聞きたいのは、それじゃない。
シシィ嬢とルディア嬢の家名が大変似ていてわかりにくいなと思ったため、シシィ嬢の家名を変更いたしました。
門を潜った先に、きらきらと光を反射させながら飛沫をあげる綺麗な噴水のある広場が目の前に現れた。
「すっげー……」
「王国最高峰の学園で、国外からの留学生も多く在籍してるからな。ここはある意味、この国の顔だ。だから、建物だけじゃなく、こうした広場や中庭なんかも、力が入ってるんだ」
奥に見える校舎と思しき建物は、まるでどこかの宮殿を思わせる雰囲気を醸し出しており、そこに続く、綺麗に整えられた石畳の道と、その両脇を彩る色彩豊かな花々と木々は、俺に、そこが学園であることをうっかり忘れさせる程だった。
「しかし…ついてきたところで、面白いことなんて何一つないぞ?」
なんでこんな所についてきたがるのか、全くわからない、という風にエディが呟く。
こいつは何を言っているんだ?
「だから、言ってるだろ?俺は面白いんだって!」
軽く地面を蹴って、バサバサっと羽ばたき、そのままエディの肩にちょこんと移動する。
「そういや、学園はいつから始まるんだ?」
現在はまだ、長期休暇中だとエディに聞いていたが、思いの外、生徒と思しき人影がチラホラと目についたので聞いてみた。
「ん?あぁ、一応、明後日からだな」
「ふぅん?だから人が休みでもそこそこいるって事か」
なるほど、と呟いたその時だった。
「いい加減になさいませ!」
学園の雰囲気に似つかわしくない、少女の怒鳴り声が聞こえてきた。
これはまさか、お約束の…?
「おい、今の、って…」
何かトラブルではと、トーカスがエディの方を向いて声をかけたところ、死んだ魚のような目をしたエディが、そのまま歩く速度を若干早めて、スタスタとその場を離れようとしていた。
俺の目がきらりと光る。
「声の主に心当たりでもあるのか?」
聞くとエディは足を止め、キラキラ眩しい笑顔を浮かべながら、ないよ?と返事をしてきた。
イケメンの笑顔、クッソ眩しいな、おい。
「いやいやいやいや…明らか心当たりありますって感じじゃん。様子、見に行った方が」
「そんな事、ルディア様に関係ないじゃないですか!」
さっき聴こえてきた声とは別の少女の声が辺りに響いた。自分の声がかき消される程の声量に驚き、思わず口をつぐむ。
「まぁ!関係は大ありでしてよ⁉︎いくら貴女が庶民の出だとしても、今は男爵家の令嬢という立場にあるのだから。その上、相手は婚約者のいる殿方。四六時中、一緒にいるのは、よろしくないことくらいお分かりでしょう‼︎」
嫌がるエディを無理矢理引っ張ってきて、茂みに隠れて成り行きを見守っていた俺は、思わず「キター!」と叫び出しそうになったので、両翼で嘴を慌てて塞いで阻止する。何とか口に出さずに済んで、若干ホッとした。
「だって、みんなお友達なんです。一緒にいたって良いじゃありませんか!お友達と過ごす時間を奪われる筋合いはないはずです‼︎」
「貴女は、ご自分が何を仰っているのか、わかっていますの⁉︎」
バチバチ!とまるで効果音が聞こえてくるような二人の睨み合いに、俺は思わず前のめりになりながら、食い入るようにその様子を見守った。
「年頃の男女が二人きりでいる所を、他の人が見たらどう思うのかくらい、想像できますでしょう⁉︎しかも、相手の殿方に婚約者がいらっしゃったら、その方がどう思うかだって」
「ですから、私はその方が心配されるような事は何もしていないんですから、問題ないじゃないですか!」
「当たり前でしょう!心配するような事をしているならもっと問題です!…そうではなく、貴女がどう言おうと、周囲はそうとは受け取ってくれないという話です!」
「周囲がどう言おうと、私はやましい事なんて何もしていないのですから、問題ありません」
「大ありだから何度も何度も忠告しているという事を、いい加減に理解なさい!」
口論はさらにヒートアップしていき、気がつけばギャラリーが少しづつ増えていく。
「あそこにいらっしゃる金髪の御令嬢、ルディア様が、エディの婚約者だぜ」
「うわぁ!びっくりした‼︎」
急に後ろから声をかけられて、思わず飛び上がる。振り返ると、そこにはニュークの姿があった。
おい待て、俺、気配察知スキルとかあるんだが、今、こいつの気配、全く感じなかったぞ!?どういうことだ!?
