第十二話
凛香に呼ばれ、今日も旧校舎に向かう。
なんでも俺に会わせたい人がいるらしい。名前は清川綾音。凛香と同じスター☆まいんずのメンバーで、俺の後輩でもあるそうだ。……冷静に考えて、とんでもないことだろ。俺が通う高校には、人気アイドルが三人もいるのだから。
今回のことに備え、俺なりに清川綾音がどのような人物か、ネットで調べてきた。
一言で言えば、お嬢様系アイドル。
実際に家も金持ちで、一度リムジンで登校したこともあるらしい(騒ぎになって一度きりにしたとのこと)。
容姿は日本人離れの美しさを誇っており、編み込みの入った綺麗な金髪を背中に流している。たぶん外国人の血が入っているのだろう。凛香とは別の意味で周囲から浮いた存在…………と思いきや、クラスにうまく溶け込んでいるそうだ。
スター☆まいんずの中では落ち着いた振る舞いが多く、勢いが先行しがちな胡桃坂さんと、オーバーワーク気味な凛香を後輩ながらもたしなめることがあるらしい。世渡り上手な一面も備えているのだろう。
つねに笑顔を絶やさず、周囲に気を配る…………まさに理想的な女の子。
凛香や胡桃坂さんとは違った魅力を持つアイドル、それが清川綾音だった。
「ふぅ…………ちょっと緊張してくるぞ」
息を吐き出し、心臓を落ち着ける努力をする。
教室の前に来ていた俺は、ドアを開けて中に踏み込んだ。
「和斗くん、来てくれてありがと」
教卓の近くに佇んでいた凛香が軽い笑みを向けてくれた。隣には清川綾音もいる。
後ろ手でドアを閉め、彼女たちに歩み寄った。
「……清川さん、でいいのかな?」
「いえいえ、私は後輩ですので……。気軽に清川とお呼びください」
微笑とともに言う清川。ふわっと花の香りが漂ってきた。……雰囲気がとても良い女の子だ。優しい笑みが浮かぶその可愛らしい顔には、微塵も緊張感や警戒心がない。
自然な雰囲気で、こちらに心を許しているのが伝わってきた。
「和斗先輩と親しみを込めてお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
清川が握手を求めるように右手を差し出したので、綺麗な指だなーと思いながら左手で優しく握りしめる。一瞬、ピクッと力を込められたような気がした。程なくして手を離す。
「どうかしら綾音」
「とても優しそうな人ですわね。素晴らしい旦那さんかと」
「でしょう? 私の大切な夫よ」
「凛香、夫婦のことを清川に言ったのか?」
「ええ。すでに私たちの関係を知っていたから、いっそ夫婦のことも教えていいと判断したのよ」
「そ、そうか……。清川? 何も……思わないのか?」
常識的に考えてぶっ飛んでいる。仮に受け入れることができたとしても、理解することは難しいに違いない。
そう思っていたのだが、清川は花が咲くような上品な笑みを浮かべた。
「とても素晴らしいことですわ。若いうちから将来を見据え、愛する人を一途に想い続ける……私は凛香先輩の話をお聞きし、感激のあまり涙が出そうになりました」
「もう、綾音……そこまで言われると照れるじゃないの」
「何をおっしゃいますか凛香先輩。尊敬する先輩が好きな人と結ばれる……それは、とてもとても嬉しいことですわ」
「…………ありがとう、綾音」
温かい雰囲気に包まれる彼女たちは、お互いに微笑みを交わし合う。一目で良好な関係であることが分かった。なんだか俺が邪魔者に思えてくる。
「では和斗先輩。連絡先を交換しませんか?」
「え、いいのか?」
驚きながら尋ねると、清川はおかしそうに「ふふっ」と上品に小さく吹き出した。
「いいも悪いも、私からお願いしているのです。これからのことを考えると、私たちはいつでも連絡を取れるようにしておくのが得策かと」
「というと?」
「お二人は、いばらの道を進むことになるでしょう。誰にもバレないように逢瀬を重ねる……それは想像以上に大変な道のりになります。なので、協力者は一人でも多い方がよろしいかと」
「確かにな……ありがとう清川。そう言ってもらえるだけでも嬉しい」
まるで準備していたかのようなセリフをすらすらと紡いだ清川に、俺は心の底から感謝して頭を下げる。胡桃坂さんもそうだったが、スター☆まいんずの女の子たちは本当に優しくて協力的だ。
そうして俺と清川は連絡先を交換する。
……俺のスマホには、人気アイドル三人の連絡先が登録されたわけだ。間違いなく世界で一番貴重なスマホだろう。
「では、私は先に教室に戻りますね。お二人の時間を邪魔するわけにはいきませんから」
茶目っ気のある笑顔を浮かべ、清川は教室から去っていった。
「思ったよりも俺たちに協力的だったな……」
「そうね。綾音の性格を考えると、少しは注意されるかと思ったのだけれど……全然そんなことなかったわ」
ホッと安心したように言う凛香。俺は清川の性格を知らないので何とも言えないな。
ただ、先ほどのやり取りとネット上での評判を合わせて考えると、しっかりとした女性という印象だった。裏表ない発言。凛香の夫婦理論にも寛容的な態度を見せるが、現実的な思考は失っていない……。
とても年下とは思えない雰囲気だった。
頼れる存在が味方になってくれたと――――そう思っていた。
放課後、清川からメッセージが届いた。
『和斗先輩を一目見た時からドキドキが収まりません……。放課後、二人きりになれませんか?』