第一話
平日の夜。時刻は20:58。
俺は自堕落にも自室のベッドに寝転がりながらスマホの画面を眺めていた。
画面に流れている映像はスター☆まいんずのミュージックビデオ。
メンバーである彼女たち五人は、水色と白色が目立つ爽やかなドレスを着て特設ステージの上で楽しそうに踊っている。
「やっぱり凛香は歌が上手だなぁ」
あと綺麗で可愛いも追加だ。
俺が注目しているのは水樹凛香の一人。
クール系アイドルとして世間から人気を得ている彼女は歌姫と評されるほど歌唱力が高い。
見た目からもクールっぽい感じを漂わせている。
顔立ちが整っているのもそうだが、なによりも切れ長の目が魅力的だろう。
目は口ほどにものを言う、とはよく言われるが本当にそうだと思う。
凛香の目からは力強い信念と清廉さを感じさせ、真剣にアイドル活動に取り組んでいるのが伝わってくる。
まあ妥協を許さない性格でもあるので、学校では少しばかり周囲に馴染めずにいるのも事実だが…………。
「今さらだけど、俺の学校にスター☆まいんずの三人が居るとか凄いよな~」
しかも水樹凛香とは同じクラス。
それがネトゲ廃人である俺の唯一の自慢だろうか。
とは言っても、普通のクラスメイトだったのは過去のこと。
今は違う。
ピロン♪ 軽快な音を鳴らしてスマホに通知が届く。ゲーム用のチャットアプリからだ。送信者は"リン"と表示されている。
俺と数年間の付き合いがあるネトゲ仲間であり、ネトゲ内結婚をするほどの間柄だ。
リンを一言で説明するなら……明るくて無邪気な女の子、だろうか。
とにかく発言やリアクションが素直で可愛いらしいのだ。
ついこの間も、ゲーム内に存在するデートスポットの一つ、噴水広場を見て、『わー! 見て! すごい綺麗だね〜!』と演技ではなく素で感動したり……。
他にもレアアイテムを手に入れると、『やった! すごいの手に入れちゃった!』と無邪気に喜んだりする。
しかしながら、そのような一面を誰にでも見せるわけじゃない。
というか俺にだけ、である。
俺以外のプレイヤーに話しかけられても『ふーん』といった塩対応が基本。
なのでリンのフレンドリストには、俺の名前しか記載されていなかったりする。
過去に人間関係で色々あったらしいリンは、排他的なスタイルを取っているのかもしれない。
『約束の時間過ぎてるよっ! 何してるの?』
あ、やべ。もう21時過ぎてたか。
少し画面内の凛香に夢中になりすぎたようだ。
『ごめん、すぐログインする』
俺はすぐに返信する。
ベッドから起き上がりパソコンを起動させて椅子に腰掛けた。
「さて……今日もやりますか」
いつものように黒い平原を立ち上げる。
しばらくのロードの後、パソコン画面には壮大な平原を背景にしたメニューが映し出された。
俺が中学二年の頃から続けている神ゲー。
今は高二なので、実に四年もの間ゲームをしていることになる。
つまりリンとの付き合いも四年くらいか。
我ながらよくネトゲに飽きないものだ。
ま、飽きるはずがないか。
リンが居る限り、黒い平原を引退することはないだろう。
ログインが完了すると、ゲームの画面内に小さな漁村の一角が表示された。
画面の中心にいるのは、俺が操作しているキャラクターの”カズ”だ。
職業はウォリアーで、盾と剣を駆使する鎧男である。
ちなみにリンのアバターは快活そうな金髪エルフ。胸元がセクシーな民族衣装を着ており、背中に弓を背負っている。所謂アーチャーだ。
『また遅刻〜? カズを待つ時間は嫌いじゃないけど、それでも寂しいよ。・゜(゜⊃ω⊂゜)゜・。』
リンからの個人チャットが送られてきた。
文章の雰囲気からして、それほど怒ってはないらしい。
とは言っても遅刻したのは申し訳ない。
『ごめんなさい。次から気をつけます』
『どうして遅刻したの? 言いたくないなら構わないけど……』
『ミュージックビデオを観ていたんだ。スター☆まいんずの』
『へー。スター☆まいんずのは五人居るよね? とくに誰を見ていたのかなぁ?』
『水樹凛香。俺は凛香の大ファンだからな!』
そう自信を持って答えて見せる。
するとリンからのチャットが途絶えてしまった。
何か不都合があったのだろうか?
頭の中に嫌な予感が浮かんだ時、リンから衝撃的な一言が送られてくる。
『私、水樹凛香』
……。
本来なら、ウソだー、と笑って返すところだろう。
しかし……。
『うん、知ってる。リンの正体は水樹凛香だ』
色々あって俺たちは、互いの正体を知ってしまった。
リンの正体を知った時は本当に驚いたものだ。
まさかネトゲ内で結婚したプレイヤーが、同じクラスの人気アイドルなんて普通は思わないだろう。
それも俺が唯一憧れを抱く、クール系アイドル水樹凛香だったのだ。驚きは天井知らずになる。
そう……俺、綾小路和斗と水樹凛香は、ネトゲで結婚するほど仲が良い。
に留まることはなかった……!
『明日ね。カズのためにお弁当を作ってあげる。入れて欲しいおかずを教えて〜』
『なんでもいいよ』
『もう! そういうのが一番困るんだよ! このお嫁さん泣かせ!』
……これだ、これ。
“リン”がカズのお嫁さんとして振る舞うのならギリギリ理解できる。
だが、”水樹凛香”が俺のお嫁さんとして振る舞うのは間違えているだろう。
少なくとも一般的な感性を持つ方なら、この異常性に気がつくはず。
しかし凛香は違う。
凛香にとってネトゲの世界とは、リアルよりも純粋な心のやり取りができる世界であり、つまりネトゲ内における結婚は、リアルよりも尊いものだと考えているのだ。
まあ簡単に言っちゃうと、水樹凛香はリアルでも俺の嫁として振る舞っている。
これに関しては、もう本当に驚かされた。
リンの正体を知っただけでも腰を抜かしたのに、そこへさらに自称お嫁さん発言をされたのだ。
当初の俺が混乱の極みにいたこと、全人類に理解してもらえると信じている。
まあ、それから色々あって、正式にお付き合いすることになったんだけども。
人気アイドルと晴れて恋人になりました。
そう、恋人に……な。
凛香の方は相変わらずお嫁さんのつもりらしい。
『私はカズのお嫁さんだよ? 遠慮せずに好きなおかずを言って欲しいなぁ』
『……じゃあミニハンバーグで』
『ごめん! 材料がないや!』
『ないんかい! じゃあウインナー』
『あっ、ちょうど昨日で無くなっちゃった』
『冷蔵庫は空っぽなんですか? リクエストしても通じないんですが……っ!』
『ごめんねカズ。私、お嫁さんとして未熟だね。:゜(。ノω\。)゜・。』
『…………』
というやり取りが、俺たちの日常である。
リアルでもお嫁さんとして振る舞うクール系アイドルに、俺は日常生活においても振り回されていた。
『あ、そうだ。明日のお昼休み、旧校舎の教室で待ち合わせでね!』
『わかった』
人気アイドルの凛香は、表立って男と過ごすことはできない。
だからリアルにおいて、俺たちは秘密の関係であり、決して誰にもバレないように過ごさなくてはいけなかった。まさにドキドキハラハラする生活。
まあ……状況がどうであれ、明日のお昼が楽しみなのは変わらなかった。




