準備開始
何とかモルトの街に戻ってきたシエラは、こみ上げる吐き気を何とか堪えて寮まで戻ると、そのままベッドへと倒れ込んだ。
(…一度ちゃんと、私を乗せて移動するときはどうするのかをきちんと話合っておこう)
森で出会ったコッカトリスが、コーカスの実の息子である、という事実を知り、これ以上、自分がどうこう言うのも何かおかしいのかもしれない、と口をつぐみ、街にまずは戻ろう、とシエラはコーカスに伝えた。体調が悪そうだから背中に乗せて帰ってやろう、というコーカスの言葉に甘えて、シエラはお願い、と乗ったとのがそもそもの間違いであった、とシエラは思った。体調が優れないから、一刻も早く街に戻った方が良いと思ったコーカスは、爆速で街まで戻ってきたのだ。
足元ですでに眠りについているコーカスをちらりと見て、シエラはため息をつく。
(早く帰って休んだ方が良いと思った、って言われちゃうと、怒るに怒れないよね…)
普段から、早すぎ・揺れすぎ・ゆっくり移動して、と伝えているので、体調を気遣って、ゆっくりと帰ってもらえると思ったのだが、見通しが甘かった。
だが、あくまでも自分を気遣っての厚意である、とわかってしまうと、文句を言えるわけもなく。
「……とにかく、寝よう」
少しでも寝てしまえば、この感覚はマシになる、ということは何度かの経験でわかっていたので、シエラはそのまま目を瞑って、何とか意識を手放した。
*****
「おはよう。それで…やっぱりすでに討伐は終わってるってことでいいのか?」
ギルドに出勤すると、掃除を終えたところらしいルーが、コーカスの姿に気付いて聞いてきた。
「おはよう、遅くなってごめん。うん、やっぱり討伐は終わってたよ」
いつもより起きるのがギリギリになってしまったため、今日は駆け込み出勤となってしまったシエラは、荷物を片付けながら答える。
「別に遅刻してるわけじゃないんだから、謝ることなんてないわよ?どうせ昨日、コーカスのお迎えに行って、寝るの遅くなっただろうし。みんな事情を分かってるんだから、1日、朝の準備に遅れたくらいで、文句も出ないわよ。それより、討伐が終わってたなら、今後はどういう方針でいくつもりなの?」
ルーが掃除道具を片付けながら、苦笑いを浮かべつつ聞いてくる。
昨日、全職員を集めてシエラが予告していたこともあるので、ルーのその言葉を聞いて、近くにいた他の受付嬢や職員たちも、シエラの周りに集まってきた。
「コーカスの話だと、いたのはオークが一体だけ。他にオークの個体はいなかったみたいなんだけど、どうもゴブリンを率いてたみたい」
シエラの話の内容に、周囲が少しざわつき始める。
「一応、そのゴブリンも、集落になる前に潰してはくれたらしいから、念のため、そこの後始末と確認に、冒険者を派遣する予定。で、ギルドでは、やっぱりオークが実際に現れたため、周辺の生態調査を実施します」
その言葉に、集まっていた人たちの悲鳴が上がった。
「オークが降ってわいてくる、なんて聞いたことないから、原因が何かしらあると思うんだけど…正直なところ、話を聞いてもぜんっぜんわからなかったし、見当もつかなかったからこれしか方法がない…くそぅ、なんでこんな残業まっしぐらな仕事をしないといけないのか……」
「シエラ、心の声が漏れてるわよ」
ルーに呆れ顔で突っ込まれ、ハッとなるシエラ。コホンと咳ばらいを一つする。
「ただ、生態調査の実施を今日・明日でやるのは難しい。必要な備品の用意と在庫分のチェックもしないとだし、ほぼほぼ確定事項だとはいえ、ジェルマさんの決裁も必要だから、まだ少し先のことになると思う。一応、各門に通知だけ出しておく必要があるので、えーと…あ、フラッグ、後で内容をまとめた書類を渡すので、各門を回って渡してきて下さい」
集まったメンバーを見渡して、ちょうど若手職員のフラッグと目があったのでお願いしておく。
「というわけで、まだ数日、余裕はあると思うので、その間に各所で交換・補修・追加が必要な備品がある場合はついでに申請しておいてください。期限は、今日を含めた3日とします」
シエラがそう言うと、みんな了解の旨を口にする。
「では、今日はこのまま仕事を開始にしましょう。よろしくお願いします!」
『お願いします』
気付けば朝礼のようになったな、と思いながら、シエラは自分のカウンターへと移動した。




