第七話
「だめ……ご主人様……っ」
「なんでも……言うことを聞いてくれるんだろ?」
弱々しく抵抗を見せるメイドの凛香。
俺は気にせず凛香の両肩をつかみ、優しくベッドに押し倒す。
「んっ、ご主人様…………んぅっ!」
左耳を甘噛みをしてやると甘い吐息を漏らした。
もはや俺たちを止める者は誰も居ない。
凛香の濡れた瞳をジッと見つめる。
「あっ……」
そっと視線を逸らされた。
普段は積極的に好き好きアピールをするくせに、いざ押されると怯えた小鹿のように固まってしまう。
そのギャップが俺の胸を赤く染めた。
「凛香……俺を見て」
「……っ」
凛香の頬に手を添え、顔をこちらに向かせる。
潤んだ黒い瞳には俺の顔が映っていた。
「……和斗くん…………っ」
微かに震えた声。
それは拒絶なのか単に緊張なのか。
どちらにせよ関係ない。
俺の意識は目の前の瑞々しい唇に集中している。
凛香の生温かい吐息を鼻先に浴びつつ、ゆっくりと自らの唇を近づけていきーーーーというのは俺の妄想で、今はダイニングの席で大人しく凛香の手料理を待ちわびていた。
……はは、ヘタレネトゲ廃人の俺が肉食系男子みたいな真似をできるわけがないだろ?
妄想が限界デス。
メイド姿の凛香はキッチンに立っている。
慣れた手つきでフライパンを振っているのが確認できた。
オムライスを作っているらしい。
もしかしたらメイドカフェを意識しているのかもしれない。
ケチャップで文字を書いてくれたりするのかな?
もしくはハートマークとか……。
まあ何であれ、メイド姿で料理する凛香は魅力的である。
俺は無心で凛香の後ろ姿を眺めていた。
◇
「お待たせ和斗く――――ご、ご主人様……っ」
さすがの凛香もテレを隠しきれないらしい。恥ずかしさ半分、嬉しさ半分といった様子。
やや顔を固くしながらテーブルに置いてくれたのは、形の整った綺麗な楕円形のオムライス。
ケチャップで何かが描かれている。
一体なんだろう?
ハートマークとか描かれていたら嬉しいなぁ。
そう思いながら覗き込む。
我が目を疑った。
「……お、俺の顔じゃん……っ!」
そう……俺、綾小路和斗の顔だった。
それもデフォルメとかではなく、ややリアル調の絵。
いや、少し美化されているようにも見える。
2割増しでイケメンだ。
「ど、どうご主人様? この日を夢見て、ずっと練習してきたの……」
「す、凄いっす。美味しそうなオムライスだなぁ」
「……絵を褒めて欲しかったのに……」
「うわぁ上手だなぁ! ほんと俺そっくり! ありがとう!」
凛香が悲しげに項垂れたので、急いで褒めちぎる。
絵なんてオマケだろ。
だって見てみろよ、このオムライス。
焦げ目やヒビ割れが一切なくて表面が金色に輝いているぞ。
見た目は理想的なラグビーボール形になっているしさ。
「実はね、この和斗くんオムライスに特別なものを入れておいたの…………ふふ」
――――ま た か。
粘着質な光を瞳に宿す凛香は、妙に妖しげな笑みを浮かべていた。
「この間のチャーハンもそうだったけど……特別なものってなんなんだ?」
「ごめんなさい。それは答えられないわ。でもね、そんなに目立つものじゃないから気にしなくても大丈夫よ」
ひょっとして、その特別なものとは赤色ではないですか?
だからケチャップに混じって目立たないのでは?
なんてバカなことを尋ねるわけにもいかず……。
俺は右手にスプーンを握ったまま、オムライスを見つめて硬直していた。
さて、どうしようかな。
見た目だけなら美味しそうなオムライス。
表面に描かれた俺の顔も素晴らしい。
文句なし。
…………よし、食べるか。
凛香を信じよう。
あの凛香が変な物を混入させるはずがないしなっ!
