第五話
「私、凛ちゃんが男の子と食事しているところなんて初めて見たよ~」
「事実初めてよ。私は男の人が少し苦手だから」
ちゃっかり水樹さんの隣に座る胡桃坂さん。
さすがに人気アイドル二人が一箇所に集まっているので周囲から注目されていた。
ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
目立つのが嫌な俺は身体を小さくし、極限にまで気配を殺すことに集中していた。
「綾小路くんは苦手じゃないの?」
「苦手じゃないわ……むしろ逆ね。彼とリアルで話すのはこれが初めてだけど、ネットでは長い付き合いになるもの」
「へぇ……あっ、もしかしてこの人がカズくん!?」
「そうよ」
「そうなんだ! わぁー、生のカズくんとお話ができるなんて感激かも!」
瞳をキラキラとさせた胡桃坂さんが、まるで芸能人を前にしたような喜びっぷりを表現してくる。……アイドルに喜ばれるネトゲ廃人ってなんだよ。
そう思いつつ俺は口を開く。
「俺のことを知っているんだな」
「うん。凛ちゃんから色々話を聞いてるよ。凄く魅力的な男の子なんだよね?」
「いや俺に聞かれましても……」
それで頷いたら、すげぇ痛い奴じゃん。
「奈々。あまり和斗くんを困らせないでちょうだい」
「えー? もっとカズくんから話を聞きたいなぁ。ネットでの凛ちゃんが、どんな感じなのか凄く気になるっ!」
「そんなにリアルと変わらないわ」
いや全然違うだろっ! なんなら性格が真反対だよ!
という心のつっこみは、当然彼女たちに届かない。
ネット上のリンは、どちらかというと水樹さんよりも胡桃坂さんに似ていると思う。
「いいなー。ネットゲームで結婚するくらい仲良しになれる男の子が居てさ」
「奈々も男子たちと喋るでしょ?」
「喋るけど本当に喋るだけだよ。友達になれるくらい仲の良い男の子は居ないかなぁ~」
残念そうに言った胡桃坂さんがテーブルに突っ伏すした。
本人がその気になれば友達どころか逆ハーレムすら簡単に築けそうなもんだがな。
「私もカズくんみたいな友達が欲しいなぁ」
「難しいわね。リアルと同様、ネットでも変な人は沢山いるから」
そう言い放った水樹さんは食事を再開する。
それを横で見ていた胡桃坂さんが俺に話しかけてきた。
「今、言うことか分からないけど……本当にありがとね、カズくん」
「なにが?」
「ずっと凛ちゃんを支えてくれたことだよ。今でこそ凛ちゃんは元気だけど、一時期は凄く心配になるくらい自分を追い詰めていたから……」
そうだったのか。
いや昔を思い返せば、いくつか思い当たる節がある。
言い方は悪いが、ネトゲをしていながら情緒不安定だった時期がリンにはあった。
「奈々。本人の前でそういう話をするのはやめて。……恥ずかしいから」
頬の上辺りを染めた水樹さんがボソッと呟いた。……可愛いなぁ。
どうして女の子の赤面テレ顔は、これほど魅力があるんだろう。
「ねえねえ。今度私もゲームに参加していい? あ、迷惑だったらいいけど……」
「構わないわ。というより以前から誘っていたでしょう?」
「そ、それは……。ネットゲームって怖いイメージがあったから手が出せなくて……」
「大丈夫よ。確かにマナーを守らない不埒な輩はいるけど、皆が皆そうじゃないの。それに何かあっても私と和斗くんで守ってあげるから」
「ありがとう凛ちゃん! えと、最初は何をしたらいい?」
「そうね。まずはパソコンから公式サイトを開いてゲームを――――」
淡々と説明する水樹さんに、フムフムと頷く胡桃坂さん。
まさかとは思うが、この三人でネトゲをするのか?
アイドル二人と俺一匹で?
どうしよう、想像しただけで泣きそうなくらい緊張してきた。
「ねえ凛ちゃん。口で言われても分かんないから、今度私の家に来て直接教えて」
「あれだけ喋った私の苦労は何だったのかしら……。まあいいわ、そっちのほうが早いわね」
「あはは、ごめんね凛ちゃん。でも今から楽しみだなぁ。あのカズくんを交えて三人で遊べるなんて」
あのカズくんって、どのカズくんだ。
実際、どのような評価が二人の間でされているのか気になる。
しかし尋ねる度胸はない。二人の会話に入ることすらできていなかった。
「凛ちゃんとカズくんはネット上で凄く仲良しなんだよね?」
「ええ。仲良しという表現では不十分なくらい仲が良いわ」
「いいなぁ。それだったら現実でも仲良しになれるよね」
「ええ」
満足気に頷く水樹さん。
そして嬉しそうに頬を緩めて言葉を続けた。
「――――これからは、リアルでも一緒に居られるわね」
……。
…………?
今のは、どういう意味だ?
首を傾げる思いの中、ふと胡桃坂さんと目が合った。
彼女もまた頭の上にクエスチョンマークを浮かべていそうな様子だった。
そんな俺たちに気が付かない水樹さんは黙々と食事を進める。
一瞬にして沈黙が場を支配し、食堂内の喧騒が戻ってきた。
「あ、あー……私行くね。教室で友達が待っているから」
どこか気まずそうにして胡桃坂さんが立ち上がった。
「そう。放課後また会いましょう」
「うん。今日のレッスンも頑張ろうねっ」
そう笑顔で締めくくった胡桃坂さんは食堂の出入り口に歩いていく。
途中で一度だけ振り返り、俺たちに軽く微笑みかけてから去って行った。
この時の俺は、その微笑みが何を意味するのか……。
見当もつかなかった。