【閑話】トーカスの一日
気付けば今回200話目。せっかくだったので、ちょっと閑話をはさんでみました。
俺の名前は工藤伸一。現役大学生という称号をつい先日手放したばかりの22歳だ。
そんな俺は現在、モルトと呼ばれる街にある、第一ギルドの受付嬢、シエラの従魔として、絶賛、モンスター生活を謳歌中である。
正直、事の起こりはよくわかっていない。
というか、ぶっちゃけ、気づいたら自分が鶏になってこの世界にいたんだよな。
まぁ、その手のラノベは暇さえあれば読みまくってたから、最初は、ついに俺の時代!?とかちょっと興奮したりもしたけどさ。
特に誰かに召喚された~だとか、神様に転生しろ~とか言われたわけでもなかったし、チート能力なんてもんも、もちろん持ち合わせてないことに気付いてからは、とりあえず、この世界と、鶏(後で自分がコッカトリスだと気付いたけど)の人生を楽しむことに決めて、深く考えるのはやめた。
その後いろいろあって、現在、シエラとの同棲生活を送っているわけなのだが、これがまた、某名探偵バリに事件や厄介事に巻き込まれるタイプの人間みたいで、毎日毎日、大小関係なくトラブルの解決に忙しそうに走り回っているのだ。
あ、もちろん、そのトラブルの中で殺人事件は起きてないから安心しろ!
今日も今日とて、依頼をしに来た商人に「この時期はまだ芽が出てすらない種類の花だから、採取してくることは絶対にできないので、依頼を受理できない」断ったところ、「娘の結婚式に必要だと言っているだろう、それを何とかするのがギルドの役目じゃないか、役立たずが!」と怒鳴られているのを見かけた。
人の生死がかかっているとかならまだしも、結婚式だろ?
そりゃ、娘の結婚式だって大事だって言いたいのはわかるけど、でも、人に無茶言って罵倒していい理由には全くならんだろう。代わりの花、探せよ。
と、俺は心の中で思ったが、シエラは受付嬢なので、もちろんそんなことは言えないから、表情の無い顔で淡々と、できない、すみません、を繰り返していた。
幸いというかなんというか。
俺、社会人経験って1か月くらいしかないんだよね。学生時代にバイトはしてたけど、常連さんしか来ない、なんでやっていけてんだろ?って不思議なくらい割と暇な喫茶店のウエイターだったから、あんなこと言うような客、見たことねーんだよなー。
……俺、もしコッカトリスに生まれ変わってなかったら、ああいう理不尽なことを取引先とかから言われたりしてたのかな。
なんて思ったらぞっとしたわ。
まぁ、そんなこんなで仕事を終えたら、後は帰宅!
寮の食堂がまだ開いてたら食堂で飯を食うことがほとんどなんだが、まぁ、八割方間に合わないことの方が多いんで、その時は、どこかで飯を食って帰るか、買って帰って寮で食べている。
シエラは滅多に酒を飲むことがないんだが、たぶん、飲める口だと俺は思っている。
何度かジェルマに攫わ……ゲフン。
何度かジェルマに連れられて飲みに行っていたのだが、ジェルマと同じくらい飲んでるのに、あいつが潰れてるのは見たことがあるが、シエラが潰れているのは見たことがなかったからだ。
食事を終えて、少しゆっくりした後は全員そろって就寝。
と行くところなんだが。
「では、行ってまいります」
「うむ、気を付けてな」
「はい」
シエラが寝たのを確認した後、俺はいつもの街の見回りに出かける。
もちろんシエラには内緒だ。
なぜかって?
言ったら怒られるからに決まってるだろ?
街の中じゃ従魔だけがちょろちょろしてたらダメらしいんだよ。
でも、ほら。
せっかく転生したんなら、なんかこうちょっと、やってみたいじゃん?
ヒーローチックなこと!
まぁもちろん、大っぴらに姿を現すことはできないし、誰かに見られても不味いから、めちゃくちゃ隠密行動なわけで。
気付けば「隠密」なんてスキルまで獲得しちゃったわ、俺。
これ、頑張ったら忍者になれんじゃね??
