ある意味、奇跡。
「ルーカス―……そっちの状況はどうなってる?」
日付がもう間もなく変わろうとしているところ、シエラは何とか仕事を片付け、応援を頼まれていた解体場へと顔を出した。
「おぉ、シエラ! 助かった!!」
「え?」
解体場に入るなり、ルーカスに手を引かれてこっちこっち、と解体作業台へと引っ張られた。その間、何人か目の焦点が合っていない状態の人間がブツブツと何かを呟きながら皮を剥いだり、角を切り取ったりしているのがシエラの目に入り、彼女は本能的に、これはマズいところに来てしまった、と直感で悟った。
「なん、で、こんなに大量に解体が残ってんの?」
解体の仕事は時間の勝負ともいわれる。なぜならものによって、解体を行う時間が遅くなればなるほど、劣化する素材が存在するからだ。そのため、解体場の労働時間は持ち込まれる素材の量に比例する。
年に数回、時期によっては解体場がこういう状態になることもあるので、珍しくはないのだが、今はその時期ではないはずだし、これほどの状態になるほど、魔物が大量に発生したり、討伐された、という話は聞いていないはず、とシエラが頬をひくつかせながらルーカスに聞くと、彼は少し遠い目をしながら、これの解体を頼む、と、ビッグ・ドードーとナイフをシエラに渡した後、隣でジャイアントボアの解体をしながら、事の経緯を教えてくれた。
「シエラが生態調査に出てるときに、海でクラーケンが出たらしいんだよ」
「クラ……!?」
「んで、そん時に偶々、船が近くを航海中だったらしくてな。クラーケンを倒せたってんで、一番近かったうちの港に持ち込んできたんだよ」
「いや、簡単に船を沈める奴らだよ!?」
「あぁ、偶々、船に『金色』が乗ってたんだってよ。そいつらが倒したらしい」
「こ、金色って、あの、『金色の稲穂』!?」
シエラが叫ぶと、ルーカスは苦笑しながら頷いた。
金色の稲穂は、サントーリオ王国で知らない人はいない、と言われるほど有名な冒険者パーティーだ。国内唯一の最高ランク、SSランク認定のパーティーで、メンバー全員、個人ランクもSランク保持者となっている、名実ともに最強の冒険者パーティーなのだ。
「そうか、金色にはレベッカさんがいるから……」
レベッカは金色のメンバーの一人で、弓と魔法を得意とするエルフ族の女性で、彼女は弓矢に魔法をかけて放つ攻撃を得意としており、中・長距離攻撃担当のアタッカーであった。
クラーケンは海上で戦う為、彼女のように弓や魔法を使える人物がいないと、まず、討伐は困難であるとされている。
「そうそう。魔弓で一発だったらしい」
「あ、あははは」
ちなみに、普通の人間には、一発でクラーケンを仕留める、などということはできない。
「で、海で討伐したってんで、うちに持ち込まれたんだけど」
モルトの街ではギルドが4つ存在しているが、ギルドで解体を請け負っているのはシエラの所属している第一ギルドと、迷宮の管理を行っている第二ギルドのみとなっており、本来はどちらに素材を持ち込んでもいいのだが、いつの頃からか、迷宮で入手した素材を第二ギルドが、それ以外のすべてを第一ギルドが担当する、という風に、自然と持ち込み先が決まっていっていた。
その為、今回のように海で討伐されたものだから、ということで、第一ギルドへと持ち込まれた、ということのようで、シエラは心の中で手を合わせた。
「まぁ、これがちょっとサイズがヤバくてさ」
「え」
「特級」
「うわぁ…………」
ビッグ・ドードーの解体を終えて素材を避けて残った捨てる部位をゴミ箱に放り込みながら、シエラは思いきり顔を顰める。ルーカスは無表情で2体目のビッグ・ドードーをシエラに渡した。
大型の魔物や魔獣は、それぞれのサイズによって等級がつけらる。一般的に認識されているサイズを中級とし、それより小さいと下級、大きいと上級となり、そのサイズによって、取れる素材の量や質が変わり、上級になるほど、良い物が取れるとされている。そして、稀に上級を大幅に超えるサイズのものが出没することがあり、それらは『特級』と呼ばれていた。
