コーカス先生
「それにしても……講師がコッカトリスとは思えないな」
「そうですか?」
「そうですよ。魔物が講師を務める、という話を聞いたとき、正直想像ができませんでしたから。テイムによって、主従関係となった人と魔物が意思疎通ができるようになる、という話は聞いても、関係のない第三者まで意思疎通ができるなんて話はあまり聞きませんからね」
訓練場でコーカスによる冒険者への戦闘訓練をしていることを知ったアオが、是非、見学させてほしい、と言ってきたので、その案内役を指名されたシエラは、彼らを連れて、現在、その場を見に来ていた。
「でも、魔物や魔獣の種類によっては、レベルが高ければ人語を解す場合もある、と言われていますし、そう、珍しいものでも」
シエラの言葉に、アオは少し驚いた顔をし、ミュシカは小さく、眉を顰めた。
「ありますよ。近くにいるせいで、感覚が少し、おかしくなっていませんか?」
「え、そんなことは……」
「まぁ、確かに、全くいないわけではないけれど……、でも、ここまで人とコミュニケーションが取れる魔物は、正直、僕は初めてお目にかかったね」
アオの言葉に、シエラは確かに、と小さく頷く。
最近は特になのだが、彼らがそもそも人間ではない、ということを、うっかり失念することも多くなっているのだが、普通はまず、そのレベルでやり取りができている時点でおかしい、ということを思い出した。
「まぁ、最初の頃はあれでしたが、人と一緒に街で生活しているうちに順応してきたようで、今ではすっかり街の一員として溶け込んでますね」
最初の頃は家畜と勘違いしてもらえれば、街中を一緒に歩いていても、そこまで騒ぎになることはない、と思っていたのだが、最近では、彼らを見かけた街の住人が、彼らに声をかけてくることもあるくらいで、街の人たちからは、住民として認められているのだとシエラは思っていた。
彼女は、断じて、最近、街で時々、大人が子供を叱るときに『悪いことをしたら鶏が飛んでくるわよ!』と言っていることは関係ないと思っている。絶対に、だ。
「しかし、彼らは武器を使うことができるのかい?」
棍棒を持った冒険者と手合わせをした後、コーカスが、それを振り下ろすときの踏み込み方や、当たらなかった時に次につなげるための振り抜き方や振り回し方などをレクチャーしている姿を見て、アオがまた、不思議そうに聞いてきたので、シエラはふるふると頭を横に振った。
「いえ、流石にちょっと無理ですよ。だって、あの手ですよ?」
チラリとコーカスを見る。人とそう変わらないサイズになっているとは言え、手と呼んだ部分はあくまでも翼であり、何かを握ることができるようにはなっていない。
「ゴブリンやオークなんかは武器を使ってくるので、そのあたりとの戦闘経験をもとに教えているそうです。まぁ、武器を使ってみたいと言っているのも一人いるんで、もしかしたらそのうち、武器を使うのが出てくるかもしれませんが……」
そう言ってシエラは、トーカスが必死で武器を掴もうとしていたのを思い出す。
……あの手(というか翼)でどうやって掴むというのか、と、シエラは思っていたのだが、なぜだかそのうち、トーカスに関しては本当に、武器を使うようになるんじゃないか、とも思っていたりする。
「君のところの従魔は本当になんというか、規格外だねぇ」
アオがくすくすと笑っていると、木陰でお昼寝をしていたポチが目を覚ましたようで、ワン!と鳴いてシエラの元に駆けつけてきた。
「で、そっちが例の、シルバーウルフかな?」
「ソウデス」
少し含みのある言い方をしてくるアオに、シエラは絶対に目を合わさないようにしながら答える。駆け寄ってきたポチの首のあたりをわしゃわしゃと撫で、頭の上に乗っていたプルプルを抱きかかえて、ぽよぽよと撫でる。
「こっちがポチで、こっちがスライムのプルプルです」
