第十五話
翌朝。スマホでスター☆まいんずの動画を観ていた俺は、凛香ではなく清川に注目していた。イメージカラーと思われる純白の衣装を身に包む清川は、滑らかな体の動かし方で曲に合わせたダンスを披露している。全身からキラキラとした雰囲気を放ち、俺のような庶民とは違った風格を感じさせた。無理のない上品な笑みも清川綾音というアイドルのイメージを深くさせているのだろう。
「……でもこの人、かつらをかぶっているんだよな……」
しかもお嬢様はウソらしい。全国民を大胆さと演技力は確かに天才級だろう。おまけにスター☆まいんずのメンバーにも内緒という徹底ぶり。プロ根性はすさまじいが、ストレスが溜まりそうな気がした。
「ストレスが溜まった結果、あんな勘違いをしたのかな……」
清川は俺を恐ろしい人物として見ている。洗脳や脅迫を駆使して女の子たちを我が物にする外道…………そんなふうに思われている。何がきっかけでそう思い込むようになったのかは不明だ。おそらく色々積もった結果だろう。
「…………学校、行きたくねぇ」
ずっと家でネトゲをしていたい。本気でそう思うのは久々だった。
☆
「この四人で過ごせる日が来るなんてね! なんだか嬉しいなー」
お昼休み。旧校舎の教室に、スター☆まいんずの三人と俺が集結していた。
折角だからと、凛香が清川と胡桃坂さんを誘ったのだ。ネトゲ廃人の俺は緊張感で体を小さくさせる。何よりも昨日の一件のことがあり、清川と顔を合わせづらい。
「あー! いいなぁ。カズくん、凛ちゃんの手作り弁当だ!」
「ま、まあね……はは」
「ひゅーひゅー。お熱いですなぁ」
「ちょっと奈々。あまり茶化さないで……私も恥ずかしくなるわ」
「リアルでも熱々の夫婦だねぇ。うふふ」
いつものように元気マックスの胡桃坂さんは、わざとらしくいたずらっぽい笑みを浮かべた。どんな時でも楽しそうな女の子だな……。胡桃坂さんがいるだけで雰囲気が明るくなる。
「私の夫は健康に無頓着なの。放っておけば、ゆで卵一個でお昼を過ごそうとするのよ」
「えー! ゆで卵一個で我慢できるの……?」
「まあ、慣れるよ」
「慣れたらダメだと思うなー。男の子はもっと食べなきゃ!」
「食べ過ぎもよくないわ。その人の体格や運動量に適した食事をするべきだもの。だから和斗くんは私が用意した料理だけを食べてね」
「さすが凛ちゃん! カズくんの健康に気を遣っているんだね!」
「もちろんよ。妻として、夫の健康管理にも気を配る必要があるわ。和斗くんには少しでも長生きしてほしいし、その分私と過ごせる時間を作ってほしいもの。なぜなら私たちは夫婦、魂での結びつきをした者同士だから」
さりげなく凄まじい重さを見せつける凛香。胡桃坂さんは微笑ましそうにニコニコしているが、清川は「ヘ、ヘー。さすが凛香さんですネ……!」とぎこちなく笑っていた。
「ほんと、和斗くんは私がいないとダメなんだから」
不満そうな言葉ではあるが、凛香は赤面した頬に手を当ててウットリしていた。
「もし和斗先輩に不満がおありなら、数日間だけでも離れてみるのは……いかかでしょう?」
「嫌よ。和斗くんへの不満も含めて、私は和斗くんのことが好きなの。本当なら私の家に和斗くんを住まわせたいくらいよ」
「そ、そうですよネー。さすが凛香先輩です…………」
苦笑いした清川は露骨に口の端を引きつらせる。きっと『強力な洗脳ですね。厄介です』とでも考えているのだろう。
「あ――――っ」
清川に気を取られ、お箸を落としてしまう。カランと寂しい音を立て床に転がるお箸。椅子から立ち上がり拾い上げるが、一度洗ってきた方がいいだろう。そう思い歩き出そうとした直後、清川に呼び止められた。
「和斗先輩。割り箸をどうぞ」
「ありがとう。でもこれくらいなら洗えば――――」
「いえいえ、せっかくですから」
「それじゃあ……ありがたく」
清川から差し出された割り箸を受け取る。てっきり嫌われていると思っていたので、親切にされるのは想定外だった。それから割り箸を使い食事を進める。ふと飲み物を用意していないなかったことを思い出すが――――。
「どうぞ和斗先輩。お茶です」
「ども…………?」
清川の水筒から注がれたのだろう、たっぷりとお茶が入った紙コップを手渡された。まるでエスパーのような気づかいだ。気が利き過ぎる。
「綾音ちゃん、よく皆のこと見てるもんね。カズくんも不思議そうにしてるよ」
「ふふ……私は皆さんが何不自由なく過ごせることを一番に考えています。そのせいか、その人が今何を求めているのか、ある程度分かるようになりました」
「いつも思うけれど、すごいわ綾音。私も最初は驚かされたわ」
「いえいえ、これくらいのこと…………あ、和斗先輩。ハンカチどうぞ。口にミニグラタンが付着していますよ」
「いや、清川のハンカチを汚すわけには…………」
「お気になさらず」
半ば強引に白いハンカチを渡され、受け取る。申し訳なく思いながら、そのハンカチで口の端を拭いた。
「洗って返すよ」
「お気遣いありがとうございます。しかし、私が自分で洗いますよ」
「でも――――」
「私は、私の立場をわきまえています」
「っ」
ようやく俺は気づいた。上品らしく振る舞いながらも、怯えで表情を強張らせる清川に。間違いない。清川は俺の機嫌を損ねないように気をつけているだけだ。おべっかを使う小心者とも言えるかもしれない。
「さ、ハンカチを」
ここで意固地になって返さないのも変な話だ。俺は気まずく思いながらハンカチを返す。そんな俺たちのやり取りを見ていた凛香が、「和斗くんの口に触れたハンカチを綾音が……!」と本当に小さな声で呟いた。多分聞こえたのは隣にいる俺だけだろう。向かいに座る清川と胡桃坂さんには聞こえていない。
「綾音ちゃん、随分とカズくんに気を遣うね」
「ええ、なんせ凛香先輩の旦那様ですから」
「あはは。私は気にせずカズくんって呼んじゃってるや」
「奈々先輩らしくて良いかと」
胡桃坂さんと清川は自然に会話を繰り広げる。一方で凛香は机の隅に置かれた清川のハンカチをジーっと見つめていた。そして何やら小声で「……まさか綾音も」と呟く。……変な勘繰りをされそうだな。
あとで清川に注意した方がいいかもしれない。変な行動はしないでほしい、と。