なんてことを思いながら、俺は街にある建物の屋根の上をトトトと駆け抜けながら、人通りの少ないところや、通りから死角になりそうなところ、をくまなくチェックしていく。
まぁ実際問題、見回りしたところで、トラブルやらなんやらなんてそう起こることはない。あんなちょろちょろ事件が起こるってのは、やっぱりテレビなんかのフィクションの世界だけの話だわ、うん。
平和な街をのんびりと歩き回っていた俺は、ちょっとテンションが上がってきて。
「モルトの平和は この魔法使いトーカス様がガンガン守りまくっちゃいますからねー!」
なんて翼をバサッと広げて言ってみたり。
いやー、言ってみたかったんだよね、このセリフ。
上機嫌にふんふんと鼻歌を歌いながら帰路についていると、トーカス様、と誰かの呼ぶ声がしたので、俺は足を止めた。
「……その声はサクラか」
俺は某アニメソングの鼻歌を歌っているところを見られた羞恥心で、今すぐにでも悶え死にそうなのを必死で取り繕い、普段と変わらない様子で、俺は答えた。
ていうか、何だよ、ぜんっぜん気配に気づかなかったわ!
仲間なんだから、もっとわかりやすく近いづいて!
そんな俺の心中など全く気にする様子もなく、すっとサクラは姿を現すと、小さく頭を下げて口を開いた。
「街の外に、我等の傘下に入りたい、と申し出ている者がいるのですが、いかがいたしましょうか」
「またか……」
シエラと共に街で生活するようになるまでは、もちろん俺は、モルトの周辺の森で暮らしていた。もちろん、俺も立派なモンスターだからな。縄張りをめぐっての激しいバトルなんかも当然あったりしたわけで。実は俺たちの群れは、一時期、森一帯のリーダー的存在だったことがあるのだ。もちろん、街に出ることになったから、その役割は、兄さんの群れに引き継がれていったんだが、俺たちといると人間に狩られない、とか、街で安全に生活ができる、とかいうちょっとよくわからない噂が、モンスターたちの間で広がっているらしく、こうして時々、見回りをしているサクラやラピにお願いしに来るやつがいたりする。
「で、今回はどこのどいつだ?」
「はい、今回はクッティ・サーク山脈に住む、ファフニールからの依頼です」
「ぶっ!!」
思わぬ言葉に、俺は思わず吹いた。
ファフニールって今言ったよね!?
「ちょっと待て、間違いないのか?ファフニールってあれだよな、ドラゴンだよな?」
「はい。私たちが森を離れてから、やってきたようなのですが、何やら周囲が騒がしくなってきており、しかし新しく住処を探すのも面倒なので、傘下に入れてもらい、街でのんびり暮らしたい、ということなのですが」
「え、何、その理由」
おおよそドラゴンの口から出たとは思えないその発言に、俺は思わず顔をひきつらせた。
「いかがいたしましょうか」
「えー、無理だろ」
ドラゴンなんぞが街に現れたらそれこそ、モルトの街だけじゃなく、国中がパニックになっちゃうんじゃね?と思った俺は、思わずため息をつく。
「とりあえず、人型になれるかどうか聞いて、また、改めて回答するって言っといて」
「かしこまりました」
サクラは小さく頭を下げると、すっとその場からいなくなった。
「えー、ていうかドラゴンとかマジでいるんだなぁ」
正直俺は、この街や周辺から生まれてこの方出たことがない。
まぁ、正確には、こないだ王都まで旅行で出かけたが、珍しいモンスターとか、そう言うのには全くエンカウントしなかった。
「いやー、これでもし、ドラゴンが仲間になったりなんかしたら俺らのパーティー最強なんじゃ……」
そこまで考えて、ふと、少し前にちゃっかり仲間になったポチ(フェンリル)に、激弱スライムのプルプル(なのにシエラの一番のお気に入り)を思い出し、あることに気付いた。
戦闘:ドラゴン
マスコット:ポチ
癒し:プルプル
=俺、洋ナシ??
「やべぇ、俺のレゾンデートルが……!」
俺は慌てて寮へと戻り、シエラの足元に潜り込むと、俺の羽毛でしっかりと温めながら、眠りについたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字につきましても、適宜修正いたします。ご報告いただきありがとうございます。
今週・来週と少し立て込むため、更新ができない可能性がありますので、念のためご報告です。
(時間を見て書けたらな、とは思っているのですが…汗)




