第十五話
あれよあれよの間に、俺たち三人は街に繰り出すことになる。
万が一にも俺が男だとバレたらヤバいのではと思うが、そこは清川の遠い親戚で誤魔化すことにしたらしい。そんなもので誤魔化せるのかと首を傾げるが、案外いけるとのこと。
これは某アイドルの話になるが、彼氏バレした際に男を弟と言い張り、無事誤魔化せたそうだ。
「丁寧な物腰で理由をつければ、皆さん納得してくれるのですよ」
そうニッコリと笑った清川は、少し闇を抱えていそうで怖かった。俺の中にあるアイドルに対する理想が僅かに崩れた瞬間でもある。
「……全然バレないというか、見向きもされないな」
すれ違う人々を横目に、小さく呟く。
目立ちにくい地味な服装しているとはいえ、俺の傍には人気アイドルが二人もいるんだぞ。全く注目を浴びないことに違和感を感じる。
「アイドルというレッテルを外せば、意外とこんなものですよ。顔を隠していれば目立ちませんし」
「そういうもんなのか」
「あれだね、カズくんは私たちだと分かっているから気になるんだよ。もし知らなかったら、すれ違っても気にならないんじゃないかなー」
帽子をクイっと上げ、胡桃坂さんは爽やかな笑みを見せながら言う。
そういえば変装した時の凛香も全く目立っていなかったな。
いくら人気アイドルと言っても、女神のような後光が差しているわけではない(脳内フィルターでは差している)。普通にしていれば普通の女の子に過ぎないということか。
「あ、あの。スタマイの奈々ちゃんと綾音さんですよね?」
と思っていた矢先、後ろから一人の女子高生に声をかけられる。いや一人じゃない。彼女の後ろには、もう一人女子高生がいた。制服からして俺たちが通う学校とは別だ。
……普通にバレてるじゃないですかぁ。
「綾音さんですよね? 清楚お嬢様の」
「え、えーと、何のことでしょう……?」
帽子を深く被る清川。周囲をチラチラと見て、露骨に動揺していた。……おい、さっきまでの自信満々な態度はどうした。
まさかとは思うが、想定外のアクシデントに弱いタイプじゃないだろうな。
「その声、やっぱり綾音さんだ! すっごく綺麗な声です! いかにもお嬢様って感じですね!」
「お、お嬢様ではないですよー(裏声)」
……もう、この人はダメかもしれない。いまさら裏声を発しても遅いだろ。
憧れの人気アイドルと出会えたことに、二人組の女子高生は盛り上がる。
このままでは道を行き交う人々にもバレて騒ぎにつながるかもしれない。
俺と同じことを危惧したのか、胡桃坂さんが口を開く。
「ごめんね。今日はゆっくり過ごしたいの」
「あ、すみません! はしゃいじゃって……」
「ううん、怒ってるわけじゃないから気にしないで。いつも応援ありがとね!」
明るい笑みを見せながらそう言うと、胡桃坂さんは自ら女子高生の手を握りしめる。続いてもう一人の手も握った。
これには彼女たちも感激。声が出ないほど顔に喜びが満ちていた。
「あ、あの、綾音さんも……いいですか?」
「はい、構いませんよ。これからもよろしくお願いします」
遠慮がちに下からお願いされては断れない。清川も彼女たちと握手する。
スター☆まいんずはファンサービス旺盛らしい。嫌な顔するどころか天使のような微笑みで握手に応じている。
……俺、すごい女の子たちと絡んでいるんだな。改めて思わされた。
「あの、握手お願いします!」
「……ん?」
これは……どういうことだろうか。
一人の女子高生が、俺に手を伸ばして握手を求めてきたぞ。
思わず喋りそうになったが、声質で男とバレてしまう。咄嗟に口を閉ざし黙る。
「だ、ダメですか……?」
不安そうな上目遣いを向けてくる女子高生。どこにでも居そうなごく普通の女の子だが、何となく守ってあげたい気持ちにさせてくる。
この場を誤魔化す意味も含めて握手に応じる。彼女の手は、少し汗ばんでいた。
「あ、ありがとうございました! この手、一生洗いません!」
俺と握手した女子高生はキラキラとした希望に満ちた笑顔を浮かべ、勢いよく頭を下げてから友達を連れて去って行った。
「……なんで、俺にも握手を求めて来たんだ」
「きっと和斗先輩をアイドルだと思ったんですよ。私たちと一緒に居たので勘違いしたんでしょうね」
「んなバカな」
「今のカズくん、すんごく可愛いから、勘違いするのも無理はないと思うなぁ」
そんなこと言われても全く嬉しくない。それにあの女子高生に申し訳なく思う。アイドルだと思って握った手が、実はネトゲ廃人の手なんだからな。
「一つ言わせてくれ清川」
「な、なんですか?」
「あっさり正体がバレてるじゃないか、お前たちが……っ!」
「ま、まあ、たまにありますよ。嬉しいことに、熱心なファンの方は私たちをよく見てくれているんでしょうね」
「なにが『アイドルというレッテルを外せば、意外とこんなものですよ』だよ。可愛い女の子は、レッテル関係ないだろ」
容姿が優れている者は必然的に目立つし、性格が良い人も雰囲気や顔立ちに表れる。
魅力的な人間というのは、思ったより見た目に出るのだ。
「あれ、あの人たち……カズくんのお友達だよね?」
「え」
胡桃坂さんに言われて顔を向ける。信号を渡った先にある本屋。その本屋に入っていくメガネ男子とポッチャリ男子の姿が視界に映った。……斎藤と橘だな。
「和斗先輩。いいこと思いつきました」
「却下」
「まだ何も言ってませんよ⁉︎」
「どうせあいつらにバレないよう接してこいとか言うんだろ」
「さすがですね。こういう時の勘の良さは目を見張るものがあります」
「誰でも分かるわ、この流れなら……」
妙に嬉しそうな笑みを浮かべる清川に、俺は心底呆れ返る。絶対楽しんでやがるぞ。
「カズくん、ファイトだよ! お友達にバレなかったら、女装は完璧なんだからね!」
胡桃坂さんは可愛らしくガッツポーズを作る。
やめてくれ、そんな純粋な笑顔で俺を地獄に蹴落とすな。
「さあ和斗先輩! 次のクエストは『友達に女装を見抜かれるな!』です! ちなみに報酬は百円のジュースですよ。頑張って下さいね」
「ゲームみたいに言いやがって。しかも報酬はケチ臭いしな」
確信した。
やはり俺は、オモチャにされている。