検査に行こう
いつものように朝の受付ラッシュをこなした後、シエラはモルト大迷宮の側にある医務局へとやってきていた。
「えぇっと、受付は確か…」
建物に入ってすぐのところできょろきょろとしていると、それに気づいた男性が「どうかされましたか?」とシエラに声をかけてきた。
「あ、すみません。ちょっと、検査を受けたいのですが、受付はどこでしょうか?」
シエラが聞くと、ご案内します、と男性は笑って、こちらです、と受付窓口まで案内してくれた。
「本日はどうされましたか?」
「あ、実は念のため、検査を受けてこい、と上司に指示を受けまして」
「かしこまりました。では、ステータスボードをご提示いただけますでしょうか?」
受付嬢に言われて、シエラははい、とステータスボードを見せた。
「…はい、ありがとうございます。特に異常は出ていないようですね。では、こちらの番号札をお持ちになって、奥の待合室で順番をお待ちください」
そう言って、受付嬢はシエラに8と番号が書かれた札を渡す。
「はい、ありがとうございます」
シエラは札を受け取ると、そのまま待合室へと向かった。
(思ったより…人がいるんだ)
長椅子の空いている場所にシエラは腰を下ろすと、そっと周りを見回した。
医務局と言えば、病気や怪我の時に来たりするものだとばかり思っていたのだが、元気にお喋りをしながら、孫の話で盛り上がっているおじいさんとおばあさんに、元気そうな男の子とその母親など。ホッとする日常の一部に触れて、シエラは、自分にもいつかはああやって、子供ができる日が来るんだろうか、などとちらりと考えていると、8番の方どうぞ、と呼ばれたので、シエラは診察室の中へと入っていった。
「えぇと、シエラさん、ですね?本日診察を担当させていただくアヴィスです。ステータスボード上は特に異常はない、ということですが、上司から検査を受けるようにという指示があった、ということですか?」
中に入って椅子に座ると、向かいに座っていたアヴィスに聞かれたので、はい、とシエラは答えた。
「実は昨日、マッピングと索敵の同時使用を行ってしまったため、念のため、検査を受けてこい、といわれ」
「マッピングと索敵の同時使用!?」
言い終わる前に、アヴィスが叫んだ。
「あなた…その服、ギルドの受付嬢ですよね!?そのスキルの組み合わせでの発動は禁止されていることぐらい、ご存じでしょう!?」
もう、何度目かわからない言葉に、シエラはうんざりしながら、わかっています、と頷いた。
「状況的に、どうしてもそうせざるを得なかったんです」
シエラの答えに、彼はため息をつきながら、では、少し見てみますね、と言って、シエラの頭を触った。
「気分が悪くなったりしたら、すぐに言って下さいね。では、確認させていただきます。解析」
アヴィスが触っている部分がぽうっと暖かくなる。シエラは目を閉じ、やっぱり解析のスキルはあると便利だよなー、ちょっととれるように頑張ろうかなー、なんてことを考えていると、ふと暖かかったものが消え、手が離れた。
「とりあえず、脳に影響はないようです。今のところ、自覚症状も特にはありませんよね?」
彼に聞かれて、シエラははい、と頷いた。
「わかりました。念のため、1週間後にもう一度来てください。今大丈夫でも、今後何かが起こらないとも限りません。1か月間は通っていただきますよ」
「え!?い、1か月も!?」
シエラが言うと、アヴィスは眉を顰めて、当たり前でしょう、と冷たい声で言った。
「それだけのことを、あなたはしたんですよ?ギルドの受付嬢をしているなら、そのくらいわかっているでしょう?」
「う…それは、まぁ…はい……」
項垂れるシエラ。もう、今日は一体、何度怒られたかわからない。
「とにかく、念のため、様子を見ることは大事です。いいですね?」
言われてシエラは、わかりました、と頷いた。
「あと、異常を感じたらすぐに連絡を入れてください。夜中でも医務局はあいてますから、必ずですよ?それと、くれぐれも今後はこういった無茶なことはしないように。いいですね?」
アヴィスの言葉に、シエラはわかりました、と頷いた。
補足
この世界では、スキルボードとステータスボードの2種類が存在します。
スキルボードは保有しているスキルやレベル、テイム情報などが記載され、ステータスボードは、その人の職業や状態なんかが記載されています。個人情報的なものですね。
一般的には、ステータスボードを身分証明として使い、職に就く際の面接なんかでは、スキルボードも提示する、という感じです。
スキルボードとステータスボードの大きな違いは、スキルボードは内容の表示・非表示を任意でできるけれど、ステータスボードは任意で非表示にできない、という点になります。これにより、賞罰の項目(特に犯罪歴など)を意図的に消すことができなくなるので、嘘をつくとすぐにばれる、ということになります。




