バトルジャンキー
もう、どれくらいの時間が経過したのか、正直シエラにはわからなかった。
もしかしたら、まだそう時間が経過していないのかもしれないし、数日が経過しているかもしれない。
オルトロスとトーカスの力は拮抗しているようで、ずっと一進一退をの状況を繰り返している。時々、二匹の攻撃がぶつかりあった衝撃で生まれる爆風がシエラを襲ってくるので、その時に吹き飛ばされないように必死で場所を移動しながら、その様子をずっと見守っているのだが。
「…にしても、どっちも戦闘好きに違いないわ」
明らかに命がけで戦っているはずなのだが。トーカスもオルトロスも、どちらも妙に楽しそうにしているように、シエラには見えていた。
(普通さ、こういう場面で、笑ったりとかできないよね)
正直なところ、巨大な犬と鶏である。表情なんてものはぶっちゃけはっきりと読み取れるわけではないのだが、なんとなく、お互いに笑っているように、シエラにはずっと見えていたのだ。
もう何度目かわからない衝撃波を何とか耐えたところで、シエラは自身の後ろに、部屋の入り口のようなものがあることに気付いたので、そっとそっちに避難した。
「ふぅ…たぶん、何とかこれで決着がつくまではしのげそう。…いつになるのかわかんないけど」
相変わらず、ドンドンと激しい戦闘の音が聞こえる中、ふぅ、と腰を下ろすと、ふと、部屋の片隅で、プルプルと震えている子犬がいることに気付いた。
「え…?こんなところに迷子犬?」
ふさふさもこもこのその犬は、まるで怯えているかのように震えているが、じっとシエラの方を見つめてフー、フー、と威嚇してきていた。
「ごめんね?外がほら、なんかすごいことになってるから…」
言うと同時に、ドカン!とまた、何かが爆発するような音が響く。
「えっと…ほら、大丈夫だよ?何もしないから、ね?」
必死で笑顔を作り、手を振ってみせるシエラ。とにかく、下手に刺激しないほうがいいだろう、とそのままそっとしていると、暫くして、くぅん、とシエラに子犬がすり寄ってきた。
「え…?さ、触ってもいいの、かな?」
ドキドキしながらシエラが子犬を撫でてやると、気持ちよさそうに体を委ねてきたので、シエラは思わず、可愛い!と叫んで、わしゃわしゃと子犬を撫でまわした。
「冒険者の誰かが連れ込んだのかな?迷い込んだってことはたぶんないと思うし…一人で寂しかったよね?よしよし…」
飼い主の冒険者が、もしかしたら置き去りにしたのか、あるいは、ダンジョン内で死んでしまったのか。いずれにしても、この子ももし脱出できるようであれば、連れて出ていってあげなくては、とシエラは決心したところで、ふと、先ほどまでの音がぴたりと止んだのに気づいた。
「…あれ?」
そっと外を覗いてみると、オルトロスの首をガシッと足で地面に縫い付けているトーカスの姿が、そこにはあった。
「トーカス、もしかして…」
オルトロスの体に纏っていた炎も消えてなくなってる。
シエラが声をかけると、トーカスはケケー!と大きく鳴いた。
「フハハハハ!倒した、倒したぞ!オルトロスを狩ってやったぞ!」
「やった…!すごい、すごいよ、トーカス!」
シエラはたたたっとトーカスに駆け寄ると、ぎゅっとトーカスに抱き着いた。
「よかった、これで地上に戻れる!」
思わず涙ぐむシエラに、トーカスは得意げに、護ってやる、と言っただろう?というので、シエラは笑って、ありがとう、と答えた。
「…シエラ、それは?」
シエラの後ろをトトトトとついてきた子犬に気付いたトーカスが聞くと、シエラはあぁ、と、部屋で見つけたことを伝える。
「たぶん、冒険者の誰かが連れてきたんだと思うんだよね。だから、一緒に連れて帰ろうと思って」
「え?」
トーカスが驚いたような声を出すので、シエラは当たり前でしょう?と呆れたように返す。
「こんなところで一人にするなんて可哀そうでしょ?とにかくほら、帰還装置の所に行こう!」
「あ、ちょ、待てよシエラ!」
そう言って、シエラは子犬を抱き上げると入り口とは反対方向にある扉に向かって駆け出していったので、トーカスも慌てて、そのあとを追った。




