第三話
「ほらほら〜。冷たいだろ〜」
「やったな橘くん〜。仕返しだ〜」
……。
清々しく晴れ渡った青空。
肌を焼きつける陽光はプールの冷たさをより一層心地よくさせる。
予定通り都内のプールに遊びに来た俺たちは……。
幼児でも入れる浅いプールで遊んでいた。
そう、キャッキャと水を掛け合ってな。
周辺にいる幼児は物珍しい顔で俺たちを見てくるものの、同伴している保護者は得体の知れない物を見るような顔をしていた。
自分でも頭がイカれているとしか思えない。
「ほらどうした綾小路〜。俺様の水をくらえや〜」
「僕からもプレゼントしよ〜」
「ちょっ、やめ、ぶふぁっ、っ! ぶっ…………やめろ!」
2人がかりで顔面に水をかけられ、さすがにキレる。
つーか、なんでこんな場所で遊んでんだよ。
せめて流れるプールとかに行きたい。
ここは割と大きい施設なので、屋外プールや屋内プールに分かれているし、なんならアドベンチャーエリアすら用意されている。
もっと俺たちに相応しい遊び場所があるだろ……。
「なあ他のプールに行こうぜ。俺、恥ずかしいんだけど」
「何言ってんだ綾小路! 俺たちは遊びにきたんだぞ! なら童心に帰ろうや!」
「童心に帰り過ぎなんだよ! ほら周りを見てみろ! 小学生以下の子供の方が多いぞ!」
「バブバブー!」
「贅肉引きちぎるぞ橘…………!」
「でも綾小路くんの言うことも一理あるね。僕たちが来たときは誰も居なかったけど、今は小さな子供たちが集まってきている。僕たちは別の場所に行こうか」
斎藤が賛成したことにより、多数決で別のプールに行くことが決定された。
俺たちは浅いプールから出て、ブラブラと歩き回る。
遠くに見えるのは巨大な流れるプール。
その向こうにはグルグルと渦を巻くウォータースライダーが見えた。
「ライブ開始まで時間があるね」
斎藤が近くの時計台を確認する。
今の時刻は13:45。
アイドルのライブが始まるのは14:30だ。
ここより少し離れた場所に屋外のステージが用意されているらしい。
アイドルのライブが開催されるとあって、普段よりもプールに来ている人が多いかもしれない。
とくにスター☆まいんずの名前が大きいだろう。
プールの入場チケットを買うのもギリギリだった。
「いんやー、眼福だな! 可愛い女の子たちが水着姿で動き回ってやがる! スク水とは違う魅力を感じるぞ!」
「僕としては狙った水着よりもスク水の方が断然好みだね! と思ったけどビキニも良いね!」
「メガネを付けてないけど、見えてるのか?」
「まあね。視力回復トレーニングに励んできた成果が発揮されているよ!」
そう言いながら眉間にシワを寄せて目を凝らす。
あかん、完全に不審者や……。
「よっしゃお前ら! 今度は流れるプールに行くぞ! 人妻のポロリが見れるかもしれないしな!」
「ラジャー!」
「……もっと純粋な気持ちで遊ぼうぜ」
あまりにも不純過ぎる。
橘と斎藤はプール内で楽しげに振る舞う女性たちを見て鼻息を荒くしていた。
……ちょっと距離を置こう。
その後、野郎三人で楽しく遊んで時間を潰した。
内容は誰得なので割愛する。
◇
ライブの開始時間が近づいている。
俺たちはステージが設けられた広いプールに足を運んでいた。
何人収容できるのか見当もつかないほどの広さだ。
すでに多くの人がプールに浸かり、ステージ付近でライブが始まるのを待っている。
中には浮き輪でノンビリと寛いでいる人もいた。
「……男ばかりかと思っていたけど、結構女の人もいるんだな」
「そうだね。アイドルグループにもよるけど、意外と女性ファンが多いこともあるよ。とくにスタまいは女性からの人気が高いからね」
「そうなのか」
アイドルのファンは男のイメージが強かった。
そしてスター☆まいんずの略称がスタまいであることも初めて知った。
……俺、本当にアイドルについて何も知らないな。
今回を機に、他のアイドルグループにも興味を持ってみるか。
「よし行くか! ステージまで突き進むぞぉおおおお! ………………ゴボゴボゴボ」
勇猛果敢にもプールに突っ込んだ橘が、プールの中央辺りでゴボゴボと水の中に沈んでいった。
橘は横に広くて、縦に短いからなぁ。
ジェットコースターの身長制限も超えられないし。
おまけにかなづち。
「橘くん! 今、僕が助けに行くよ! ………………ゴボゴボゴボ」
勇猛果敢にも橘を助けに行った斎藤が、無情にもゴボゴボと沈んでいった。
斎藤はなぁ……途方も無い運動音痴だからなぁ。
なぜか足がつく場所でも溺れるという摩訶不思議な能力を持っている。
水泳の授業でも先生に見学を推奨されるレベルだった。
「仕方ない、助けに行くか……」
俺はプールに入り、橘と斎藤の救出に向かう。
水中でもがいている二人の腕を引っ張り上げた。
「お前ら、大丈夫か?」
「綾小路ぃいいいい!」
「綾小路くんんんん!」
鼻水を垂らした男二人が、我先にと俺の体に抱きついてきた……! きたねっ。
「離れろよお前ら!」
「また溺れるじゃねえか! こうなるから俺様は幼児用プールで遊んでいたんだぞ!」
「そうだよ綾小路くん! 君は僕らを助ける責任がある!」
「…………最低だ」
言っとくけど、まだこの辺は足がつくからな?