「基本的には持ち込まれた順番で解体はするが、今回は流石に特級サイズのクラーケンだったからな。出勤中の奴ら総出でクラーケンの解体に回って、通常の解体は休みの奴らを呼び戻して対応してたんだよ。で、今に至るってわけ」
そう言ってチラリと他のメンバーに視線を移すルーカス。
「魔法使いを何人か雇ってクラーケン入れてる倉庫をガンガンに冷やして傷まないようにして、ようやくなんとか3徹で解体は終わったけど、まぁこの通り、通常の解体が山のようにまだ残ってるって状態なんだよ」
2体目のジャイアントボアの解体を手際よく進めながら、ルーカスは乾いた笑いを浮かべる。
「正直なところ、解体場の人数を増やしてほしいところだが、まぁ、いつもこう忙しいわけじゃないからな」
「そうだよね、解体場が忙しくなるのって、時期的なものもあるけど、割と不定期だもんね」
常日頃から解体場が回っていない、となれば、人手不足として増員も検討してもらえるが、今回のように、たまに忙しくなることがある、といった程度では、増員は申請したところで通らない。
「ま、今回に関しては、マジでタイミングも悪かったしな。なんせいつもはないはずの生態調査があったからな……」
「あー…………」
シエラとルーカスは二人して、再び遠い目をする。
「いつもなら手伝ってもらえる人員はもうちょいいるはずなんだが、今回は生態調査に軒並み出てたからな。お前も今回は偶々早く帰ってきてくれてたおかげで応援頼めたけど」
ルーカスの言葉に、シエラは小さく、はは、と笑った。
「思えばすっごい確率だよね。ある意味、奇跡? クラーケンの出現頻度はまぁなくはないけど、特級がでる頻度なんてほんとにごく稀じゃない? で、普通はそのクラーケンが出る予兆があれば、みんな海から出ようとするけど、偶々、Sランク冒険者たちがいて、討伐までしてくれた。で、近くに街があって、そこで解体を依頼したら、そこのギルドは普段ではやっていないはずの時季外れの生態調査をやってて、解体ができるメンバーが常時よりぐんと少なかった、なんて」
「……改めて口にされると、ひくな、この確率。考えたくもねぇ」
そう言ってシエラにホーンラビットを3体まとめて渡してくるルーカスに、まだあるの!? とシエラは愕然とする。
「お前、もしかして今日帰れると思ってたの?」
驚いた顔をするルーカスに、シエラは信じられない、という表情を浮かべる。
「あ、当たり前じゃない!」
「あはは、残念だなぁ。帰れねーよ。ほれ」
そう言って、ルーカスは冷却魔法がかけられたシートをバサッと持ち上げて、山積みになっている素材をにこやかな笑顔でシエラに見せた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
生態調査をしていた時よりも、ギルドに戻ってきたほうが仕事がキツイという不可思議な状況に陥りながら、シエラは翌日の出勤時間まで、解体場で解体作業を行っていたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字につきましても、適宜修正いたします。ご報告いただきありがとうございます。
ちなみに、今回のお話の中にあるクラーケンですが、一応、ギルド内でのクラーケンの登録情報はこんな感じです。
■クラーケン
出現頻度:低
討伐推奨ランク:Sランク、複数パーティーでの討伐を推奨。推奨人数10名以上。
※理由
海上での討伐戦となることが想定されるため、中距離以上の攻撃ができることが最低条件。
また、クラーケンの足は複数あり、小型船の場合は1本で1隻を沈められる場合があるため、最低でも10名以上での討伐が望ましい。
買取可能部位:すべて
高額買取部位:目、墨袋
サイズ目安:下級 5m以下、中級 10メートルm程度、上級 20m程度
ちなみに今回の『特級』クラーケン、サイズは30m越えでございました☆
余裕で船、沈められるな。。。




