初日ー3
渡された資料の三分の一ほどを読み進め、もうあと1時間もすれば定時がきて、シエラは仕事を上がれる、という時だった。
「あ、あの、すいません。迷宮の資料が、こっちにあるって聞いたんですが」
1人の女性が、恐る恐るといった風に声をかけてきたので、シエラは「はい、お借りしてます」と答えた。
「えと、スティル迷宮が載っている資料を見たくて……」
女性に言われて、シエラはちょうど手に持っていた資料を渡した。
「それなら、ちょうどこの資料です。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
受け取った女性は資料をパラパラとめくり、スティル迷宮の記載箇所探し始めた。シエラはの他の迷宮の資料を、と思ってまだ見ていなかった資料を手に、パラパラと内容に目を通していく。
「…………」
それから数十分が経過したが、資料を見に来た女性は、まだ、その場にいた。
シエラは何度かちらちらと女性の方を見るが、資料とずっとにらめっこを続け、唸ってはページを行ったり来たりするだけの状態が続いている状態だった。
何のために資料を見に来たのかなど、理由が全く不明だったので、探している記述内容が見つからないのかな?と思ってあまり気にしていなかったのだが、流石にそれにしてはちょっと調べ物が長すぎるのでは?と気になり始めた時だった。
「なぁ、あんた。さっきからずっと唸ってるが、なんか困ってるのか?」
トーカスがとことこと女性のところに歩いていき、声をかける。
「え?……え!?…………あ、あぁ、いやその……」
女性は少し戸惑いながらも、藁にも縋るおもいで口を開いた。
「実は、先ほど持ち込みでスティル迷宮で入手した素材の鑑定の依頼を受けたんですが、スティル迷宮では今まで目撃されたという情報が上がってきていないはずの魔獣の素材だったので、確認しようと思って資料を見てたんです」
「ふーん。資料には目撃されたことのある魔獣とかが全部載ってるのか?」
トーカスが聞くと、女性ははい、と頷いた。
「中央ギルドで管理している資料は、どんな小さなことも記載をするという規則になっていて、特に迷宮内で発生する魔物や魔獣の情報は、冒険者の方たちが命を落とすリスクを下げるためにも、細かく確認して、記載がない魔獣や魔物が現れた場合は職員が現地調査を行い、確認できた場合は資料に追記していく、という決まりになっているんです」
女性の言葉に、シエラは少し前にモルトで行った生態調査を思い出して、あぁ、と少し遠い目をしながら小さく呟いた。
「それで資料を確認したんですが、やっぱり載っていなくて。でも、載っていないということは……」
「現地調査が発生するから、本当に間違いがないかどうかを調べていた、ってところですか?」
シエラが聞くと、はい、と女性が項垂れたように答えた。
(まぁ、誰だって急な現地調査なんてやりたくないよねー……)
わかるわー、とシエラが憐みの目を向けていると、トーカスが鑑定で分からないのか?と女性に問いかけた。
「あぁ、そうか。鑑定のレベルが8くらいまでいってれば、素材の入手元というか、原産地というか。この場合だと魔獣の生息地がわかりますよね?それに、高位鑑定用の魔道具があれば調べられるんじゃなかったでしたっけ?」
シエラがポン、と手を叩くと、女性は小さくため息をつきながら、フルフルと頭を横に振った。
「今いる受付係では、最高レベルが5なんです。先月、鑑定レベル8を持った人がいたんですけど、産休に入っちゃって。高位鑑定用魔道具は、その女性が産休に入るってことで、メンテナンスに出したら、ちょっと不具合が見つかったとかで、まだ戻ってきていないんです」
「あちゃー……」
なんて間の悪い、とシエラは女性に同情する。
「……………………なぁ」
トーカスがシエラに声をかけてくる。
その声をかけてきた理由が分かったので、シエラはトーカスの呼びかけを無視する。
「…………まぁ、定時に上がりたいんだもんな?」
「う…………」
トーカスに言われて、シエラは言葉に詰まった。
「さくっと見てしまえばいいんじゃないのか?すぐだろう?」
「…………そだね……このままにして、現地調査させるのはなんか流石にちょっと、私もひどいと思うわ」
鑑定するだけならすぐに終わるわけだし、1件見るだけなら、定時上りに支障はないだろうと思い、シエラは観念することにした。
まぁ、女性から頼まれたわけではないので、観念する、という表現も少し違うか、とシエラは苦笑する。
「よければ、私が鑑定しますよ」
「え?どういうことですか?」
シエラの申し出の意味が分からない女性が聞くと、あぁ、とシエラが苦笑しながら自分のスキルボードを女性に見せた。
「一応、鑑定のレベルは10あるんで、お役に立てるかと」
シエラのスキルボードを見て目を丸くするも、女性は目に涙を浮かべ、シエラの両手を取って、ありがとうございます!と大きな声でお礼を叫ぶと、何度も頭を下げた。
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