受けられない相談ってものも、あるんですよ?
「強い従魔を捕まえるにはどうしたらいいのか、ですか?」
ジェルマがエディ達と共に街を出て3日が過ぎた頃、いつものように書類を整理していると、カウンターにやってきた男性に、シエラは突然、そう相談された。
「はい」
真剣な表情で頷く男性に、シエラは若干困惑する。
「ええと、それは、他の従魔術が使えるテイマーの方に聞いていただいた方がいいと」
「ダメなんです!シエラさんじゃなければ!」
力強くぐっとこぶしを握り、だん!とカウンターを叩いて叫ぶ男性に、シエラはさらに困惑する。
「いや、でもですね?私はただの受付嬢でして、そういったことのアドバイスは、ちょっと難し」
「こんなにお強い従魔を従えてるじゃないですか!それとも、有益情報だから、公開したくないってことですか?」
「はい??」
ギルドでは、冒険者や町の人たちからの依頼を受けるだけではなく、ちょっとした困りごとに関しての相談などに乗ったりすることがある。もちろん、内容によっては、依頼をしてもらう様にしたり、冒険者と相談者の仲介をしたりすることもあるが、ギルド内で答えられる範囲の内容であれば、無償でアドバイスをしたりすることもある。
ただし、彼が言う通り、周囲に与える影響があまりにも大きすぎる場合には、ギルド側で情報の公開制限をかけたりすることもあるので、彼の言葉のニュアンスとは若干ことなるものの、情報をわざと公開しない場合、というのも時としてある。
「いえ、ですから、そういうわけじゃなくてですね?確かに、私には従魔がいますが」
「そうでしょう!?あなたがテイムしているような、強い従魔はどこで、どうすれば、手に入るんですか!?」
シエラは男性の言葉に、またか、とげんなりとした表情になる。ため息が出そうになったのをぐっと堪えただけでも、えらいとほめてもらいたい、と心底思った。
実はこの手の相談は、先日からシエラの元に急増していたのだ。
先日助けたニック達が、他の少年冒険者たちに、コーカス達が物凄く強いシエラの従魔である、ということを、まるで英雄譚を語るかのように大きな声で話していたのが原因だろう、とシエラは思っている。昼休憩から戻ってきて、ルーにそのことを聞かされた時は、これでコーカス達への指導依頼が増えるかもしれない、とか、教官であるということの認知が広がるかもしれない、などと、暢気なことを考えていたのだが、その日以降、先ほどのような、やれ「強い従魔のテイム方法を教えろ」だの「依頼を受けるのに少し戦力が心もとないので貸してほしい」だの「受付嬢にはもったいないので従魔を譲れ」だのといった、相談(?)がシエラの元に急増していたのだ。
仕方がない、とシエラは小さく息を吐くと、男性のステータスを鑑定する。
■スキル
火魔法 Lv2 土魔法 Lv1 テイム Lv2 索敵 Lv2
■従魔
マジックバード
鑑定結果に、シエラは若干の頭痛がした。
強い従魔のテイム方法を教えろ、と言ってきた人たちに共通することなのだが、総じてテイムのレベルが低く、また、従魔自体も討伐推奨ランクが低い魔物や魔獣しか使役しておらず、それ以前に、高ランクの魔物や魔獣を、そもそも自身で討伐できるようなスキルなどを持ち合わせていなかったりしていた。
テイムスキルは、まず、手近にいるスライムでテイム契約を練習する。そこで契約が成功すると、スキル「テイム Lv1」を獲得でき、そこからは、色々な魔物たちをテイムしていくことで、テイムのレベルが上がると、一般的には認知されている。
その点を踏まえて目の前の人物のスキル状態を考えると、スキルレベルは2(テイムが使えますよ、レベル)で現在の従魔はマジックバード(討伐推奨ランク:E、しかも、複数の従魔所持無し)となると、そもそも、強い魔物や魔獣に対して、テイムが成功する可能性は極めて低いとしか言いようがなく、今、目の前にフリーのコッカトリスがいたとしても、むしろこの人の方が討伐されて終わるのでは、というのが現状だ。
「スキルボードを見せてください」
彼がコッカトリスをテイムすることができるスキルを持ち合わせていない、ということを悟ったシエラは、スキルボードの提示を求める。鑑定で確認はしたが、そもそも人のスキルを勝手に鑑定するのは、本来、マナー違反であるためだ。
