第二十五話
映画館に来た俺たちは後方の角の席を選び、腰掛ける。上映前なので館内は明るく、人の声がチラホラと聞こえてきた。
緊張の余韻なのか、俺たちは隣の存在を意識して口を閉ざしていた。気まずい緊張ではなく、どきどきという意味で。
何か話を振ろうか。そう考えていると、凛香が先に口を開いた。
「その……結婚の後になってしまったけれど、今日は初めてのデート記念日になるわね」
「あ、あぁ……はい、そうですね……!」
「なんだか納得してない感じね」
不満げにする凛香の視線から顔を背けて逃げる。どんな状況でも夫婦であることを強調する凛香にたじたじだ。俺は恋人になろうと必死になっているというのにな。
そして俺たちは完全に沈黙し、上映を待つ。やがて館内は暗くなりスクリーンに映像が流れ始めた。ジャンルは恋愛映画だ。俺たちは無言で観続けるのだった。
☆
観終わった後、他のお客さんに紛れて俺たちは映画館から出ていく。
ちょっとした照れくささを感じつつ。二人で通りを歩いたときだ。
「あっ……!」
凛香が悲鳴のような声を小さくあげた。そして怯えたようにコソッと俺の背中に隠れる。一体どうしたのか。その疑問はすぐに判明する。道の脇にたたずむ三人組の男たちが、俺たちをジッと見つめてコソコソと話し合っていた。直感だが、凛香を意識していると察する。
「こっちに行こう」
俺は凛香の手をつかみ、人気を避けるようにして歩き出す。やがて路地裏にたどりつき、そこで一息ついた。薄暗い場所ではあるが、ここなら誰にも見られないですむ。
「さっきの……バレたかな」
「いいえ、彼らの雰囲気からして確認には至ってないと思う。少し似ているかも、くらいじゃないかしら」
そう言う凛香だが、不安そうな雰囲気は隠し切れない。緊張した面持ちを崩すことなく、しきりに腕をさすっていた。
「バレる気配がなかったから安心したけど……危なそうだな」
「そうね。気づいても遠慮してくれる人はいるけれど……」
アイドルが男とデート。その事実は多くのファンを傷つけ、ネット上で炎上する。
今後の凛香の活動を考えても、やはり…………。
悲しいが決断を下した俺は、慎重に声を紡ぐ。
「これ以上は危険だと思う。今日はこの辺にしよう」
「え――――」
ハッとした凛香は、信じられないとばかりに俺の顔を見つめる。しかし事情が事情だけに、反論することなく悔しそうに顔を歪めた。
「短い時間だったけれど、楽しかった。ありがとう凛香」
「やだ……」
「凛香……」
ギュッと袖を握られ、切実な声で訴えられる。
「せっかく和斗くんから誘ってくれたのに……」
「そうだけど……」
「初めてのデートなのに……」
そう言われてもどうしようもない。いっそ泣き出しそうな凛香を見ながら、どうしたものかと悩む。
うつむいていた凛香は何かを思いついたのか、勢いよく頭をあげた。
「そうよ! 誰にも見られない場所……この近くに私の家があるわ! お家デートよ!」
「家、か。それなら…………」
「今日は晩まで誰もいないの。私の家でデート……二人きり……どう、かしら?」
断れることを恐れているのか、不安そうに尋ねてきた。ジッと俺の目を見つめ凛香に、俺はゆっくりと頷く。断る理由なんてない。
「うん。凛香の家に行こう」
そう言ってあげると、凛香は安心したように微笑むのだった。




