第四話
食堂に着いた俺たちはA定食を注文する。
隅の方のテーブルが空いていたので、水樹さんと向かい合って腰を下ろした。
周囲から注目を集めると思っていたが、あまりそうでもない。
人が多く騒がしい食堂内では目立ちにくいのか。
たまに視線を感じることもあるが、騒ぎに繋がるほどでもなかった。
少し敏感になりすぎていたかもな。
「それにしてもカズが和斗くんだったなんてね。驚きだわ」
「俺も驚いてるよ」
多分、水樹さんの百倍以上は驚いている。
それと当たり前のように名前で呼ばれていることに若干困惑していた。
ネトゲでの親密さを考えたら妥当かもしれない。
俺も凛香さんって呼んでみようかな。
………………。
絶対に無理だ。
そんな勇気が俺にあるなら、女友達を百人は作れている。
「和斗だからカズなのね。名前の付け方が安直すぎないかしら」
「水樹さんも人のこと言えないと思うんだけど。凛香だからリンなんでしょ?」
「そうね。……私たちって、やっぱり気が合うのかしら。同じような名前の付け方をするなんてね」
「か、かもね」
やべ、何かドキッとした。
水樹さんに気が合うとか言われて猛烈に嬉しかった。
俺は箸で焼き魚をつっつき、身をほぐして口に運ぶ。
………………どうしよう、味が分からない。
緊張しすぎて舌が馬鹿になっていた。
「カズとこうして食事をできるなんて夢のようだわ」
「そ、そう? 何かごめんな、俺みたいな奴がフレンドで」
「そんなに自分を卑下する必要はないわ。私はカズの正体が綾小路和斗くんで安心したから」
「安心?」
「ええ。予想以上に素敵な男子で良かった」
「……」
もう死んでいいですか?
絶対にお世辞だろうけど涙が出そうなくらい感動した。
この人生に一片の悔いはなし!
と思ったけど、まだネトゲをしていたい。
欲張りな俺だった。
「結婚相手がクラスメイトって、どれくらいの確率なのかしら」
「隕石の雨が振るくらいの確率じゃないかな。ま、結婚と言ってもネット上でだけどね」
俺がそう言うと、水樹さんは静かに箸を置いた。
「和斗くん。ネット上だからと言って現実に劣るということはないわ」
「え?」
「これは私の考えだけども……外見や身分が分からないネットだからこそ、その人の心、性質が浮き彫りになると思うの」
「あ、あぁ、なるほど……?」
「はっきり言ってしまうけれど、私が今まで出会ったプレイヤーの中で、カズが一番誠実で純粋だったわ」
「……そ、そうっすか」
俺が誠実かはともかく、純粋な気持ちでネトゲを楽しんでいたのは間違いない。
リンとの交流でも不純な気持ちは一切なかった。
「アイドル業が全然上手くいかなくて辛かった時期は、何度もカズに励まされたわ」
「あー……そういえば、そんなこともあったなぁ」
とある時期になるとリンは辛そうにしていた。
それはテキストチャットだけの交流でも分かるほどに。
何かリアルで嫌なことがあったのかと、事情は尋ねないようにして、それとなくフォローしていたのだが……。
「もし和斗くんとネットで出会えていなかったら、高校生になる前にアイドルは引退していたわね」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないわ。実際、私たちスターまいんずの人気が上がりだしたのは高一の始まり頃よ。それまでは本当に大変だったんだから」
まあ売れだしてからも大変だけど、と水樹さんは言葉を補足した。
公式サイトの情報によると、スター☆まいんずはメンバーたちが中学二年生の頃に作られたらしい。
しかし結成して数カ月間は人気が低迷しており、一時期解散まで考えられていたとか。
その状況から今のような大人気アイドルグループにまで成長したんだもんな~。
ネトゲ廃人とか呼ばれる自分には想像もつかないような血と汗の努力がなされたのだろう。
この俺が少しでも水樹さんの支えになっていたのだとしたら、それは非常に喜ばしいことだ。
「現実では下心を抱く人間が大勢寄ってくるし、ネットでも私の正体が女だと知れば態度を変える男プレイヤーが殆どだったわ」
「それは苦労しそうだなぁ」
一度も人からモテたことがない俺ではあるが、苦々しそうにして話す水樹さんを見て少しだけ共感する。
「そんな中でカズだけだったのよ。何があっても私に対する態度を一貫してくれていたのが……」
大切な思い出を慈しむように、水樹さんが懐かしげに微笑む。
そんな彼女を見ていると、ふとリンに出会った頃の記憶が蘇ってきた。
『リンと言います。初心者ですがよろしくおねがいします』
『分かりました。まあゲームなので固くならずに楽しくやりましょう』
一週間後。
『カズさん。よければ今日も一緒にダンジョンに潜りませんか?』
『いいですよ』
『他にも色々と教えてくださると嬉しいです』
『分かった。じゃあダンジョンのあとは採掘に行こっか』
『ありがとうございます』
更に一ヶ月後。
『カズ。今日は何をする? 何でもいいよ~』
『う~ん。じゃあ今日は採掘しようか』
『うん!』
そして半年経過……。
『釣り行くよ!』
『え、今日は採掘したい』
『釣り行くよ!』
『あの』
『釣り行くよ!』
『ゴリ押しかよっ!』
……………………。
むしろ変わったのはリンの方じゃねえかっ!
どんどん図太くなってるよ!
「和斗くん。私の話を聞いてる?」
「え、ああ、もちろん」
訝しげに尋ねられて大きく頷いてみせる。
ただ聞いていなかったのはバレていたらしく、水樹さんは不満げに唇を尖らせた。
「はぁ……まあいいわ。つまり私はネットとはいえ、誰とでも結婚するわけじゃないの。いえ、ネットだからこそ余計な情報に囚われない人の心が重要になってくると思うの」
「は、はぁ……」
「それとも和斗くんの考えは違うのかしら」
「いや、俺も同じだよ。ネトゲでも結婚は重要なイベントだよな」
一応、話を合わせたが、ぶっちゃけゲーム内結婚に対する考え方は人それぞれだと思う。
結婚で授かる恩恵狙いなのも悪くないし、水樹さんのように特別な思いで結婚するのも素晴らしいと思う。
「良かった。和斗くんも私と同じ思いなのね」
「あ、うん」
ホッと安心したように胸を撫で下ろす水樹さん。
……なんだろう、このざわついた感じは。
何かが決定的に彼女とズレている気がする。
俺はネトゲで結婚するほど水樹さんと『仲が良い』と解釈している。
しかし水樹さんの場合、それとは方向性が違うような気が……?
「あ、凛ちゃんだ! 食堂に来るなんて珍しいねっ」
元気さが凝縮されているような可愛らしい女子の声が聞こえてきた。
声の主である一人の女子生徒が水樹さんの元にやって来る。
「あら奈々。今日も元気ね」
「まあね! いっぱいご飯食べたから!」
少し長めのショートヘアをした彼女は奈々という名前らしい。
その小動物のように整った可愛らしい顔には、人懐っこそうな明るい表情が浮かんでいた。
――――いや、ちょっと待て!
まさかこの女子は……!
「あれ? こっちの男の子は凛ちゃんの知り合い?」
「ええ。綾小路和斗くんよ」
「そっか、私は胡桃坂奈々といいます! 凛ちゃんと同じくスターまいんずの一人です! よろしくねっ」
そう屈託のない笑みで握手を求めてきた彼女は――――胡桃坂奈々。
スター☆まいんずのセンターで、水樹凛香の親友でもある人気アイドルだった。