第四話
「おおおお! スタまいだぁああああ!」
凄まじい歓声が天に向かって轟く。
スターまいんずの五人が現れた途端、爆発したように観客たちは盛り上がった。
先程までMITSUGE! MITSUGE! と叫んでいたのがウソのようである。
「うぉおおお! 奈々ちゃん! 俺が……橘がここに居るぞぉおおお!」
「綾音さんんん! たまに見せる蔑んだ目を僕にくださいぃいいい!」
2人が同校のアイドルに向かって欲望を叫ぶ。
しかし周りの色めき立つ歓声にかき消されていた。
まさに観客たちの盛り上がりは最高潮。
そんな大人気スター☆まいんずのセンターは、元気系突撃アイドルの胡桃坂奈々。
本人の明るさと可愛らしさを際立たせる長めのショートヘアに、天真爛漫な笑顔が特徴の美少女だ。
ホルターネックビキニと呼ばれる、紐を首の後ろで結ぶタイプの水着を着ている。
平均よりも大きな胸がギュギュっと固定されており、剥き出しのお腹も綺麗な縦線が浮かんでいた。
そんな胡桃坂さんは明るい笑顔で観客たちに手を振り、絶大なる声援をその一身に受けている。だが、俺は知っていた。胡桃坂奈々という少女は、ネトゲのキャラや飼い猫に変な名前をつけたり、実はBL系が好きかもしれないということを……!
そして右端にいるハーフアップの美少女に目が移った。
あの上品な笑みを浮かべる女の子は清川綾音だ。
露出が控えめのワンピース水着を着て清楚さを演出している。
「おおおお! 凛香ー! 今日もクールな眼差しがいいねぇ!」
どこぞの男が興奮するままに叫び声を上げた。
凛香……水樹凛香。
彼女はセンターである胡桃坂さんの隣に居た。
手入れの行き届いた長髪を風に靡かせ、大歓声を物ともせず前を真っ直ぐ見据えている。
まさに凛とした態度。
その顔には笑みどころか緊張の様子すら感じられない。
かといって嫌な感じの無愛想でもない。
やはりクールの一言が似合っていた。
そんな凛香が着ている水着は、青と白の模様が描かれたオフショルダービキニ。
剥き出しの真っ白な肩とお腹が目に眩しい……。
「凛香ぁああ! 世界一可愛いぞぉおおお!」
「あ、あの綾小路くんが……叫んでいる……!」
「今日は雨が降るかもしれねえな」
浮き輪でプカプカと浮かぶ斎藤と橘が、驚いたようにこちらを見上げていた。
どうやら俺もライブの熱にやられたらしい。
そうして始まるライブ。
夏に向けた新曲らしく、爽やかな曲調が流れていく。
もしこれでMITSUGEとか叫ばれていたら俺は全財産を凛香に貢いでいたことだろう。
あれだけ騒いでいた観客たちは感嘆の声を漏らしながらスター☆まいんずの歌に聞き入る。
ステージ上で楽しげに踊りながら歌う彼女たちの存在感に誰もが魅入られていた。
そして俺が凜香に熱い視線を送っていると――――。
「っ」
目が合い、一瞬だけ凛香の顔が驚愕に染まる。
ほんの一瞬の出来事なので、観客たちは気にすることはなかった。
だがしかし、凛香の視点が固定された。
なぜかずっと俺を見てくる。
目が合いっぱなしだ。
気のせいかもしれないが俺の周辺にいる男たちが興奮しているようにも思える。
「…………」
ステージ上で活躍する凛香と見つめ合う。
目が離せない。
まるで凛香が俺のためだけに歌ってくれているようだった。
周囲の歓声が耳から遠ざかっていき、俺と凛香二人だけの世界になっていく。
確かに俺たちの意識は線で繋がっていた。
「おぉおおおおお! スター☆まいんずぅううううう!」
観客たちの割れるような大声で意識が現実に浮上してくる。
いつの間にかライブが終わっていた。
凄まじいアンコールを受けながら五人の女の子たちはステージから去って行く。
「どうだい綾小路くん? ライブって凄いだろ?」
「……あ、あぁ」
斎藤から話しかけられるも俺は魂が抜けたような返事しかできなかった。
