行ってらっしゃいませ
翌日早朝。
シエラはいつもより1時間ほど早い時間に起きて身支度を整えると、コーカス達と自分の朝ご飯を寮の食堂で包んでもらい、寮を出た。
「いい?旅の間はできるだけ、普通の鶏みたいに振舞ってね?」
「鶏…」
「魔獣だと思われるより、その方が街の人たちも安心だろうし、トラブルにもなりにくいと思うから。ね?」
シエラはトーカスに何度も言って聞かせる。
「珍しい従魔だと、攫われたりすることもあるって聞くから」
シエラが言うと、ふん、とトーカスは鼻で笑った。
「おい、シエラ。俺がそう簡単に人に攫われるとでも思っているのか?」
「…そりゃ、思ってないよ。正直、Sランクの冒険者連れてきても、トーカスに勝てるかどうか怪しい気がするし。だけど、攫おうとした人を、トーカスがうっかり殺しちゃったりしたらだめだから言ってるの」
シエラの言葉に、トーカスは首を傾げた。
「従魔であれなんであれ、人の物を攫うような奴は殺されても文句は言えないのではないか?」
トーカスの言葉に、シエラはため息をついた。
「トーカスの言ってることはあってるよ。別に、私もそういうことを常習的にやってるやつは、どんな目にあったって自業自得だと思ってる。私が言いたいのは、トーカスがそこで人をもし殺してしまった場合、主人である私が、そこまで出向かないといけなくなるってこと」
「あぁ、そっちか…」
トーカスは納得する。
「あ、ちょっと。人のことを人でなしみたいな目で見ないでよ!今回に関しては、ジェルマさんもいなくって、しかもその間の代理を私がしなくちゃいけないから、そんなことになると困るから言ってるの」
シエラが慌てて弁解する。だが。
「要は、仕事に支障が出るから殺るな、ということだろう?」
「ちょっと、言い方!」
シエラが怒っていると、ちょうど待ち合わせの北門のところに到着した。
「あ、おはようございます」
シエラがあいさつすると、エディがニコッと笑っておはよう、と返してきた。
(…ほんと、無駄に顔だけはいいんだから)
キラキラとした笑顔にげんなりするシエラは、それを心の奥底に何とか引っ込める。
「それではトーカス、ラピ、護衛任務よろしくお願いしますね」
シエラが言うと、トーカスはふふんと羽を腰(?)に当て、任せろ、と答えた。
「ジェルマさん、今回の代理は私が勤めます。できるだけ早く帰ってきてくださいね?」
ジェルマの方を見てにっこりと笑って言うと、わかった、とジェルマは頷いた。
「…ジェルマさん、すごいですね。シエラ嬢があれだけ怒りのオーラを放ってるのに、全く気にした様子がないです」
こそっとハルが言うと、ニュークもそれに同意し、大物だ、と呟いた。
「あ、そうそう、トーカス。言い忘れてた」
「なんだ?」
シエラはトーカスを呼び、屈んでトーカスに小さな声でこっそりと話しかける。
「帰ってくるときなんだけど、ジェルマさんを背中に乗せて、急いでモルトまで帰ってきてくれない?」
シエラの言葉に、トーカスは若干嫌そうな声を上げる。
「なんで俺があいつを乗せて帰らないといけないんだよ」
「だって、トーカスだけじゃ街の中に入れないでしょう?それに、長期間会えなくなるわけだし、寂しいじゃない」
シエラが言うと、トーカスはピタッと動きを止めた。
「…俺がいないと寂しいか?」
トーカスに言われて、シエラはこくりと頷いた。
「うん、そう。それに、私の騎士なんでしょ?トーカスは。だから、早めに帰ってきてよ」
シエラの言葉に、トーカスは任せろ!と興奮したように答えた。
「どうかしたのか?」
ジェルマがひょこっと顔をのぞかせてきたので、シエラはなんでもありませんよ?と満面の笑みを浮かべて答える。
「それじゃ、そろそろ出発するか」
そう言ってエディ達は馬車に乗り込み、ニュークが御者台に移動する。
「気を付けて、行ってらっしゃい」
シエラが言うと、ニュークは馬車を出発させた。
「…向こうで用事が終わったら、私が経験したのと同じ恐怖を味わいながら、急いで戻ってきてくださいね?ジェルマさん」
うふふふふ、と笑みを浮かべるシエラを、道行く人はそそくさと避けて通っていった。
シエラさん、やっぱり怒ってました。




