第十四話
女装と言われ、俺は耳を疑う。
何かの間違いだろ? と祈りを込めて清川に視線を送ってみるが――――パチリと可愛らしいウインクをされるだけだった。……いやなんだそのアイコンタクト。
「ちょっと待ってくれ。まあ、なんとなく、理解したくないけど、清川の言っていることは分かった」
「ならば早速――」
「承諾はしていない」
腰を浮かせた清川に待ったをかける。
この何ちゃって清楚アイドルの考えをまとめてみよう。
まず『俺と凛香が花火大会に行くにはどうすればいいのか』という問題に対し、『人気アイドルと男だから騒ぎになる』と結論付けた。うん、これに関しては正しいだろう。
しかし次の『なら和斗先輩が女の子になればいいんですよ! よし女装しましょう!』の流れは受け入れることができなかった。
その理屈というか、考えは理解できるけど、心が拒絶反応を起こしている。
「どうしたのカズくん。早く着替えようよ」
「今からかよ……。胡桃坂さんは俺が女装することに何も思わないわけ?」
「思うよ! すっごく楽しみだね!」
「あー、そういや胡桃坂さんてズレてるんだったわ」
元気系アイドルの振る舞いが素だから忘れがちになっていた。
胡桃坂さんはBLゲームを嗜む方であり、猫やゲームキャラに変な名前をつける女の子だった。
控え目に言って変な女の子。変女子。
「和斗先輩。一体何を迷う必要があるのですか。凛香先輩と花火大会に行きたいのですよね?」
「うん、はい。行きたい……なぁ」
「ならもう、女装しかないでしょ!」
「それが分かんねえんだよなぁ……っ!」
清川の言っていることは分かるんだけども!
それにしても何故この二人は俺が女装することに意欲的なんだろう。
「他に良い考えがおありですか? もしあるなら、そちらを採用しても構いませんよ」
ないでしょう? そう勝ち誇った笑みを浮かべる清川。その通り、俺の脳みそでは何も思いつかず……。
「やるしか、ないか……っ!」
断腸の思いで頷くしかなかった。
「ご安心を。私が和斗先輩をアイドル級の美少女にしてみせますので」
「私も協力は惜しまないからね!」
自信満々な表情を見せる清川と、ふんと鼻息を荒くする胡桃坂さん。
俺は不安でしかなかった。
○
清川の家には色んな衣装が用意されている。だがサイズが合わない。
そりゃそうだ、俺と清川では体格が全く違う。
これで女装作戦は破綻かと思いきや、胡桃坂さんから連絡を受けた香澄さんが衣装を届けにやって来た。
あまりにも唐突すぎる展開に面食らうも、まあ香澄さんならあり得ると謎の安心感を感じさせる。
『ごめん! 和斗くんの女装見たいけど、この後用事があるの! あとで写真よろしく!』
そう言いながら車で去って行った香澄さん。
玄関に置かれた紙袋の中には、黒髪ポニーテールのウィッグ+ロゴ入りの白いTシャツ+ロングスカート。
髪型はともかく、服装は色合いやデザインを含めて派手すぎない程度に抑えられている。街中に溶け込むことができるだろう。
「流石香澄さんだねー。すぐに用意して持って来てくれるなんて」
「しかもサイズぴったりなんだけど。流石というか、もう怖いんだけど」
服を手に持ち、自分の体に合わせて心底震える。俺は水樹香澄という女を少しみくびっていたのかもしれない。
「では早速着替えましょうか。あ、下着はどうしましょう……私の…………つけます?」
「つけねえよ! めっちゃ嫌そうな顔してんじゃん!」
近年稀に見る嫌そうな顔だった。
そうして清川と胡桃坂さんが部屋から出て行き、一人残された俺は時間をかけて着替え始める。
不思議なことに、一度覚悟を決めてしまえば、あっさり着替えることができた。
しかしウィッグだけは上手くいかず、断念する。
途中で清川を呼んでウィッグの手伝いをしてもらい、更に胡桃坂さんに化粧してもらい(なぜ……?)、数十分後、俺は生まれ変わっていた。いや、男をやめていた。
「意外と……いけてるんじゃないか?」
全身鏡に映る自分を目にし、そんなことを言ってしまう。
身長は女子にしては少し大きいかもしれないが、スポーツ感のあるポニーテールで違和感がないし、すらっとした体格はシャツとロングスカートがよく似合っている。
何よりも化粧が施された顔。
元々肉食系の男っぽい顔つきではなかったことが功を成したのか、胡桃坂さんによる技術でマジの女の子っぽくなっている。
なんかもう、街に居そうな可愛らしい女の子になっていた……。
「くはー! すんごく可愛いよカズくん! うんそこでスカートを少し持ち上げて首を傾げ――違うよ、もうちょっと恥じらいを――――」
なんだコイツ。もはや変態並にテンションを上げた胡桃坂さんが、カメラアプリを起動させたスマホを俺に向けてくる。
エネルギッシュな元気アイドルが謳い文句の彼女だが、振り切っていい方向と悪い方向があるだろうに。
「想像以上に可愛いですよ和斗先輩。今度、一緒にライブに出ませんか?」
「俺を社会的に殺すつもりか? 自殺するぞ?」
優雅な笑みをたたえる清川に、俺は口を引き攣らせる。
なんだか俺、オモチャにされてない?
「では次のステップに移りましょう」
「次のステップ?」
「はい。これから和斗先輩には、その格好で街に行ってもらいます」
「……まじ?」
「もちろんです。人前に出ることに慣れて頂かないと」
言われてみればそうだ。花火大会の日だけ女装しても、何かしらでボロが出るかもしれない。
とくに凛香の傍にいる以上、目立つのは必然。俺自身が女装に慣れる必要があった。
「じゃあ私たちも目立たない服に着替えた方がいいかな……?」
「そうですね。三人で適当に街を歩いてみましょう」
胡桃坂さんと清川はノリノリで予定を決めてしまう。
どうやら心の準備をする時間も与えてくれないらしい。
ていうか、人気アイドル二人と遊びに行くのか……?
あらゆる意味で緊張を強いられることになりそうだ。