「待ってご主人様。私があーんしてあげるわ」
「それは、ちょっと恥ずかしいかも」
「お願い。ご主人様が喜ぶなら何でもしてあげたいの」
「そこまで言うなら……」
なぜか俺の方が言うことを聞かされていた。
しかし、ご主人様と呼ばれては何でも頷いてしまうのが男の性。
実に単純だった。
俺は凛香にスプーンを手渡す。
だが凛香はスプーンをオムライスに差し込む直前で固まっていた。
「凛香? どうした?」
「だ、だめ……っ」
「え?」
「和斗くんオムライスが可愛くて……とても崩せないわっ!」
「じゃあなんで描いたの? 誰の得にもならないよね?」
俺は腹を満たせないし、オムライスは食べてもらえないし、凛香は泣いちゃうし……。
なんだこれ、カオスかよ。
◇
そんな茶番を済ませ、俺は舌鼓を打ちながらオムライスを食べ終えた。
食事中、俺の口端についたケチャップを凛香が指で拭い取りペロッと舐めるというハプニングがあり、危うく心臓を止められるところだった。
その舐めた時に凛香が浮かべた無垢な笑みを俺は永遠に忘れないだろう。
「和斗く――――ご主人様。私と食事後のゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「ええ。私とジャンケンをして、ご主人様が勝ったら景品をプレゼントするわ」
「景品か……。よし、やる」
なんかこのノリもメイドカフェみたいだな。
まあ行ったことないけど。
テレビで見たことがあるくらいだ。
「いくわよ」
じゃんけんぽん、の掛け声とともに手を出す。
凛香がグーで、俺がパー。
あっさり勝った。
何が貰えるのだろうと楽しみにしていると、凛香が自分のニーソに手をかけてスルスルと脱ぎ始めた。
そして――――。
「さすがご主人様ね。どうぞ、私の脱ぎたてニーソを」
「野球拳か! 何しているんだよ凛香!」
「なにって、約束通り景品を渡したのよ」
「まじか……」
「さあ続きをしましょうか」
「続きって、あと何回くらいするんだ?」
「め、メイド服が……なくなるまでかしら」
恥じらう凛香が自分の体をそっと抱きしめる。
その仕草もそうだが、ニーソを失った生の右脚が何だかエロい。
「だ、ダメだ凛香。もっと健全なゲームをしよう。その……色々とヤバくなる」
下手したら即18禁コースに突入だ。
ていうか高校生カップルの遊び方じゃない。
「そんな……。男の子は黒色の下着が好きって聞いたから、頑張って着けてきたのに……」
「く、黒ですか……っ」
あのメイド服の下には黒色の下着が身につけられているのか……!
「ご主人様……ゲームの続き、する?」
「ぐ、ぅぅ……しない! 俺は……しない……!」
身を削るどころか魂すら削る思いで却下する。
やっぱりこんな遊びはダメだ。
健全じゃない。
最初はもっと普通な感じがいいのだ!
「その下着の話は誰から聞いたんだ――――って、聞くまでもないか。聡子さんだろ?」
「いいえ、乃々愛よ」
「ああ乃々愛ちゃんね…………はいぃいいいいい⁉︎」
「冗談よ」
「だよね! そうだよね⁉︎ まじでビビった!」
普通なら一瞬たりとも信じないが、あの乃々愛ちゃんなら僅かでも可能性がある。
それだけ水樹家はぶっ飛んでいるのだ。
「ねえご主人様……なにか、してほしいことはないかしら?」
凛香が期待を込めた眼差しを向けてくる。
命令が欲しい様子。
「……とくに、ないな」
「ほんとうに? なんでもいいのよ」
なんでもいい。
女の子からそう言われると、どうしてもピンク色な発想が湧いてくる。
おそらく凛香もそれを意識した上で言っているのだろう。
香澄さんからも何かしらの入れ知恵をされていそうだ。
「ご主人様……」
「え、えーと……じゃあ」
「じゃあ?」
「猫耳のカチューシャって、ある?」
「……え?」
気がつくと俺は、そんなことを口にしていた。
多分、テレビで見たメイドカフェを思い出していたせいだろう。
そういえば猫耳メイドの紹介もされていたなぁ、と頭の片隅で思い出していたのだ。
「お、お姉ちゃんの部屋になら……あると思うわ。あと首輪も……」
「じゃ、じゃあお願いします……」
「わ、わかったわ」
さすがに狼狽する凛香だったが、すぐに切り替えて香澄さんの部屋に向かった。
「俺……なんということを注文してんだ……」
今になって思う。
あのクール系アイドルに、猫耳メイドをさせるなんて。
間違いなく俺は、変態の道に一歩踏み出していた。