第三話
深夜。自室でネトゲをしている俺は、妹のリスを思い出していまいち集中できていなかった。あれだけ素っ気ない態度を取られると、かなり寂しい。
一緒に暮らす上で、苦痛にならない程度の仲になりたいのにな……。
「どうしたもんかなー」
独り言を言いながら採掘に没頭する。
さきほどまでフレンドとダンジョンに潜っていたのだが、やはり少し腕が落ちていた。
久しぶりのネトゲは楽しいものの、ガチ勢からすればブランクを感じる。
何気なく机の脇に置いていた人形を見つめた。
それは凛香をデフォルメした可愛らしい人形。アイドル衣装が着せられている。クリッとした大きな目に、天真爛漫な明るさを感じさせる笑顔。見た目は水樹凛香だが、キャラの雰囲気はリンの方だ。
家に帰る前に凛香から「離れ離れになって寂しいでしょうから、私の人形をあげるわ。これで妻がいない寂しさを我慢してね」と渡された。
「あ、凛香からだ」
電話が来たのでスマホを手にして応答する。
「遅い時間にごめんなさい和斗くん」
「大丈夫だよ。何かあったの?」
「……何かあったのは、和斗くんの方じゃないの?」
「え?」
「声に少し元気がないわ」
すごい、さすが凛香だ。この短いやり取りで察してくれた。
「ちゃんと凛香人形を抱きしめてる? 私が居なくて寂しいのは分かるけれど我慢してほしいわ。私も……我慢するから」
全く察していなかった。
「違うんだ凛香。実は――」
「違う? つまり私が居なくても寂しくないということ……? まさか浮気?」
「してない! 俺は凛香一筋だよ! そのこと、分かってくれているだろ?」
「ええ分かっている、十分分かっているわ。けれど、妻一筋でも……いえ、一筋だからこそ妻が居なくて寂しくなり、他の女に手を出して家に連れ込む……そんな男性が居ると聞いたことがあるわ」
「なんでそうなるの!? お願いだから話を聞いて!?」
必死の訴えからその後、これまでの事情を込みで俺に妹が居たことを簡潔に説明した。
しばし黙り込んでいた凛香だが、ゆっくりと喋り始める。
「ごめんなさい……。和斗くんが私に夢中になっているのは以前から理解しているの。けれど、最近疲れているせいかしら……どうしても不安な気持ちが込み上げて我慢できなくなることがあるの……」
「いや、いいんだよ。そういう時って誰にでもあるからさ」
「和斗くん……優しいわね。その懐の深さも大好きよ」
大好きと言われてドキッとさせられる。あと懐が深いというよりは、慣れた。
「それにしても警戒心の強い女の子ね。あの和斗くんにも怯えるなんて」
「あの和斗って何だよ……。俺さ、これからどうしたらいいのか分からなくて」
「和斗くんはどうしたいの?」
「せめて警戒されない程度の関係になりたい。同じ家で暮らすことになるんだし」
「あら、家族として仲良くなりたいとは言わないのね」
「それは少し難しい……と思う」
家族になりました、だから今すぐ家族のように振る舞いしょう!は無理な話だ。ただし歩み寄ることはできるはず。最低限、お互い気楽に生活できるくらいには。
「普通にしていればいいと思うわ」
「普通、か」
「私とネトゲをしていた時も、何かを考えていたわけではないでしょう?」
「そうだなぁ。楽しい、リンにも楽しんで欲しい。楽しさを共有したい。それだけだった気がする」
「子供のような無邪気さね、ふふ」
聞いているだけで癒される、心地よい小さな笑い声が聞こえた。
俺は子供みたいだから乃々愛ちゃんから懐かれやすいのだろうか?
「私もリスちゃんに挨拶したいわ。和斗くんの妹ということは私の家族であり、妹だもの」
「…………」
ガチで家族なのは俺とリスであって、凛香は自称である。
「ごめんなさい。もう寝ましょうか……。少しでも和斗くんと話せて嬉しかったわ」
「分かった。また明日時間があったら電話しよう」
「ええ、ありがと」
こうして通話を終えた俺は、背もたれに体重をかけて天井を仰いだ。
いきなりできた妹と、どう向き合えばいいんだろうな……。