第四話
午前の授業も終わり、チャイムとともに昼休みを迎える。
朝から水泳の授業を受けたせいで、いつもより腹が猛烈に減っていた。
それは俺だけではなく他の者たちも同じだろう。
食堂組のクラスメイトたちが慌ただしく教室から出て行く。
その中に、水色の可愛らしい手提げ袋を手に待つ凛香の存在も確認できた。
……よし、俺も行こう。
待ち合わせ場所は旧校舎の教室。そこで凛香が待っている。
「ういーす綾小路。飯食おぜ、飯。腹減っちまった」
「やあ綾小路くん。この僕、斎藤が来たよ。お昼を共にしようじゃないか」
能天気にも橘と斎藤が、俺の席に集って来た。
まあ、これもいつものことなんだがな……。
あいにく今日は先約がある。
彼らには申し訳ないが断るしかないだろう。
「すまん。今日は別に約束があるんだ」
「はあ? 何言ってんだよ綾小路。お前、俺ら以外で一緒に飯食う奴は居ないだろ!」
「事実なんだけど腹立つな……。つーか、以前にもこの会話しなかったっけ?」
俺が半目で橘を見下ろしていると、斎藤が周囲に配慮するような声音でコソッと言う。
「ダメだよ橘くん。今の綾小路くんには、とびっきりの彼女が居るんだから」
「んー、あー、そうだったな。羨ましすぎて、そのことを脳内からデリートしていたぜ」
斎藤の言葉に、橘はポンっと手を打つ。
俺の友人である彼らは、俺と凛香の関係を知る数少ない存在だ。
橘と斎藤は普段から舐めた言動をしているが、いざという時には信頼できるし、全力で俺たちを助けてくれる存在だといいなぁ(願望)。
……いや、そこそこ信頼できる存在なのは間違いない。
俺と凛香の関係を誰にも言わないでくれているしな。
「くそぅ! 羨ましすぎるぜチクショウ! おっぱいとか自由に触りまくってんだろ⁉︎ あの美声で名前を呼ばせたりしてさ!」
「欲望に忠実過ぎない? 煩悩に溢れすぎだろ、お前」
「バカ言え! 例え俺が去勢していたとしても、あのエロい体を見りゃあ性欲がモリモリ高まるぞ!」
激しく興奮する橘。俺は無言でデコピンをしてやった。
「いてっ! 何すんだよ!」
「俺の可愛い彼女で興奮したバツだ」
数年ぶりに振るったプチ暴力である。
平和主義者であり非暴力を掲げる俺だが、自分の彼女で変な妄想をされてはムカつく。
「ふざけんな! それなら全国の男どもにもデコピンしてこいよ!」
それは無理だ。
だが橘の言うことも納得できる部分はある。
客観的に見ても凛香の容姿レベルは日本のトップクラスに入るのは間違いない。
凛香を見て妄想するなと言われる方が酷な話か……。
「なあ綾小路ぃ。俺にも幸せをお裾分けしてくれよぉ」
「具体的にはどうすればいいんだ?」
「女を紹介してくれ! それも俺だけを愛してくれる優しい女の子!」
「……一応、紹介してやれないこともないぞ」
「うお! まじか⁉︎」
「ああ。秋田犬とかプードルなんでどうだ? 忠誠心が強いらしいぞ」
「バカにしてんのかお前! 俺様に人間の女は諦めろと言うのか⁉︎」
ブチ切れた橘が、胸ぐら掴む勢いで距離を詰めて来た。
ヤバイ、ちょっとふざけ過ぎたか。
「ふっ……やめなよ橘くん。もっと心に余裕を持とうじゃないか」
「……なんだ斎藤。やけに余裕っぷりをアピールしてんじゃねえか。……あ、まさかお前にも彼女ができたんじゃねーだろうな⁉︎」
「ふふ、そのまさかだよ」
「な、なにぃいいい!」
余裕たっぷりにメガネをクイッとする斎藤に、俺と橘は驚きを盛大に漏らす。
ついに斎藤にも彼女ができたのか。
「僕の彼女を特別に見せてあげよう」
斎藤がズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を俺たちに見せつける。
そこには、口をあんぐりと開けてしまうほどの特殊な美少女が写っていた。キラキラと輝く金髪。大きな胸。パッチリとした大きな目。そして縦線で描かれた簡素な鼻……。
「おぃいいい! 二次元じゃねーか!」
「そうだよ二次元だよ! 二次元の嫁さ!」
絶叫する橘に対し、斎藤は高らかに告げた。
「斎藤! その子は画面の中から出てこないんだぞ!」
「それがどうしたと言うんだい! 無限なる愛の前には三次元だの二次元だの関係ないのさ!」
「なっ――――!」
「いいかい、橘くん綾小路くん。三次元の女の子は歳を重ねるごとに老いていく。でもね、二次元なら永遠の若さが保たれているんだよ!」
「そ、そうだったのか! 二次元、最高じゃねーか!」
斎藤の熱のこもった演説を聞き、橘は感動したように体を震わせた。
そして俺は話についていけず、呆然としている。
マジな話になるけど、愛があるなら、見た目が老いるとか関係ないだろ。
おじさんおばさんになっても一緒に居たいと思える…………それを愛と言うのでは?
いやよく分からんけどさ。
「じゃあ俺、行くわ」
「いってらっしゃい綾小路くん」
「おう行ってこいや綾小路! お前が三次元の女と乳繰り合っている間、俺たちは次のステージに上がるとするぜっ!」
……。
本人たちが幸せそうなら、俺からは何も言うまい。
早いところ凛香の下に行こう。