待ち時間
「お湯加減はいかがですか?シエラ様」
「うわぁ!?え?あ、あの、はい!大丈夫、です」
湯船につかってぼうっとしていると、カーテン越しに侯爵家のメイドに声をかけられ驚いたシエラは、慌てて答えた。
「かしこまりました。何かございましたら、遠慮なくお申しつけください」
メイドは何事もなかったかのように小さく頭を下げその場を後にする。メイドの気配がなくなったところで、シエラははぁ、と大きく息を吐いた。
(…正直、断ろうとは思ったんだけど)
ちゃぷん、と湯船に張られたお湯を手ですくい上げては戻しながら、クロード達とのやり取りを思い出す。
「そうだ、コッカトリス達が到着するまでにはまだ少し時間がかかるだろうし、風呂にでも入って疲れをとっておくかい?」
クロードに言われて、シエラは真っ青になりながら、ぶんぶんと首を横に振る。
「ななな、何を仰っているんですか!わ、私、平民ですよ?滅相もありません!」
「昨夜一晩、鉱山でずっと仕事をしていたのだろう?遠慮することはないよ」
にっこりと微笑むクロードに、シエラは思わず頬が引きつった。
(信じられない、何言ってんのこの人!そんなことできるわけないでしょ!そもそも、今日で会うのまだ2回目とかだよ?そんな人の家で、しかも貴族の家のお風呂とか、入れるわけないでしょうが!)
「そうだな、そうしろ」
「エディ様!?」
いきなりクロードの擁護をしだしたエディを、眉間に盛大な皺をよせながら思わず睨みつけるシエラ。
「昨日の今日で、碌に風呂も入れてないだろう?ここで飯を食うんだし、入ってこい」
(シエラ的意訳:ちょっと汚いから、ちゃんと風呂入って身だしなみ整えろ)
一応、朝、軽く湯あみはしたんですけどねぇ?と心の中で思いつつも、そこまで言われたら入らないわけにはいかず、わかりました、とシエラは答えた。
「エディ様の言い方にはさすがに苛ついたけど…まぁ、実際のところ、ありがたいっちゃありがたい」
昨夜一晩、鉱山で魔物の血にまみれながら解体作業を行っていたため、朝、軽く湯あみしたとはいえ、臭いが若干残っていた。ゆっくりしっかりと体を洗うこともできていなかったので、今日はのんびりとお風呂に入りたい、とは確かに思っていたので、クロードの、ゆっくりとお風呂にでも入って待っていて、という申し出は非常にありがたいものではあった。
「それにしても…」
シエラは風呂場の中をきょろきょろと見回す。
大理石の床に、部屋の真ん中に置かれた大きめのバスタブは、薄めの白いカーテンで、脱衣できる場所と仕切られている。白を基調とした部屋の壁には、金や青を基調とした模様が、ところどころに入っていて、高級感を醸し出しており、この街にある最高級と呼ばれる宿屋でも、こんなに贅沢な部屋はないんじゃないか、とシエラは思った。
「さすが侯爵家って感じよねー。まぁ、まさか、一人でこんな豪華なお風呂に入るとか…こんな贅沢できる日が来るなんて、夢にも思わなかったわ」
ほんのりと柑橘系の香りが漂う、人肌より少し熱めに温められたたっぷりのお湯。香油が使われたお湯なんて、一般市民が使うことはまずない。贅沢に一人でゆったりと入ることのできるお風呂に、さらには、滅多にお目にかかることも、使うこともできない、香りのついた石鹸。
「後にも先にも、今日だけだわ、絶対。こんな経験」
平民は通常、桶一杯のお湯を沸かした後、それを使って軽く髪の汚れを落としたり、体を布で拭う程度で終わるのが基本だ。幸い、モルトには公衆浴場もあるので、シエラは週に1度は、そこも利用している。公衆浴場を利用するにはそれなりの料金がかかるため、毎日通うのは流石に金銭的に厳しいからだ。
「いつか、王都の近くにあるっていう、温泉とかいうのにも行ってみたいな」
天然のお湯が沸き出る場所があるらしく、そこには、温泉と呼ばれる風呂が備え付けられた宿屋がある、と少し前に話題になっていたのを思い出した。宿屋自体がかなり人気の為、中々予約が取れないらしい、と聞いているのだが、こうなってくると、一度は行ってみたい、という気になってくる。
肩や首をしっかりとマッサージしながら、もう、二度とこんな経験はできないだろうと、侯爵家のお風呂をしっかりと堪能したのだった。
書きながら、お風呂シーンと言えば、お銀か不二子ちゃんだなーなんてことを思った今日この頃…
いや、不二子ちゃんはお風呂に限らない、か…?




