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第十一話

 奥さんと旅行に行っていたはずの幹雄パパが突如帰宅するという事態。

 もはや混乱を通り越して発狂しそうになる。

 俺は幹雄パパにリビングに連れて行かれ、二人で話すことになった。

 凛香は自分の部屋で待機させられている。

 男だけで話したいと幹雄パパに強く言われたからだ。

 ちなみに幹雄パパが家に帰ってきた理由は、ちょっとした忘れ物をしたというもの。


「話は以上になります……はい」

「…………」


 俺はテーブル越しに腰を下ろした幹雄パパに、昨日の出来事を語ってみせた。


 香澄さんにお泊りを提案されたこと。

 凛香がメイドさんになったこと(猫耳は伏せた)。

 お風呂に一緒に入ったこと。

 そしてネトゲ落ちになったこと……。


 一部きわどい情報は伏せたが、大まかな流れを説明した。

 鉄仮面のような冷たい表情を顔に貼り付ける幹雄パパのプレッシャーに、俺は我慢できなかったのだ。

 それに何も喋らないというのは失礼に値する……かもしれない。


「……」

「……」


 無言の時間が続く。

 壁に吊るされた時計の針を刻む音だけが、部屋に鳴り響いていた。


「信じられんな」


 幹雄パパが悩ましそうに眉間を押さえた。

 ……やっぱり怒られてしまうか。

 そりゃそうだ。

 親の立場として考えるなら怒って当然だろう。

 正座している俺は顔を伏せ、膝の上に乗せた拳をギュッと握りしめた。


「分からない、分からないぞ」

「はい……」

「そこまで行って、なぜ最後はネトゲなんだ」

「……え?」

「ある意味不健全ではないかね?」


 あ、そっち?

 親に黙ってお泊りしたとかではなく、そっちに戸惑うの?


「凛香がネトゲに没頭しているのは知っている。だがしかし、そこまでとはな」

「……」

「君はネトゲをしている最中、何も思わなかったのかね?」

「えと、楽しかったです」

「……」


 素直な気持ちを口にする。

 幹雄パパは口を閉ざしてしまった。

 どうやら俺は言葉を間違えてしまったらしい。

 何を言えば良かったんだ。分からない。

 彼女の父親と一対一で話し合うという状況が、俺から冷静さを奪っていく。

 手には尋常ではないほどの汗が滲んでいた。


「私には最近の若者が分からない。それほどネットゲームとは良いものなのかね?」

「そ、そうですね。良いものです。ネット環境とパソコンがあれば誰でも遊べますし、現実の情報を伏せることができるので、気兼ねなく誰とでも遊ぶことができます」

「……なるほど。そうして凛香と君は知り合ったわけだね」

「はい……」


「……」

「……」


 またしても無言の時間が続く。

 これ、俺から何かを話した方がいいのか?

 とはいえウケ狙いの話題とか俺には不可能だし、そもそも自ら口を開いていいのかも分からない。

 この地味に繰り返される沈黙の間が一番辛い。

 次に何を言われるのか……その不安が胸の中に押し寄せてくる。

 いや、これが幹雄パパの狙いなのか?


「いずれは、と覚悟していた」

「はい……?」

「いずれ娘たちは男を連れてくるだろう、と。しかし香澄は遊んでいるようで遊んでいない。覚悟していたが男を連れてくることはなく、またそのような話を聞くこともなく……。そして凛香に至っては男を見るだけでため息をつく始末」

