が到着した場所には、仲間と思しき姿はどこにも見当たらなかった。
「2階に降りてすぐって言ってたなかったか?」
「うん、言ってた、はず」
トーカスに言われて、シエラは頷く。
「とりあえず、ちょっとマッピングしてみるから、念のため、コーカスとトーカスは、人の気配がないかどうかを確認してくれない?」
「「わかった」」
シエラに言われて、コーカスとトーカスは周囲の索敵を行う。シエラもマッピングを行ってみるが、地図と特に相違点は見当たらなかった。
「……どう、いた?」
「いや、この階には人の気配はないな」
「相変わらず、いるのはスライムだけみたいだぞ」
コーカスとトーカスの答えに、シエラはうーん、と唸った。
「生きてて、この場から移動した、ってことかと思うんだけど、それならあんな、吐くほどの何かがあったとは思えないんだけど……困った」
どうしたもんかと頭をポリポリとシエラは掻くと、仕方がない、と気持ちを切り替えて、一旦、最下層まで最短コースで進むことにした。
「幸い、規模自体が小さい迷宮だから、コーカス達もいるし、そう時間もかからずに最下層まで行けると思うんだよね。そこまでに、見つけられれば、保護していったん戻ればいいし、もし見つからなかった場合は、下から各階層を隅々までチェックしながら戻っていけば、何かしらの手がかりくらいはつかめると思うし」
うんうん、とシエラが頷きながら言うと、それなら、とコーカスがシエラの首根っこを掴み上げた。
「なら、さっさと行こうぜ!」
「ちょ、トーカスぅぅぅぅぅーーーーー!!!!」
やめろ、とシエラに言う間を与えず、トーカスは駆け出し、コーカス達もそれに続いた。




