ジェルマの帰還
「シエラ―、この書類はどこに置いとけばいい?」
「あ、それはこっちにください!ちょうど今片づけてるやつと一緒にできるんで」
「シエラさーん!今週末のランクアップ審査に関する事前調査資料が届いたんですが、どうしたらいですか?」
「あ、それはそこの資料の上に置いておいて。あとで目を通すから」
「シエラ!解体にフローズウルフが大量に持ち込まれちまって魔石が足りなそうなんだ。補充って頼めるか?」
「え!?あー、それなら、受付嬢の誰か手の空いてる人に、第4ギルドまで借りにいくようお願いしてもらってくれる?必要な書類はすぐに書くから」
「あ、シエラちゃん!今朝寝坊しちゃったんだけど、俺向けの仕事ってまだ残ってる~?」
「……………」
ミシっとペンが音を立てる。シエラは小さくふっと息を吐きつつも、引きつる表情筋を何とか精一杯動かし、眉をぴくぴくさせながらも必死で笑顔を作り上げると顔を上げて、目の前で可愛らしくピンはねた寝癖を付けたままの冒険者を見てこくりと頷いた。
「そうですね、残りは少ないんですが…これなんかいかがでしょうか?最近、エルバランの森でフレアウルフが増えてきているようで、その討伐の依頼をギルドで出しているんですが、なかなか皆さん、依頼を受けてくださる方がいらっしゃらなくて。ドゥヤさんのような経験も豊富で実力も安定している冒険者の方が受けてくださると、私としてもとても安心してお願いができるかなって思うんです」
にっこりと微笑むシエラに、ドゥヤはまんざらでもない、という表情を浮かべ、じゃ、それで!とシエラに伝えると、ササっと受付書類を作成して、彼に渡し、気を付けて、と手を振りながら見送った。
「…てっきりキレるかと思ってひやひやしちゃったわ…」
隣にいたルーが、これでも食べて落ち着きなさい、と甘い一口サイズのお菓子をくれたので、シエラはそれを頬張りながら、小さくため息をついた。
「さすがに、いくらこっちが忙しいからって、彼に当たるのは筋違いだってことくらい、わかってるよ。…これだけ忙しそうにしているのを目の当たりにしながら、へらへら笑って寝坊した自分に仕事を斡旋してくれ、と言えるそのメンタルは、素直に称賛に価すると思うし」
あはは、とルーが笑うと、でも、と後ろから同じくやり取りを見ていたアミットが、ポンポンとシエラの肩を叩いて会話に参加してきた。
「ああやって空気が読めないところがあるから、パーティーでやっていけず、他の人との共闘もできないから、冒険者ランクがC止まりなわけだし、そろそろその辺のところ、気づかないと彼も困るんじゃない?」
その言葉に、ルーがうんうん、と頷く。
「ま、私は仕事をこなしてくれるならなんでもいいよ。それに、彼はなんだかんだで斡旋した仕事も、あまり嫌がらずに引き受けてくれる方だし…。と、これ、魔石を借りるための書類。ルー、悪いんだけど、第4ギルドまでお願いね」
にっこりと笑って書類を手渡すと、ルーは思いきり顔を顰める。
「え!?私が行くの!?あそこ、変わった人が多くて怖いのにー…」
「あはは、頑張って行ってきなさいな。シエラ、こっちのジェルマさんの決裁待ち書類、運んどくわね」
「あ、ありがとう!助かるー!!」
そう言ってシエラが書類作業に戻ろうとした時だった。
「おぉ!?なんだこの書類の山は!?」
二階のギルドマスターの部屋から、聞き覚えのある声が聞こえてきて、その場にいた受付嬢たちは顔を見合わせた。
「え?どういうこと?」
まさか、と思いつつ慌てて部屋へと駆け込むと、そこには見覚えのある男性と鶏の姿があった。
「「「ジェルマさん!?」」」
「よう、長いこと留守にして悪かったなー」
「シエラ!戻ってきたぞ!」
トーカスがバサバサっとシエラの方へと飛んできたので、シエラは慌てて彼を抱きとめる。
「え?え?な、え?どういうこと?いつ帰ってきたの?」
ルーが首を傾げながら聞くと、ジェルマが、ゲートの使用許可を中央ギルドのギルドマスターが出してくれたので、それで帰ってきた、と教えてくれた。
「オークが出たんだってな?」
ジェルマの言葉に、受付嬢たちの動きが止まった。
「その件に関して、中央ギルドの方でも関心が高いみたいでな。緊急案件の処理の為ってことで、ゲートの使用許可が今回おりたんだよ」
その言葉に、彼女たちはそんなに大事になっているのか、と顔が真っ青になる。
「とりあえず、詳細を教えてくれ」
ジェルマが言うと、シエラははい、と頷いて、先日あった出来事をジェルマに伝える。ジェルマはシエラの話の内容に、はぁ、とため息をつきながら、ご苦労様だったな、と彼女たちをねぎらった。
「とりあえず、シエラの言う通り、生態調査を臨時で行うこととする。この件については、すでに中央ギルドからも許可を得ているから問題ない。日程は、来月あたりから開始ってとこだな」
「「「わかりました」」」
不在の間、よくやってくれた、とジェルマがシエラの頭をポンポンと撫でる。シエラはにっこりと笑って、いいえ、と答えた。
「生態調査が終わったら、長期休暇を絶対にもらいますから。よろしくお願いしますね?」
有無を言わさぬシエラの圧力に、ジェルマは小さく、はい、と答えた。