「こちらが、テイムスキル取得のために契約したスライムですか。……本当に、ただのスライムなんですね」
ミュシカがプルプルをまじまじと見つめながら言う。
「本当にって何ですか……」
思わず口をついて出たので、シエラは慌てて口を閉じる。
「コッカトリス複数と契約し、さらにフェン……ゲフン! シルバーウルフまで契約している状態で、今更スライムと契約なんて、誰がどう見ても、そのスライムが特殊スライムじゃないか、と思いますよ」
ミュシカに言われて、反論ができず、シエラは小さく口を尖らせた。
「……あ、訓練が終わったようですね」
ありがとうございました、という声が聞こえてきたので、二人を連れて、シエラはコーカスの方へと近寄った。
「お疲れ様、コーカス」
「あぁ、シエラか。そろそろ昼時か?まだ少し早いような気がするのだが」
訓練があるときに自分を呼びに来るのは大体お昼ご飯を食べに行く時なのだが、彼の腹時計はまだ昼を指していなかったので、首を傾げた。
「あぁ、お昼はまだ少し先だよ。こちら、中央ギルドのギルドマスターのアオさんと、その秘書のミュシカさん。コーカスの訓練の様子を見に来てただけなんだけど、ちょうど終わったところだったみたいだから」
シエラが言うと、そうか、とコーカスはちらりとアオとミュシカを見た。
「初めまして、中央ギルドのギルドマスターをしているアオと言います」
「……ミュシカと申します」
にっこりと笑って自己紹介をするアオと、アオが自己紹介をしたので、そのあとに続いてとりあえず名前を名乗ったミュシカ。二人を見て、コーカスはふむ、と小さく頷き、コーカスだ、とだけ答えた。
「で、何か用でもあるのか?」
「なっ!?」
コーカスのその言い方にミュシカが思いきり顔を顰める。シエラは終わった、と心の中で天を仰ぐ。
「いや、特に用があったわけではないんだ。過去に前例がなかったことだから、どういう様子なのかを見ておく必要があったんで、見学させてもらってたんだよ」
アオがすぐにすっと手を挙げて、ミュシカを制しながら言う。ミュシカは少し驚いた表情を浮かべながら、なぜ、と小さく呟く。
「そうか、ならばもう良いか?次が控えているんでな」
そう言ってコーカスがアオの後ろにいる冒険者の方をちらりと見る。
「あぁ、忙しいところ悪かったね」
「いや、気にするな」
そう言って、コーカスはトトト、と冒険者たちの方へと移動して行った。
「シエラさん、一体、どういう教育をしているのですか!」
コーカスがいなくなったところで、ハッと我に返ったミュシカがシエラに詰め寄る。
「中央ギルドのギルドマスターに対する態度ではありませんよ!」
詰め寄るミュシカに、シエラは顔を引きつらせながら、そんなこと言われてもなぁ、と心の中で呟く。
「ミュシカ、こら。ちょっと落ち着け」
アオがミュシカの頭をこつんと軽くたたく。
「彼は人じゃないんだ。僕らの常識や考え方を押し付けることはできないよ」
アオの言葉に、なんてできた人なんだ!とシエラは目を輝かせた。
正直なところ、コーカス達と出会ったきっかけを考えると、とてもじゃないが、ギルドマスターには敬語を使えだとか、そんなことが言える立場になかったし、むしろ、今でこそ普通に対等に話をしているが、昔はシエラが敬語を使っていた方だったのだ。
シエラ以外の人たちが彼らに普通に話しかけても何も言われない、という時点ですごい進歩ではなかろうか、とむしろ思っていたほどだ。
「しかし本当に、彼らにはますます興味が湧いてきたよ。近いうちに、ゆっくり話ができる場を設けさせてもらおうかな」
アオの言葉に、なんてことを言うんだこいつは、と、一転、シエラの目は死んだ魚のような目になり、光を失った。
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