「あれ?用事はもう済んだのか?」
トーカスがエディについているなら、護衛の心配はいらない、ということで、今朝からニュークはハルと共に別行動をしていたのに、なぜここに?と不思議に思ったエディが聞く。
「あぁ、そっちはもう済んだぜ」
ニュークの返事に、そうか、とエディが答えた。
「んで?あそこの修羅場に関して、他に情報は?」
「おい、トーカス」
俺が聞くと、待ってましたと言わんばかりにニュークが悪い笑みを浮かべながら小声で話し始めた。
「ルディア様と一緒にいる黒髪の令嬢はシシイ・エフィース嬢。エフィース男爵家に少し前に引き取られた子で、元は平民として、市井で生活していた。彼女の母親はエフィース男爵家のメイドだったんだが、病気で亡くなったようで、身寄りもないからと、男爵が自分の娘にと引き取った、というのが表向きで、実は男爵とメイドの間に出来た庶子ではないか、という噂が流れている」
得意げに説明するニュークの頭を、エディがバシンと叩いて諌める。
「よくあるパターンのやつだな…」
ラノベや乙女ゲームによくあるシチュエーションが、目の前で繰り広げられている、と思うと、若干の興奮を覚えた。さながらここは、主人公が悪役令嬢にいじめられるシーン、となると、ここに主人公を助けに、颯爽と男性キャラが!
なんてことを考えていると、エディに呆れ顔で「いや、よくねーよ」と突っ込まれ、その時にハッと俺はあることに気付いた。
…ん?ルディアがこいつの婚約者となると、シシイを助けに現れるのはこいつ?いや、でもこいつ、助けに行く気なんて、微塵も…
「シシイ嬢、いい加減、貴族令嬢としての常識を身につけなさい!」
俺があれこれ考えている間にも、ドンドンと話は進んで行く。
そしてとうとう、ルディアがシシイの肩をガッと掴んだその時だった。
「きゃあ!」
掴む勢いが強かったのか、シシイがそのまま芝生の上に倒れ込んだ。ルディアもシシイが倒れると思わなかったため、一瞬、理解が遅れる。
…いや、え?そんな倒れ込むほど強くつかまれたようには見えなかったが??
俺がそう思った瞬間。
「そこで何をしているのだ!ブラッドリー伯爵令嬢!」
キーター!!!
艶のある黒髪サラサラヘアの美男子!あの風貌は絶対に主人公サイドだろ!!
俺は思わず、興奮気味に、エディの脇腹をバシバシと叩いた。
「「マーカス殿下!!」」
やっぱり殿下ー!
声がハモった二人の令嬢の言葉に、俺は思わずぐっとガッツポーズを決める。(いや、なんで俺がガッツポーズって話だが、思わず、ね?)
マーカスはルディアからシシイを庇うようにして、二人の間に割って入ると、その綺麗なグリーンの瞳で彼女を睨みつけた。
「ブラッドリー伯爵令嬢。まさか、また、シシイ嬢をいじめていたのではあるまいな?」
「殿下!誤解でございます!私は」
「ええい!言い訳など聞かぬ!其方はエディの婚約者であるからと、これまでは目を瞑っていたが、今日のことは目に余る!覚悟しておくがよい。シシイ、大丈夫か?さぁ、こちらにおいで」
そう言って、殿下はシシイを連れてその場を去っていった。その場に残されたルディアは、こめかみをぐりぐりと親指で抑えながら、またなの、と呟くと、そのまま深いため息を吐きながら、傍にいた別の令嬢たちと一緒に、その場を去っていった。
「……すっげー修羅場ってんなー、お前の学園!」
喜々として俺が声をかけると、エディは恨めしそうな顔で、睨みつけてきた。
やっぱり、こういうのって、第三者視点で眺めてるのが一番だよなー、と俺は改めて思いながら、まぁがんばれよ!とエディの肩をポンポンと叩いてやった。
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「ってことがエディの学園であったんだよ!いやー、あれ、ほんとにすごかったぜ!」
トーカスが楽しそうに話すその内容に、シエラ以外の受付嬢たちは、きゃぁきゃぁ言いながらその続きはどうなったの!?と食い入るように聞いていた。
「…護衛任務時の出来事の内容を聞いてたんだけど」
トーカスでは書類の記載ができないため、代わりに道中での出来事を聞き、書類内容を埋めていたシエラは、その手を止めて言った。
「え?だから、エディと一緒にいた時の出来事だよ。ジェルマが一緒にいた時のことは、あいつが書くから必要ないって言ったのシエラだろ?」
「いや、それはそうなんだけど…」
確かにそうなんだが、そうではあるのだが!何か違うだろう!と思わず口をついて出そうになったシエラ。それを見て、トーカスはきょとんとした表情で首を傾げた。
「私が聞いてるのは、それじゃない…」
がっくりと項垂れながら、護衛任務内容に、対象の側を離れず学園でも護衛についていた、とだけ記載すると、シエラはため息をつきながら、そう、一言呟いた。




