いざ、出発
鳥の囀りと共に、大きな鐘の音が辺りに響き渡る。
新しい朝が来たことを、街中に知らせる鐘だ。
「それでは行ってきます」
「何かあればすぐに連絡寄越せよ」
「わかってますって」
いつもなら起床する時間だが、出発の準備を整えて、シエラはすでにギルドに出勤していた。
生態調査に向かうところをジェルマに見送られ、シエラは小さく頭を下げると、くるりと向きを変えた。コーカスとトーカスを従え、ポチを連れ立って出口へと歩き出す。
「ついでに、未消化の依頼もこなしてくれて良いからな!特に採取系!」
「………」
後ろから聞こえてきた声は、たぶん、空耳だな、とシエラは聞こえなかった事にして、そのままギルドを出た。
「あれ?そっちはいつもの門と逆方向じゃねーか?」
門がある方向とは別の方向へとシエラが向かったので、トーカスが不思議そうに聞いてくる。
「そうだよ、担当範囲が反対側だからね」
モルトには東西南北それぞれに門が設置されている。基本的に人が出入りが一番多いのは、第1ギルドが一番近い、東側にある門だ。ここは王都へとつながる陸路に直結しているので、一般の人もよく使っている。
「いつもの方から調べるのはオーリ達の方だから。わざわざそっちの門から遠回りする必要ないしね」
反対に位置する西門は、山脈に続く道しかなく、また、近くに高レベルの魔獣が出ることがあるため、基本的には依頼を受けた冒険者くらいしか、出入りがない。
「今回はポチも一緒だから、移動はゆっくり、早歩き位でお願いね?」
シエラはポチを抱き上げると、コーカス達の方を見て、念を押すように言う。
「まぁ、様子を見ながら進めば問題ないだろう」
コーカスの理解したのかしていないのかわからない返答に、シエラは小さくため息をつきながら、歩き続けた。
ギルドを出て暫くは、出勤などで人も多く行き交っていたのだが、西門に近づくにつれ、人通も少なくなっていく。門に到着する頃には、シエラ達のほかに、人影は見当たらなくなっていた。
「外に出るのですか?」
門に到着したところで、門番の1人に声をかけられた。
「はい。ギルドの仕事で、生態調査に出るんです」
シエラが答えると、あぁ、と門番は小さく頷いた。
「第1ギルドの方ですね、通達は受けています。身分証を提示していただけますか?」
言われてシエラは、持っている職業プレートを提示した。
「…え?受付嬢?」
渡されたプレートを確認した門番は、大きく目を見開いて、シエラの方をみる。
「…人手不足ですから」
シエラは思わず目を逸らす。
「一応、テイムしているコッカトリスがいるので、大丈夫です」
小さな声で、まるで言い訳をするかのように呟くシエラ。
「お互い、大変ですね…」
何かを察した門番は、可哀想に、と表情に書いて小さく漏らした。
「と、とにかく、そういうことなので、通っても大丈夫ですか?」
なんとなくいたたまれなくなってきたシエラは、早くその場を離れようと、コホン、と咳払いをして聞く。
「あぁ、構わない。…気をつけてな」
門番は職業プレートをシエラに返すと、憐れみ混じりの温い微笑みを浮かべながら、シエラ達を見送った。
「…もう、帰りたい」
門を出て歩きながら、シエラは空を仰ぎ見て呟く。なんだか頬をキラリと何かが伝ったように見えたのはただの気のせいか。
「まだ街を出たばかりだぞ?」
コーカスに言われて、シエラはわかってるよ、と肩を落とす。
「わかってるよ…ちょっと愚痴ってみたかっただけだよ…」
「まぁまぁ。俺らがついてるし、サクサク調査してパパッと終わらせちゃおうぜ」
ペシペシとトーカスが羽で足を軽く叩く。
「どうしよう、コッカトリスに慰められてる…」
愕然とするシエラに、トーカスはなんだよ!と怒る。
「あはは、うそうそ、ごめん。ありがとうね」
シエラが言うと、トーカスはふん、と鼻を鳴らして元の大きさに戻ると、乗れ、と促す。
「いや、この辺まだ調査してないし」
「この辺が調査範囲に入るとこまで移動してやった方が効率良いだろ?」
「そ、それはそうだけど」
「ほら、さっさと乗れよ」
断るシエラを無視して、襟首を掴み上げると、そのまま自分の背中へと乗せる。
「ちょちょ」
「落ちるなよ」
トーカスの一言に真っ青になるシエラ。
次の瞬間ガクッと体が置いていかれそうになる感覚を覚えて、思わず「落ちる」と思い、反射的にグッとトーカスを掴んだ。
「ポチ、遅れるなよ」
「ワン!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
あっという間にその場から姿を消したシエラ達。ポチも元気に難なくついて行く。
後には、土煙とシエラの悲鳴だけが後に残った。




