教会と医務局と
検査を終え、受付でお会計を済ませていると、急にあたりがざわざわとし始めた。
「ん?」
何かあったのかと、次の検査の予約を終え、振り返ると、入り口のところで、先ほどシエラを案内してくれた男性が、神官服を着た男性に詰め寄られているのが見えた。
「…なにごと?」
怪訝そうな顔をしていると、神官服を着た男性の怒鳴り声があたりに響いた。
「あなた方は、まだこのような神の真似事を行っているのですか!?今に神罰が下りますよ!」
その男の叫び声に、周囲にいた患者たちは、蜘蛛の子を散らすように姿を消していった。
(…あそこを通らないと、私、出ていけないんだけど…)
どうしたものか、と悩んでいると、今度は医務局の男性の方が、困ったような顔で答える。
「神殿と医務局とでは、領分が違うではありませんか。それに、神の真似事など、私たちは何もしてはいませんよ」
その言葉に、神官服の男性はなんだと!?と叫んだ。
「人の身を治すのが我々神に仕える神職の役目であり、領分だ!貴様らはそれを十分おかしているだろうが!!我等『ログズマ教』に来るはずの患者たちをお前たちが掠め取っていっているのが、何よりの証拠だ!」
神官服の男性の言葉に、シエラはピクリと眉が動いた。
「ログズマ教って…また面倒なのが来てる…」
なんでこうも厄介事が次から次へと身近に寄ってくるのかと、思わずシエラはため息をついた。
ログズマ教とは、このサントーリオ国内にある教会の中の一つで、比較的大きな都市には必ず教会が存在している。ここ、モルトにもログズマ教の教会が1つあり、ちょうど、大迷宮の建物をはさんで反対側に建っている。
回復魔法は、神官やシスターが主神の洗礼を受けて使えるようになる、というのが一般的な認識となっていて、教会では、重い怪我などの治療や、冒険者の同行を主に行っている。そのため、教会では対応できない病気や、治療費が比較的安くすむ軽い怪我などの治療は、こちらの医務局で対応をしてもらうことがほとんどだ。
「おや、そうなのですか?お隣にあるオルズ教の神官様は、冒険者様への同行派遣依頼が日に日に増えてきていているから、簡単な治療で治るものはそちらでお願いしますね、と、わざわざこちらへお話がありましたよ?」
きょとんとした顔で答える男性。神官服の男は顔を真っ赤にして、なんだと!?と叫んだ。
(…わざわざ火に油を注がなくても)
あちゃー、といった風に、シエラは頭を抱えた。
サントーリオ国内にある教会は、もちろんログズマ教以外にも存在しており、一般市民からの支持が高いのは、先ほど男性が答えていたオルズ教だ。
オルズ教は、この世界に誕生した命に、貴賤の差はない、という理念のもと、どんな種族・階級でも関係なく治療を行っており、何より、ログズマ教に比べてかなり良心的な治療費の為、同じ街にこの2つの教会がある場合は、一般市民はオルズ教会へ行くことがほとんどである。
特に、ここモルトに住んでいる貴族階級の人間は数えるくらいしかおらず、また、ほとんどが叙爵によって爵位を得た貴族が多いため、感覚が一般市民の感覚に近いところがあり、貴族たちでも利用するのがオルズ教である場合がほとんどだったりする。
(そういえば、こないだ、ギルドの方にも、ログズマ教会からの派遣回復師には要注意っていう案内板が回ってきてたっけ)
必要以上に回復魔法をかけるせいで、マナポーションの使用料として、追加料金の請求が発生するとか、状態異常の解除がきちんと行われていなかったせいで戻ってきた後に教会へ行かざるをえず、追加料金を不要に発生させてくる、などの報告を、第1ギルドの方でも受けていたりする。
(とりあえず、あの絡まれてる男性を助けてあげないと。このままじゃ私もここから出られない)
こめかみを軽くぐりぐりと親指で抑えると、はぁ、とため息をつきながら、シエラは2人の元へと近づいていった。
「あのー、ちょっといいですか?」
「なんだお前は!…貴様、ギルドの者か!なぜこんなところにいる!まさか、回復師の派遣をここに依頼に来たのではないだろうな!?」
あらぬ疑いをかけられて、シエラは思わず白い目で男性を見る。
「いやいや、回復師の派遣って…回復師は教会にしかいらっしゃらないじゃないですか。今日は別に私用です。というか、あなたに関係ないですよね?」
シエラの言葉に、男はさらに顔を赤くし、怒気をはらんだ表情になる。
「とにかく、ここにはお年寄りの方たちも多くいるわけですし、揉め事はやめたほうがいいんじゃないですかね?もうそろそろ、警備隊の方も来られるでしょうし」
シエラはそういって、ちらりと入り口の方を見る。男は小さく舌打ちすると、今日のところはこれで帰ってやる!とだけ吐き捨てて、医務局を出て行った。
「…なんてチンピラみたいな捨て台詞」
思わずククっと笑う男性に、シエラは呆れた顔でため息をつく。
「…あなたも、あんまり煽るようなことは言わないほうがいいと思いますよ?」
言われて、男性はありがとうございます、とはにかんだ笑顔を浮かべる。
「通報を受けてきたのですが」
入り口から、数人の警備隊と思しき人たちが中に入ってきたので、シエラはそれでは、と頭を下げて、そのまま医務局を後にした。




