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急行前の一準備

「主の命により、お迎えに上がりました」


「…………」


ジェルマは目の前に現れた桜色のコッカトリスに言葉を失っていた。


(……確か、サクラだったよな?何でこいつがここにいるんだ?)


ギルドを出たところで、いきなり目の前に現れたかと思ったら、頭を下げて、先ほどの台詞を吐かれた。


「ええと……シエラの従魔のサクラ、であってるか?」


まずはその認識が間違っていないかを確認しようと聞いてみると、目の前の鶏(サクラ)ははい、と頷いた。


「シエラの姿が見えないが……お前ひとりなのか?」


聞かれてまた、はい、とサクラは答えた。


(おいおい、あいつ……一人で従魔を行動させるとか、ギルドにバレたらどうするつもりなんだよ)


額に手を当てて、特大のため息をつくジェルマに、サクラはあの、と声をかける。


「どうやら私共の食料が不足しているということでしたので、出発の前に、食糧調達をいただいてもよろしいでしょうか?」


シエラに頼まれたわけではなかったが、そもそも、話を聞いていた限りだと、今回、自分が彼を迎えに来たのは、そこが原因である、ということなのだとサクラは思っていたので、念のため、お願いしてみたのだ。


「あぁ……そう言えば、急に依頼したし、あいつもまさか、すぐに帰ってこれなくなるとは思ってなかっただろうからな。仕方ない、市場に寄ってからいこう」


「ありがとうございます」


妙に礼儀正しいコッカトリスに、ジェルマは少し戸惑いつつも、市場へと足早に向かって行った。



「おや?ジェルマじゃねーか。お前がこんなところに来るなんて珍しいな。ここには酒は置いてないぞ?」


今ではシエラの行きつけとなっている野菜屋の親父が、ジェルマの姿に気付いて揶揄ってきた。


「うるせーな。俺だって、好きで来てるわけじゃねーよ」


面倒な奴に見つかった、とジェルマはガシガシと頭を掻きながら答える。


「んだよ、そんなこと言うなら、せっかく手に入ったバーサックの特級の酒、分けてやらねーぞ」


「なに!?」


飲み友達でもある親父の言葉に、思わずジェルマは目を丸くする。

ギガルメシュとは、ここ、サントーリオ王国の隣国にあたる国で、サントーリオとは友好国であり、交易も盛んに行われている。この迷宮都市モルトも、隣接するクッティ・サーク山脈を越えると、ギガルメシュでも三本の指に入る大都市、バーサックに行くことができ、山脈越えはそこそこの危険を伴うものの、王都トーリッシュに行くよりも、バーサックに行く方が近かったりする。

そんなバーサックは、ギガルメシュの中でもトップクラスの酒造都市と言われていて、この国の約9割の酒は、バーサックで酒造されている。

中でも、バーサックの果実酒は国内外問わず人気があり、特に出来の良い年の物はとんでもない高額で取引されることもザラで、過去には、そのせいで、国を傾けかけた王もいるほどだ、なんて話まであるくらいだった。


「お、お前がそんな代物を手に入れられるはず、ないだろう!絶対に騙されてるぞ!?」


ジェルマが叫ぶ。

バーサックの果実酒は、1~5級の5段階と、さらにその最上位の特級の計6段階で評価されている。特級は、国王への献上品等で取引されるレベルの高級品となり、一般市民では一生、目に触れることはできない、とすら言われている。

そんな代物を、モルトの市場で毎日仕事をして生計を立てている一般市民が、もちろん手に入れらるはずがないのだ。


すると親父は、がはは、と豪快に笑った。


「馬鹿野郎、嘘に決まってんだろうが。俺が特級なんて手にできるわけねーだろうが」


親父の言葉に、ジェルマはほっと胸をなでおろした。


「心配させんなよ……最近、ギガルメシュの高級な酒が安く手に入れられるとかって触れ込みの犯罪も増えてきてるって情報が回ってきてんだよ。てっきり、お前がそれに騙されちまったのかと思ったじゃねーか」


ジェルマに言われて、そんなのがあるのか?と親父は少し驚いた顔をする。


「わりぃわりぃ。お前とまだ日が昇ってるうちに会うと思わなかったからな。ちょっと揶揄っただけだ」


少しすまなそうな顔をする親父に、ジェルマはいいよ、と軽く手を振ると、そうだ、と本題に入った。


「悪いんだが、この店に残ってる野菜、全部くれねーか?もし、近くの他の店でも残ってる野菜があったら、全部買う」


「………は?お前、急に来たと思ったら、なに言い出すんだ?」


首を傾げる親父に、ジェルマは後ろに控えていたサクラを抱き上げて、こいつだよ、と親父に見せると、あぁ、と彼は納得して首を縦に振った。


「シエラちゃんとこの鶏のエサってわけか。ちょっと待ってろよ。おーい、かあちゃん!来てくれ!」


親父は奥さんを呼び出すと、事情を説明し、近隣の店へと野菜をかき集めに出た。


「悪いね。これに入れてくれ」


ジェルマは奥さんにマジックバッグを差し出すと、野菜をどんどん詰めていってもらう。


「ありがとうございます」


サクラがぺこりと頭を下げると、ジェルマは気にしないでくれ、と笑った。


「しっかしよー……そんなに食うのか?シエラちゃんとこの鶏ってのは」


どう考えても普通の鶏が消費する量ではないだろう、と、常々疑問に思っていた親父は、ジェルマに請求書を渡しながら聞く。


「あぁ、ちょっとこいつらは特殊だからな。そもそも、鶏の見た目をしているが、立派な従魔、魔獣だからな?」


受け取った請求書をマジックバッグにしまいながらジェルマが言うと、そういえばそうだったな、と親父は笑った。


「ま、うちとしては定期的に野菜が捌けるから助かるってもんだ。良かったらこの後一杯、どうだ?」


くいっと手を動かして、酒を飲む真似をする親父に、ジェルマは苦笑しながら、まだ早ぇよ、と言いつつ答える。


「悪いな、まだ仕事が残ってんだよ。また酒場で会ったら、そん時は一緒に飲もうぜ」


そう言うとジェルマは、サクラを連れて、市場を後にした。



「さて、と。それじゃシエラがいるところでも探すとするか…って、おわ!?」


門を出たところでジェルマがそう言うと同時にふわりと自分の体が宙に浮いたので思わず体をばたつかせる。


「主の命により、できるだけ早く連れてきてほしい、ということでしたので、私がご案内します。落ちないよう、しっかりと捕まっていてください」


ジェルマをひょいっと自分の背中に乗せると、サクラが言う。


「え?っておわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ぐっと一瞬、サクラの体が沈んだかと思うと、ドン!という大きな音と共に、空高く飛び上がり、そこから急降下しながら森の方へと飛んで消えて行った。


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