俺は男二人にしがみつかれながらもプールから上がる。
「どうするんだよお前ら。浮き輪がないとステージの近くにすら行けないぞ」
「……買うしかねえな」
「だね。僕たちに浮き輪が必要な確率は百%だよ!」
……俺は、いらないけどな。
売店に向かった俺たちは浮き輪を購入し(俺は買ってない)、再びプールに戻ってくる。
俺たちが離れている間に観客は増えており、ステージ近くどころかプールの中央付近にまで人がギッシリ詰まっていた。
「すまねえ綾小路! 俺たちが不甲斐ないばかりに……! お前にはもっと近くで水樹を見て欲しかったのによぉ……!」
「そう思うなら最初から浮き輪を用意しとけよ」
「ごめんよ綾小路くん! 僕は最初からこうなる気がしていたんだ!」
「一発殴っていい? それも全力で」
下らない冗談を言いながら、俺たちはプールの中央付近にまで突き進む。
この辺が限界だな。
人が多くてこれ以上先に進めない。
「綾小路くん、ライブの順番を知っているのかい?」
「そういえば知らないな。教えてくれるか?」
「もちろん。『スター☆まいんず』は三番目だよ。一番目が『子犬二等兵』で、二番目が『ウチらに金を貢げ!』だったかな」
「へぇ……ちょっと待て。二番目のアイドルグループおかしくない? 欲望を赤裸々にしたキャバ嬢みたいなことを言っているんだけど」
「え、ウチらに金を貢げ、かい? 彼女たちはテレビにこそ出てないけど、熱狂的なファンがそこそこ多いよ。ネットの掲示板では、いつも大賑わいさ!」
「そ、そうなのか」
俺はアイドルの世界に詳しくない。
ただ名前の印象からして、ネタ系アイドルグループなのは感じ取れた。
◇
「みんなー、またねー!」
ステージ上で歌っていた二人組のアイドルが去っていく。
子犬二等兵だ。
もちろんのごとく俺は彼女たちを知らないが、夏と青春を題材にした明るい歌が凄く心に響いてきた。
周囲に居る人達も程よく盛り上がっている様子。
一番目の役割を全うしたと言えるだろう。
次のライブが終わったら、いよいよスター☆まいんずの出番だが…………。
「ウチらに金を貢げ、か……」
どんなアイドルなんだろう。
勝手な想像だが、ちょい可愛い女の子たちが売れなさすぎてヤケクソでネタに走ったような、そんな感じだろうか。
やがて観客の大きな声に迎えられ、ステージ上にとんでもない美少女三人が現れた。
三人とも金色の派手なビキニを着て、惜しみなく健康的な肢体を晒している。
とくにセンターの子が目立っていた。
外国人だろうか?
腰まで伸ばした金髪のツインテールに、天使のような可愛らしい顔立ち……。
とてもネタグループの一員には思えなかった。
半ば期待に似た気持ちで彼女たちを眺めていると、メタルバンドのような曲が流れ始めた。
そして、金髪ツインテが、口を開く――――。
「ウチらは金の亡者ぁああ! 親のスネをかじる日々ぃ! ついに友達は0人! 金返せと怒られるぅう! でも財布は空っぽでぇ! いつも金に飢えているんだぁ!」
…………。
なんだこのクソみたいな歌は?
アイドルが歌っていいものじゃないだろ。
「MITSUGE! MITSUGE! ウチらに金をMITSUGE!
MITSUGE! MITSUGE ! ウチらに金をMITSUGE!」
あまりにもヤバすぎる歌を前に、俺は絶句を強いられていた。
金髪ツインテの子は、髪の毛をブンブン振り回して、狂いに狂って激しく歌っている。
左右にいる美少女も同じだ。
可愛らしい顔を台無しにしてイカれてやがる。
俺は引き笑いしながら、隣の友達に話しかけた。
「は、はは、なんだこれ。意味不明過ぎるだろ。なあ斎藤、橘――――」
「「MI・TSU・GE! MI・TSU・GE!」」
…………えぇ、ウソやろ?
熱気に溢れる彼らは、腕を突き上げて貢げコールをしていた……!
いや、斎藤と橘だけじゃない。
このプールに居る全ての者が、「MI・TSU・GE! MI・TSU・GE!」と叫んでいた……‼
もしかしたら戸惑っている俺の方が異端であり、間違えているのでは?
そんな錯覚にすら陥る。
「……」
荒れ狂う熱がプールを包み込み、異様な貢げコールが『ウチらに金を貢げ!』に送られる。
俺は金髪ビキニの美少女三人を眺め、ただ呆然とするしかなかった。
「MITSUGE! MITSUGE! ウチらに金をMITSUGE!」