イッツ・残業タイム-1
スプマンテ迷宮。
王都の近くに数年前現れた小さな迷宮で、主に討伐推奨ランクF~Dランクの低ランクの魔物が目撃されている。迷宮が発見されてから今日まで、高ランクの魔物の目撃情報は一度も上がってきていなかったので、管理を委託しても特に問題なし、と判断され、昨年から民間委託となった迷宮の1つだ。
もちろん、すでにこの迷宮は、委託前に最下層まで踏破されており、迷宮内部の構造も、最下層まですべてマッピング済みなので、安心安全と初心者に人気の場所だった。
「すみません、とりあえず、少し前に出てきた冒険者の方の様子がおかしかったので、新規での入場に関しては制限をして、今は止めてあるのですが……」
スプマンテ迷宮の入り口の隣で、受付作業をしていたという女性から、シエラは話を聞いてみたが、何が起こっているのかは、正直分かっていない、ということだった。ただ、なんとなく異常事態であることは察したので、入場規制を行い、中央ギルドへ状況を連絡して指示を仰いだところ、シエラが来る、という連絡を受け、今に至る、ということだった。
「今日はいつもより利用される方が少なくて。まだ出てきていらっしゃらない方はあと3名だけのはずです」
彼女の話では、まだ出てきていない人たちの他にも、何人かの冒険者たちがこの迷宮を利用していたらしいのだが、ほとんどは昼過ぎには迷宮から出てきていた、ということだった。
それまではいつもと変りなかったということらしいのだが、少し日が傾いてきた頃、中央ギルドに駆け込んできたと思われる冒険者2名が、受付で彼らの仲間だというバイザーという冒険者が戻ってきていない、ということで、利用確認にやってきてから、事態は一変する。
まだバイザーが出てきていない、ということを受付で確認した彼らは、受付をしてそのまま2人で中に入っていったらしいのだが、1時間程で血相を変えて飛び出してくると、何かを叫びながら、そのまま走ってどこかへ行ってしまったのだという。
たぶん、ここを飛び出して、そのまま中央ギルドへと駆け込んできた、というところだろう。
「彼らのギルドで言ってたことから察するに、たぶん、バイザーって人に何かあったんだと思うけど……そのバイザーって人の他にも、2人まだ戻っていてない人がいるとなると、そっちも念のため、安否確認しないとまずい気がするなぁ……」
うぅん、とシエラが眉を八の字にしながら、受付の女性に再度確認する。
「あの、まだ戻ってきていないあと2名の方のお名前も教えていただけますか?」
「ちょっと待ってくださいね、ええっと……」
聞くと彼女は、慌てて帳簿を繰りながら該当者の記載箇所を探す。
「……あった、この方たちです。まだ戻ってこられていないのは、Cランク冒険者のサントという男性の方と、同じくCランク冒険者のユメという女性の方ですね」
「わかりました。……あれ、この2人、一緒に入ったんですか?」
帳簿記載の受付時間を確認すると、どちらも同じ時間になっていたので、シエラが確認すると、彼女は「はい」と言って頷いた。
「ただ、受付の時にそれぞれのプレートを確認したら、所属されているパーティーは別々でしたので、どういった関係なのかまではわかりませんけど……」
と彼女が付け加える。
「そうですか……であれば、一緒に居る可能性もあるってことですね。わかりました、ありがとうございます」
そう言って、シエラは自分がまずやらないといけないことを頭の中で整理する。
(まずはバイザーさんの調査。これは2階に降りてすぐってことだったから、場所はある程度絞り込めてるからすぐに確認が取れるはず。後は、まだ出てきていないサントさんとユメさんの捜索。……1階にいてくれたら助かるんだけど、まぁたぶん、こういう時ってそんなことは滅多にないから、最悪、最下層まで踏破しないといけない可能性もある、ってことか……)
そう考えて、シエラは小さく息を吐く。
「……早めに捜索した方がいいと思うので、とりあえず、私はこのまま潜ります。申し訳ありませんが、私が戻るまで、ここの新規利用は停止をお願いします。あとは、規定に沿って、私が丸一日戻らなかった時は、ギルドには一度、報告をお願いします」
「わかりました」
彼女が頷くのを確認すると、シエラはぺちぺちと自分の頬を軽くたたき、迷宮の中へと移動した。
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