「はい、これです」
彼は素直にスキルボードをシエラに見せる。提示されたスキルボードには、先ほどの鑑定内容と同じものが表示されている。
「…まず、従魔術に関するアドバイスは、申し訳ありませんが、私にはできません。第4ギルドへご相談されることをお勧めします」
「だから」
「最後まで聞いてください」
彼が口を挟もうとしたので、シエラはそれを制する。彼が黙ったのを確認して、話を続けた。
「私からのアドバイスとしては、テイムのレベルを上げることと、あなたご自身が強くなることの2点になります」
「……………」
何かを言いたげな表情を彼は浮かべているが、きちんと黙って聞く気があるのをシエラは確認すると、そのまま話を続ける。
「そもそも、あなたのテイムのレベルは現在、低レベルの魔物を従魔とすることができる、というレベルにあります。その状態では、望まれているような強い魔物や魔獣をテイムする、ということは現実的に難しいと思います。また、強い魔物や魔獣をテイムするということは、それだけその魔物や魔獣に近づくことを意味しています。ご存じだとは思いますが、罠などで捕まえた魔物や魔獣については、テイム成功率がかなり低いためお勧めできませんし、何より、知能がある程度ある者たちだと、単純な罠ではまず捕まえること自体ができません。そうなると、結局のところ、あなたが望まれている強い魔物や魔獣との戦闘が発生する可能性が非常に高く、正直に申し上げて、現在のあなたのスキル内容では、ほぼ確実に、命を落とすことになるでしょう」
シエラの言葉に、男性はグッと唇を噛みしめる。
「そのためにも、まずはテイムやそのほかの魔法などのスキルレベルを上げることをお勧めいたします。あと、索敵に関しても、同様にレベルを上げることをお勧めします」
「……索敵も、ですか?」
彼が聞き返してきたので、シエラは「はい」と頷いた。
「索敵というのはスキルレベルが上がれば上がるほど、広範囲をカバーできるようになりますし、どの程度の強さの魔獣がどこにいるのか、というのがわかるようになります。そうなれば、お目当ての魔物を探しているときに、余計な戦闘を避けることもできるでしょう?」
シエラの言葉に、彼はなるほど、と頷いた。
「で、最初に戻りますが、申し訳ありませんが、私はただの受付嬢ですので、従魔術を含む魔法に関するアドバイスができるような立場ではなく、またアドバイスができる知識等を持ち合わせていません。ですので、これらに関するアドバイスについては、第4ギルドにご相談されることをお勧めします」
にっこりと笑って伝えるシエラに、彼は小さく、わかりました、と答えると、そのままくるりと入り口の方へと向きを変え、とぼとぼと歩いて行った。
「お疲れさまー」
後ろからポンポン、とルーが肩を叩いてきたので、シエラはふぅ、と小さく息を吐いた。
「この手の相談、ほんと最近増えたねー」
苦笑するルーに、シエラはほんとだよ、と肩を揉みながら答えた。
「まぁ、この間シエラが助けた…リック、だっけ?彼がすっごい大きな声で、他の新人冒険者の子達に話して回ってたからねー。少なからず、大人たちもその話がどこまで本当なのかは分かっていないと思うけど、でも、ここにいるコーカス達が、ただの鶏じゃないってことはみんな気づいたからね」
「そうだね」
シエラはそう言って、足元ですよすよと気持ちよさそうに眠っているコーカスとポチを見ながら言う。
「…念のため確認なんだけど、ルーが二人を鑑定して出てくる種族は何になってる?」
シエラが言うと、ルーはじっとコーカス達を見つめて、「コッカトリスと犬って出てるわよ」と答えたので、シエラはポチの擬態が鑑定Lv4のルーの鑑定をきちんと欺けているとわかり、ほっと胸をなでおろした。
「なに、どうしたの?」
ルーが怪訝そうな目で見てきたので、シエラは慌てて何でもないよ!と手を振る。
(ただでさえ、コッカトリスをテイムしてるって話が各方面に広がっているのに、そこへ伝説とされているフェンリルまでいます、なんてことが知れたらどれだけ業務に支障が出るかわかったもんじゃないもの!)
シエラはあはは、と笑ってごまかし、仕事仕事!と言って、仕事を再開する。
その日、先ほどのような相談がこの後両手では数えられないほど来るこということを、シエラはまだ知らない。




