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第十六話

 俺は清川と二人で話をするため、休憩時間に呼び出した。待ち合わせ場所は旧校舎の教室。俺の女関係に敏感な凛香のためにも、清川には振る舞いを改めてもらう必要がある。

 

 旧校舎に向かうべく廊下を歩いていると、前方に清川の背中が見えた。先に移動していたらしい。途中、清川は二人組の女子生徒とすれ違う。その時に「あ! 清川さん! こんにちは! いつも応援しています!」と声をかけられ、「ふふ、ごきげんよう」と柔らかい微笑みを返していた。ごきげんようって……。女子高かよ。


「リムジンの登校すごかったです! 今度はいつリムジンで登校するんですか!?」

「皆さんを驚かせるわけにはいきませんからね。これからは普通に歩いてきますよ」

「お嬢様なのに徒歩で……! これからもアイドル活動頑張ってください!」

「ふふ、応援ありがとうございます」


 あの子たちは清川のファンらしい。目を輝かせて清川にエールを送っていた。

 旧校舎を目指して歩いていく清川の背中を、嬉しそうに見つめる二人組の女子生徒。こうして見ると、やはり人気アイドルの凄さを実感させられる。…………と、俺も行かないとな。来た道を引き返し、別の道から旧校舎に向かうことにした。


 ☆


「あ、あの……和斗先輩……。私、何か粗相をしましたか?」


 先ほどの態度から一転させ、小動物のようにビクビクと怯える清川がそこにいた。優雅な雰囲気は消し飛び、今にも捕食されそうなか弱い存在感を放っている。旧校舎という人気のない場所だからこそ、余計に追い詰められている感じがした。


「もうほんと、何度も言ってるけど俺は何もするつもりないから」

「そう言って私を安心させ、ここぞというタイミングで卑劣な要求をしてくるのでしょう? 私、分かっています」

「全く分かってないな。頼むから普通にしてくれ」


 俺は懇願するように頭を下げる。清川の息を呑む気配が伝わってきた。


「…………本気で和斗先輩は…………いえ、まだ安心できません。そうやって先輩たちを騙してきたはずですから……」

「疑い深いな……」


 顔を上げて清川をうかがうと、ぶすっとした表情を浮かべていた。 


「当然です。これまで何度も最低な男に出会ってきましたから……。そのせいで凛香先輩は男性を警戒するようになったのです。私たちは自分で自分の身を守る必要がありますからね」

「…………」


 実感のある重い言葉に、何も言い返せなくなる。清川が変な方向性に想像を膨らませるのも仕方ないのだろうか。ならば俺がするべきことは一つ。


「分かった。清川から信頼されるように頑張るよ」

「……私から、ですか?」

「うん。凛香の彼氏として頑張るから、俺を見極めてほしい」

「…………変なことを、言うのですね」

「別に変なことじゃないさ。凛香の大切な後輩からも認められてほしい……そう思うのは自然なことだと思う」


 あと意味不明な誤解をやめてほしいだけだ。普通に俺を見ていれば、洗脳をするような人間ではないことくらい分かってもらえるはず。ていうか洗脳する方法なんて知らない。


「そんなのおかしいじゃないですか。もし和斗先輩が善良な方であるなら、凛香先輩は自身の考えで夫婦と言っていることになりますよ」

「……そうなんだよ、自身の考えなんだよ…………!」

「お、おかしいです……おかしいですわ! 凛香先輩がそんな……! 信じられません!」


 顔に衝撃を広げ、清川はフラフラと後ずさりをする。 


「俺と凛香はネトゲで結婚しているんだ。それである日、リアルでも知り合いになって……凛香はリアルでも夫婦だと言ってきたんだよ」

「変人じゃないですかそれは!」

「ああそうさ! 変人だよ! 凛香は変わった女の子だよ! ついでに胡桃坂さんや清川もな! スター☆まいんずは変人の集まりか!?」

「やめてください! 先輩たちはともかく、私への暴言は許しませんよ!」

「逆じゃね!? ちょっとは先輩を庇えよ!」


「先輩たちは変人ですよ! 奈々先輩は明るくて素敵ですが、勢いが過ぎてイノシシのように突っ込んでしまうことがしばしばあります! その度に私がフォローしているのですよ!? 凛香先輩も周囲には体調管理をするように厳しく言うくせに、ちょっと目を離せばオーバーワーク気味になって体調を崩す……私がいなければ凛香先輩は何度倒れていることか……!」

「………………なんか、大変そうだな」

「分かってくれますか!? この私が、先輩たちを影から支えているのです!」


 ふと気づけば、マシンガンのように吐き出される清川の愚痴を聞かされていた。……なんだろうな、これ。今までに何があったのかを息継ぎなしで一気に喋る清川。その内容は早口すぎて聞き取れないが、相当溜まっていたのだろう。


「ふぅ、ふぅ……少し取り乱しました」

「少しどころか……いや、うん。清川も頑張っているんだな」

「…………和斗先輩、ひょっとして良い人……? いえ、これが洗脳の一段階目かもしれません! 信頼するには早すぎますね」

「洗脳についてはもういいや、後々誤解は解けるだろうし。それよりも清川の俺に対する行動だ。もっと普通にしてくれ」

「ですが、私は弱みを握られている立場……和斗先輩に尽くし、わが身を守らなければいけません」

「尽くされる方が困る。普通にしてくれ」

「…………そこまで言うのであれば。そもそも私は和斗先輩に逆らえません、言われた通りに動くしかありませんね」


 根本的な誤解は解けていないが、今後の振る舞いに関しては解決できたようだ。…………俺、いつもスター☆まいんずの誰かに振り回されているよな。

 もうじき休み時間が終わるということで、俺たちは自分の教室に戻ることにした。

 教室に戻った俺は、ちょっとした異常を目にする。凛香が教室にいなかった。普段は自席で本を読んでいるのにな。珍しいことがあるものだ。


 ☆


 教室から出ていく和斗くんを見て、嫌な予感がした私はコッソリ後をつけてみた。

 たどり着いた場所は旧校舎の教室。そこに綾音が待っていた。教室の外からでは、二人の話は聞こえない。……いえ、そんなことはどうでもいいわね。和斗くんと綾音が二人で会っているという事実が私の胸をきつく絞めつける。


「浮気……? でも、和斗くんは妻である私を愛しているわ」


 そう分かっているけれど、どうしようもない不安が胸の中に満ちていく。焦燥感とも言い換えられるかしら。居ても立っても居られなくなる。

 この気持ちを解消する手段を私は知らなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] リアルでも歴史ある金持ちの家とかだったら使うべきとき以外は使わないもんねお金。 お金の使い所をわきまえてると言うかそんな感じ。
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