……これがスター☆まいんず……アイドル……。
ネットで観るミュージックビデオとは全然違う迫力だった。
おそらくは観客の存在も大きいだろう。
会場の一体感? というのか分からないが、ともかく凄かった。
腹の奥が熱い。
多くの人たちが熱狂的になるのも理解できる。
これは何度もライブに通いたくなってしまうだろう。
◇
スター☆まいんずのライブが終わった後、俺たちは休憩スペースに移動していた。
他のアイドルのライブも見たいが、とんでもなく疲れている。
初めてのライブの熱気に当てられたのかもしれない。
「はは、なんか手が震えてるし」
椅子に座る俺はテーブルに手を置き、苦笑を零す。
未だに興奮が冷めない。
漠然とした感覚で人気アイドルは凄いと思っていたが、改めて凄さを実感した。
本当に今更だけど……あの水樹凛香と付き合ってるんだよなぁ、俺。
何だか信じられない気分だ。
「おん? めっちゃ可愛い幼女が、こっちに走ってくるぞ?」
橘がプールの方角を見て言った。
俺も釣られて顔を向ける。
……めっちゃ可愛い幼女がトテトテと走ってきていた。
ちっちゃなツインテールに、スカート付きスク水……。
なにやら「和斗お兄ちゃん!」と嬉しそうに叫んでいる。
……いや、乃々愛ちゃんじゃないか!
どうしてここに?
「えへへ、和斗お兄ちゃんも来ていたんだねっ」
俺の元にやって来た乃々愛ちゃんが満面の笑みで抱きついてきたので慌てて受け止める。
「うぉい綾小路! 何だその可愛らしさSS級の幼女は!? 場合によってはお前をプールの底に沈めるぞ!」
「この子は凛香の妹なんだけど…………。乃々愛ちゃん、お父さんとお母さんは?」
「居ないよ? でもね、香澄お姉ちゃんと一緒なの!」
そう言って乃々愛ちゃんはプールの方角に指をさす。
ちょうど香澄さんが俺たちの元へ到着したところだった。
「はぁ、しんど……。乃々愛、危ないから走ったらダメだってば」
「……ごめんなさい。つい……」
やや息を荒くした香澄さんに、乃々愛ちゃんはションボリとしながら頭を下げた。
そんな二人を見た橘が俺の肩を揺らしてくる。
「ちょ、ちょちょ、綾小路! このボン・キュッ・ボンのどえらく可愛いお姉さんは……まさか……?」
「あぁ、うん……。凛香のお姉さんだよ」
橘が香澄さんを見て激しく動揺していた。
一方の斎藤はと言うと、乃々愛ちゃんの前で跪き、「天使様……!」と拝んでいた。
俺の友達にまともな奴は居ないのだろうか?
とりあえず状況を進めるため、俺は香澄さんに話しかけることにする。
「香澄さんたちも凛香の応援に来たんですか?」
「ん? そうだよー。なんせ妹が水着姿で歌って踊るんだからね~……肉眼でバッチシ捉えないと……っ!」
「まるでエロオヤジみたいなセリフっすね」
「こらこら、こんな綺麗なお姉さんに対して失礼だよ、私の可愛い弟くん?」
パチっとウィンクして冗談っぽく注意してくる香澄さん。
……あえて弟呼びであることはツッコまないでおこう。
ツッコんだら負けな気がする。
「ねね、和斗お兄ちゃん。一緒にあそぼっ」
乃々愛ちゃんが俺の右手を握ってグイグイ引っ張ってくる。
一緒に遊ぶのは構わないが、こっちには男友達二人居るしなぁ。
どうしたものかと思い、香澄さんに視線を向ける。
「あー、いいんじゃない? どうせだし皆で遊びますかっ!」
「い、いいんですかエロいお姉さん!? 俺、橘って言います!」
「へー、よろしく太っちょくん」
「ふ、太っちょ――――っ」
エロいお姉さんと言われて少しだけ気を悪くしたらしい。
香澄さんは橘を見ろして可愛らしくも的確な表現を放り込んだ。
さらに乃々愛ちゃんが橘の胸に向かって指をさし――――。
「あ! 綾音お姉ちゃんより、おっぱいが大きい!」
…………無邪気って、怖いなぁ。