第十三話
「それはないよカズくん」
「それはないですね和斗先輩」
とある休日。自室にいる俺は今、人気アイドル2人からドン引きされていた。その二人とは言うまでなく、胡桃坂さんと清川。女の子らしいカジュアルな服装が目の保養になる……。何故こんな状況になったのか。それは凛香からお泊まりデートの詳細を聞いた二人が、俺に話があると来たからである。この場に凛香は居ない。
「ひょっとしなくても和斗先輩はヘタレさんですか?」
「くっ……否定はできない」
「カズくんてアレだよね。大胆な時とそうじゃない時の差が激しいよね」
「奈々先輩の仰るとおりですね。覚悟を決めている時はグイグイ行くのに、普段は消極的です。二重人格ですか?」
「い、言い過ぎじゃね?」
「いえいえ、凛香先輩にそれだけ迫られてネトゲオチになるとかありえませんから」
「でも凛ちゃんにも問題があるよね。二人してネトゲに没頭しちゃうなんて……」
二人揃って「はぁ」と残念そうに息を吐く。……そんなこと言われてもなぁ。
俺、ネトゲ廃人ですし? 小さい頃からひたむきにネトゲと向き合ってきた生粋のゲーマーですし? 普段がヘタレなのは当然では?
そう考えると、俺、よくこれまでアイドルたちと向き合えてきたよな……。
他の草食系男子なら緊張して喋ることすらできないだろ。もしくは舞い上がって変なテンションになる。俺の場合、ネトゲ廃人としての鈍感さが発揮されているのかもしれない。
「凛ちゃんから話を聞いた時は驚いたよ。最初はいい感じでお泊まりデート進んでいたのに、最後の最後で踏み外しちゃうんだもん。しかもお父さんに見つかっちゃうなんて……」
「ある意味、一番の被害者はお父様ですね」
「いや俺だろ」
「は?」
「え?」
「……すんません」
なんでこんなに当たりが強いの? 俺、泣きそう……。
「和斗先輩。凛香先輩を大切に思うのは素晴らしいことですが、時としてそれは相手を傷つけることになりますよ?」
「……はい」
「カズくんはもうちょっと積極的に行ってもいいと思います!」
「胡桃坂さんに言われるとキツいな……」
「だってまだキスもしてないんでしょ? 遅い、遅すぎるよ!」
「……」
「聞いてるのカズくん?」
「き、聞いてるよ」
「じゃあどうして黙っちゃうの!」
「いやさ……女子とこんな会話をするのが恥ずかしいんだよ!」
「「えっ?」」
思い切って本音をぶちまけると、二人は目を丸くして首を傾げた。
「え、なんだそのリアクション。君ら、自分のことを男だと思ってんの?」
「いえいえ、思いませんよ。ただ性別を気にしていなかっただけです」
「うん、私も」
「ちょっとは気にしろよ。そして恥じらってくれ」
「ふふ、女子と縁がない和斗先輩はご存知ないかもしれませんが、意外と女子の間でも突っ込んだ話はしますよ」
「だねっ。男の子の前ではできない話だよー」
「だからここに居るだろ男。え、俺を女だと思ってんの? それとも人間扱いしてないの?」
以前から感じていたことだが、この二人は妙に俺に対して距離感が近い。それは親愛的なものではなく、どちらかというと警戒心を抱いていないような感じだ。
「人間扱いというか、そもそも和斗先輩はネトゲ廃人ですよね?」
「それどういう意味だ。ネトゲ廃人に人権はないと? 泣くぞチクショー」
「カズくんは異性というより、カズくんなんだよね」
「意味わかんねー」
よく分からないけど、とりあえず俺を男として意識していないことは分かった。
……ちょっと悲しい。
別に意識してほしいわけじゃないけど、なんか複雑な気分。
「カズくんと凛ちゃんのラブラブ大作戦を指揮する者として、この事態は見過ごせないよ!」
「なにその作戦初耳」
前までは仲良し大作戦だった気がする。どちらにせよ聞いていて恥ずかしい。
「私、清川綾音は参謀を務めています」
「へー。俺の居ないところで話が進んでいるのか」
「ちなみに和斗先輩は下っ端、雑兵ですよ」
「いやなんでだよ。俺、作戦の主役じゃないの?」
「主役は凛香先輩です。そして和斗先輩は、凛香先輩を喜ばせる役割です。何か良いアイデアはありませんか?」
清川に問われ、少し考えてみる。一つだけあった。
「花火大会、かな」
「花火大会ですか?」
「そうそう。凛香が俺と二人で花火大会に行きたいと言っていたんだよ」
「行けばいいじゃないですか。凛香先輩の変装技術を持ってすれば簡単ですよ」
「それが……浴衣を着たいらしいんだ」
「……難儀ですね、それは」
俺の言葉を聞き、清川は「うーん」と唸ってしまった。
浴衣では変装どころではない。モロに正体を明かすことになる。
「屋台も回りたいそうなんだ。正直、無理だと思ってる」
「無理という言葉はあまり好きではありませんが……なるほど、厳しいですね」
「だとしても凛ちゃんの夢を叶えてあげたいよね」
三人で腕を組み、首を傾げて考え込む。
どう考えても不可能じゃないか?
人気アイドルが男と花火大会に行くとか、そんなのスキャンダル待ったなしじゃん。
「いっそ私たちで花火大会を開催するのはどうかな? お客さんも私たちで集めて協力してもらうの!」
「それは無謀です。そんなお金はどこにもありません。詳しくは存じませんが、花火大会にかかる費用は数千万円とか何とか。それに加えてエキストラを雇い、場所も借りとなると……余裕で一億超えるのではないでしょうか」
「……線香花火にする?」
ランクダウン半端ねえぇ。
「カズくん。何か作戦ないの?」
「和斗先輩、もう貴方だけが頼りです」
「んなこと言われてもっ。つーか俺、最初から無理って言ってんじゃん」
作戦を考えるどころか思考放棄している。
すると清川が「あっ思いつきました!」と目をキラーンと光らせた。
「……なに?」
「この問題点は、人気アイドルと男が花火大会に行くことですよね?」
「そうだな」
「ということはですよ? 人気アイドルと女であれば何も問題はないわけです」
「は?」
それだと、俺と花火大会に行きたいという凛香の夢を叶えられないじゃないか。
「あ、分かったよ! 綾音ちゃんの言ってることが分かった!」
「さすがは奈々先輩。気が付いていないのは和斗先輩だけですか」
「ど、どういうことだよ……」
「簡単ですよ。和斗先輩が――――女の子になればいいのです」
「は、はぁああああ!?」
笑いなしの迫真顔で言い放たれ、俺は絶叫してしまう。
俺が……女の子になるだと?
「でも待って綾音ちゃん! カズくんが女の子になっちゃったら、二人の間に子供ができなくなるよ? それは少し寂しいかなぁ。凛ちゃんの子供、抱っこしたいもん」
「なるほど、奈々オバさんと呼ばれたいわけですね」
「お姉ちゃんだよっ! オバさんはまだ早いよ!」
……だめだ、話についていけねえ。ついていきたくもねえ。
女子による子供の話題とか、草食系ヘタレ男子には赤面ものでした。
「俺、できれば男のまま人生を終えたいんだけど」
「誰も去勢しろとは言ってません」
「じゃあなに」
俺が口を引きつらせながら尋ねると、清川はニヤリと笑った。
「女装、ですよ」
女装――――だと?