第十一話
次に私は凛香先輩がどのような状態に置かれているのかを詳しく調べることにした。帰宅した私は凛香先輩に電話をかける。すぐに繋がり、通話が始まった。
「どうしたの綾音。あなたから電話をかけてくれるのは久しぶりね」
「はい……。最近の凛香先輩はどこか様子が変でしたから」
「私の様子が変……? 心当たりがないわね。どう変だったかしら」
「自覚がないようですね。最近の凛香先輩は浮かれていますよ」
「浮かれている――――ごめんなさい。確かにそうかもしれない。教えてくれてありがと、気をつけるわね」
後輩からこんな言われ方をしても、凛香先輩は苛立つどころか感謝をしてみせる。なんて器の大きい人だろう。だからこそ、和斗とかいう男から救ってあげたい。
「凛香先輩、何か悩みはありませんか?」
「悩み、ね……特に何も」
「本当ですか? なんでも構いません。私は凛香先輩の力になりたいのです」
「そうね…………気持ちは嬉しいけれど、本当にないわ。むしろ満たされているの」
その声にウソはなさそうだった。もしや……すでに洗脳された?
和斗とかいう男から弱みを握られた後、洗脳されたのかもしれない。
そう考えれば納得できる話。電話で凛香先輩の状態を調べておいて正解だった。
ここから計画を実行に移そう。
少しでも早く凛香先輩と奈々先輩を助けてあげたい。
「そういえばこの間、凛香先輩が男の人といるところを見ました」
「え――――」
「旧校舎で二人きりになっていましたよね? それも仲良さそうに……」
「…………ッ」
息を呑む気配がスマホから伝わってくる。秘密を知られてしまった、そんなふうに考えて焦っているのかもしれない。大丈夫ですよ凛香先輩、もうすぐ私が助けてあげますからね。
「あの男子とは、どのような関係ですか?」
「それはその…………」
「別に責めているわけではありません。質問を変えましょう……あの男子は、凛香先輩を幸せにしてくれる方でしょうか?」
「もちろんよ! 和斗くんがいてくれるからこそ、今の私がいるの……」
なるほどなるほど、洗脳はそこまで進んでいる、と。
今は凛香先輩の懐に入り込むことを優先する。そのために今は和斗とかいう男を肯定的に捉え、絶対に否定はしない。
「素敵な彼氏ができたのですね。とても喜ばしいです。自分のことのように嬉しいですわ」
「いいえ、彼氏じゃないわ」
「…………へ?」
そんな! 凛香先輩も肉体だけの関係にされて――――。
「和斗くんは私の夫よ。私たちは夫婦なの」
「――――」
……………………。
………………………………?
「ええと、ん? 凛香先輩? もう一度おっしゃってもらえますか?」
「私たちは夫婦……私は和斗くんのお嫁さんよ」
「あ、あーはい……はいはい、なるほどなるほど…………。夫婦、でしたか」
「ええ、夫婦」
やけに自信を持って言う凛香先輩のせいで、頭痛がした。
いやこれは凛香先輩が悪いのではない。
和斗とかいう男のせいだ――――。
まさか洗脳で、夫婦と思い込ませるなんて…………。
これはあまりにも卑劣……外道のやり方。
ますます怒りが込み上げてくる。
「私以外に……その男子との関係を知っているメンバーはいますか?」
「奈々は知っているわ」
「そう、ですか……」
やはりそうですよね。私が得た情報から考えれば、予想はできた。
「ごめんなさい綾音」
「……何に対する謝罪でしょうか」
「和斗くんについて黙っていたことに対してよ」
「あー……しかしそれは仕方ないことでは」
おそらく脅迫や洗脳といった非道な手段で、私たちに助けを求めることができないようにされていた。凛香先輩は何も悪くない。
「いずれタイミングを見て打ち明けるつもりではいたの」
そのタイミングとはつまり、和斗とかいう男が本格的にスター☆まいんずを乗っ取りにくる……そのような意味でのタイミングだろうか。おそろしや……。
「最近、みんな忙しくなりつつあるでしょう?」
「そうですね。しかし凛香先輩の方がより顕著では?」
「かもしれないわね。とても充実しているわ」
満足そうに言う凛香先輩だが、すでにその心は支配されている。何としても私がお救いします。
「和斗さんに会ってみたいです」
「和斗くんに? ……そうね、みんなに打ち明けるわ」
「いえ、いきなり皆に紹介されては収拾がつかなくなります。驚きが先行し、話がまとまらなくなるかもしれません」
「…………確かに、ありえるわね」
「まずは一人ずつ、順番に打ち明けていきましょう。そうすることで着実に理解者が増え、話を綺麗にまとめることができます」
「……何だか会議の根回しみたいね」
凛香先輩が少し嫌そうに言う。そのような手段を好まない人なのは理解しているけれど、今回は仕方ない。なにせ和斗とかいう男は得体の知れない存在…………どのような手段を用いて私たちに襲い掛かるか、分かったものではない。
慎重にことを進める必要がある。まずは私一人で会う必要があった。
「では次に私がお会いするということで、よろしくお願いいたします」
「ええ。明日のお昼休みはどうかしら? 場所は旧校舎」
「いいですわね。あの教室ですか?」
「……教室まで知られてしまったのね……。ええ、そこよ」
しまった。口を滑らせたかもしれない。旧校舎に入っていく二人を見た、その程度の認識にとどめておくべきだった。このミスが後々に響く可能性がある。
こうして私たちは通話を終えた。
些細なミスはあったけれど、ほぼ理想的な展開に運べた。
「明日は……直接対決になりますわね」
緊張感で胸の高鳴りが激しくなる。改めて計画を振り返ってみた。
まず私は何も知らないふりをして和斗とかいう男と会う。
まちがいなくあの男は『次の獲物が来たぜ、ククク』と喜ぶことだろう。
そして私を自分の物にするために、何かしらの手段を用いて私の弱みを握ろうとするか、洗脳しようとしてくる。その瞬間を、スマホで撮るのだ!
すると、どうなるのか。
私が、あの男の弱みを握ることになる――――。
つまり私の計画とは、和斗とかいう男を支配下に置くことにあった。
凛香先輩たちを手中に収めたことは断じて許せない。吐き気がするほど苛立つ。
しかし、その実力は評価できる。
今後もスター☆まいんずの邪魔をしてくる輩が現れてもおかしくない。
そこで私は和斗とかいう男を操り、スター☆まいんずに仇をなす存在を排除していく。
利用できるものは何でも利用してやれ。
大切な人のためならば、いくらでも手を汚してやれ。
それが、皆を影から支える清川綾音の仕事…………。
「ククク……スター☆まいんずに清川綾音あり……。必ずや、凛香先輩と奈々先輩、そして乃々愛ちゃんを助けてみせますよ」