「……?」


 彼は何を言いたいんだろう。

 俺は耳を傾ける。


「ひょっとしたら娘たちは独身のまま生涯を終えるのではないか……そう不安になっていた。そんなところに君が現れた」

「……」

「父親として複雑な心境ではあるが、男と付き合うことにより凛香が幸せになってくれるなら……そう思っていた」

「はい」


 スーッと静かに息を吸い、一拍置いてから幹雄パパは口を開く。


「君に分かるかい? 娘の部屋から、彼氏を模した人形やポスターが出てきた衝撃が……っ!」

「そ、それは……」

「寒気が走るほど同じなのだ、私の妻と……っ!」

「え――――っ!?」


「凛香は色濃く血を継いでいる。全く同じ行動をしているのだ。いずれは……いや、これ以上言うのはやめておこう」

「言って下さいよ! 気になるじゃないですか!」

「いや、いたずらに不安を煽りたくない」

「とか言いながら煽ってますよね? 真顔で煽ってますよね!? このままだと俺、不眠症になります!」


「綾小路くん……いや和斗くん。君は自分の意思に関わらず、凛香と生きていくことが決定されている。最悪、乃々愛や香澄とも……いや、やめておこう」

「だから最後まで言ってくださいよ! え、俺に三姉妹を引き受けろと!? それがお父さんとして正しい発想ですか!?」


「誰もそんなことは言っていない。現実を認識し、あくまでも可能性が高そうな未来を想定したまでだ」

「あはは、ご冗談を~」

「残念だが私は冗談を言わない主義だ」

「……」


 その感じ、まさに凛香の父親だった。

 クールというか断固とした表情からも凛香の雰囲気を感じ取れる。確かに親子だ……。


「私の方でも注意を払っておく。娘たちが一人の男を取り合う様は見たくないのでな。最悪、君を……いや、やめておこう」

「だから最後まで言って――――やっぱりいいです。ごめんなさい」


 お父さんの冷徹な瞳を見て察した。

 ありゃあダメだ。消される。


「最近、香澄が家に帰ってくるようになったかと思えば、常に君の話を凛香としている。……まさか香澄とも付き合っているのかい?」

「付き合っていませんよ! 香澄さんは……あれです、僕と凛香の関係を応援してくれているんです」

「そうか……それを聞いて安心した」


 全く安心したようには見えない表情で言う幹雄パパ。

 というより感情が一切窺えない。

 まるで冷血ロボットを相手しているかの如く。


「その……何も言わずにお泊りをしてしまって、申し訳ございません」


 俺は深々と頭を下げた。

 幹雄パパの心境を考えると謝るしかなかった。


「もう過ぎたことは仕方ない。そこをネチネチ責めても時間の無駄だろう」

「はい……」

「しかし褒められたことではない。その上、ネトゲで二人の一日を終えるなど理解に苦しむ」

「……」


 ネチネチ責めてんじゃねーか。


「お父さん。それ以上、和斗くんをイジメるのはやめて」


 この場に凛香が姿を現す。

 自室で待機を命じられていたが、我慢の限界に達したらしい。


「凛香。これは私と和斗くんが二人きりで話し合う問題だ」

「いいえ。私は和斗くんのお嫁さんよ。なら話し合いに同席してもいいはず」

「そうだ。凛香は和斗くんのお嫁なんだから…………お嫁?」


 違和感を覚えたらしい幹雄パパが首を傾げる。

 まさか……。

 自分の娘が、お嫁さんのつもりで振る舞っていることに気付いていなかったのか?


 幹雄パパは己の顎に手を添え、しばし考える素振りを見せる。

 そして、ゆっくりと顔を上げると、こちらに視線を向けた。


「和斗くん」

「……はい」

「最近の若者は、恋人のことをお嫁と呼ぶのかい?」

「呼ばないです。はい、間違いなく」

「……」


「聞いてお父さん。実は私と和斗くんは中学生の頃から夫婦なの。本当に黙っていてごめんなさい」

「凛香、少し待って欲しい。君たちは付き合っているのであって、結婚しているわけではないだろう?」

「いいえ、結婚しているわ」

「っ――――」


 今日、初めて、幹雄パパが絶句した。

 その鉄仮面を脱ぎ去り、人間らしいリアクションを見せる。


「お父さん? 大丈夫?」


 凛香の問いに答えることなく、幹雄パパは天井を仰いだ。


「あぁ……どうやら凛香は、私の妻を超えていたようだ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] お父さん、まともな方と思っていたが、もしかしてその実案外・・・?(笑) [気になる点] この章に入ってから一気にぶっとんだものをぶっこんできましたねw [一言] ここが我慢の限界でした。 …
[良い点] お母さんは元祖ヤンデレ、お父さんは俺の後ろに立つなと言いそうなゴ○ゴ13、娘はヤンデレを超えたヤンデレ……次回!主人公の運命はいかに!
[一言] なんとなくお姉ちゃんはお父さん似かな。ぶっ飛び思考状態の凛香を見たときの反応とか似てる気がする。
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