罠発動
「……ここ、は……?」
そっと目を開けてみるが、先ほどまでいた場所ではないことは明らかだった。岩壁にごつごつとした地面、光苔と思われる植物が、ところどころで淡く輝きを放っている。少しばかりひんやりとした湿った空気に一瞬身震いするも、状況を確認しようと周囲を見回してみるが、シエラの手にすっぽりとはまっている真っ黒い鶏の姿以外、さっきまで一緒にいた人たちの姿は見当たらなかった。
「…トーカス、大丈夫?」
シエラがそっとトーカスに声をかけると、トーカスはあぁ、と答えた。
「一体、何が起こったんだ?」
キョロキョロと同じように周囲を確認するトーカスに、シエラは小さくため息をつきながら答えた。
「あのギミックボックスに仕掛けられた魔法が、発動したんだと思う」
「なに?」
トーカスがくいっと頭を上げる。
「あのギミックボックスには罠はなかったんだろう?なら、まさか俺は一発であのギミックボックスを解いたというのか…?天才か、俺!」
「あほー!!!」
バシンと思わずシエラはトーカスを叩いた。
「痛ぇ!何すんだよ、シエラ!」
「何を暢気に、『天才か、俺!』とか言ってんのよ!」
シエラに言われて、トーカスはよせよ、と照れくさそうに答える。
「褒めてないし、すごいとも思ってないからね!?トーカスが勝手にギミックボックスに魔力を通したりしたせいで、罠の方の魔法が発動したの!」
シエラが叫ぶと、トーカスは「え?」と動きを止めた。
「だって、罠はないって」
「隠蔽の魔法がかけられていない、ってだけで、罠がないなんて一言も言ってないよ!」
トーカスが言い終わる前に、シエラはかぶせ気味に答える。
「私が、間違ったら罠が発動するやつだって言う前に、トーカスが魔力を込めてつついたりなんかするから、こんなことになるのよ」
あぁぁ、と膝から崩れ落ちるシエラに、トーカスは悪かったよ、と謝った。
「とりあえず…ここ、どこだ?」
トーカスに聞かれて、シエラはあたりをもう一度見回してみた。
「…わかんない」
見たことも行った記憶もない場所なので正直に答える。
だが、シエラの脳裏をある言葉がよぎっていた。
(嫌な予感がする。でも、まさか、だし…)
「トーカス、もし、何か魔物とかが現れたら対処してくれる?」
「あ?あぁ、それはもちろん問題ないが…」
トーカスが答えると、シエラはすっと目を閉じて深呼吸を数回し、意識を集中させると、自身のスキル『マッピング』と『索敵』を発動させた。
「………っ」
ずきり、と頭に痛みが走る。マッピングは基本的に、自分たちが移動した内容を脳内に地図として保管するスキルで、索敵は、周囲の状況(地形や自分達以外の生物の情報や罠など)を離れた場所から確認するスキルだ。いずれもシエラのスキルレベルはかなり高いので、広範囲で発動をさせることができるのだが、どちらも大量の情報量を取り扱うスキルの為、普通は片方しか発動させることができない。それをシエラは、両方同時発動させているため、自身の脳にかなりの負荷がかかってしまっている状況なのだった。
「お、おい、シエラ!?大丈夫か!?」
トーカスが慌てて駆け寄ってくる。だが、シエラはその問いに答えずにスキルを発動させ、自分たちの現在のいる場所の確認を続けた。
「…っはぁ!…はぁ、……はぁ……」
つぅっと血がはなから垂れてくる。
ちょうど自分たちがいると思われるフロア内のマッピング作業がすべて完了したところで、すぐにスキルの発動を止める。頭痛が酷く、無茶をした、と自覚はするが、やっぱり、と小さく呟いた。
「ここがどこか分かったよ」
シエラの言葉に、トーカスはなに?と聞き返す。
「モルト大迷宮」
グイっと鼻血をハンカチで拭い、シエラは答えた。




