第二十話
「折角なら泊まっていけば良かったのに~」
「さすがにそれは…………」
「あはは、冗談だよ、冗談」
運転席に座りハンドルを握る香澄さんが、茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。
とても冗談とは思えない。
助手席に座る俺は、窓から移りゆく夜の町並みをボーッと眺めた。
ほんの数分前のことを思い出す。
水樹家で賑やかな晩飯を終えた後、
学生が徘徊するには遅い時間帯となっていた。
俺の安全を配慮した水樹家の皆さんが、泊まっていくことを勧めてくるも、俺は丁重にお断りする。
明日は月曜日で普通に学校があるのだ。
……仮に休日だったとしても泊まっていく勇気はない。
家に帰りますと告げると、香澄さんに車で送ってもらえることになった。
ちなみに凛香は家に残って乃々愛ちゃんとお母さんの面倒を見ている。
優しい女の子だと思う。
「こうしてさ、妹の彼氏と二人きりで話をしてみたかったんだよね~」
「まだ彼氏じゃないですけどね」
「お? まだ、と言いましたねぇ」
「……そういう意味じゃないですよ」
信号にひっかかり、ゆっくりと車が止まる。
失礼かもしれないが、香澄さんは豪快に信号無視するタイプだと思っていた。
まあ普通に違反なのでしないだろうけども。
「ねえ和斗くん」
「なんですか?」
「凛香と一線を超える時は、ちゃんと避妊をしてね」
「ぶっ! な、何を言うんですか!?」
「さすがに妊娠騒動はマズイでしょ? ほら凛香は人気アイドルだしさ」
「そ、そうですけど……!」
なぜ香澄さんは平然とそんなことが言えるんだ!
大学生になると性に対する感覚が変化するのだろうか……?
俺が慣れてないだけ?
若しくは香澄さんの人間性。
「あ、私はまだ未経験だから」
「き、聞いてないんですけど……っ」
「ほんとに? なんか考えてそうな顔をしてたよ?」
「……もうこの話題やめませんか? 俺、どんな顔をしてたらいいか分からないです」
「あはは、純情だねぇ」
「……すんません」
なぜか謝ってしまう俺。
信号が青に変わり、再び車が走り出す。
上手くいえないが、夜の街中におけるドライブは神秘的な感じがする。
走行音だけが響き伝わる車内には静かな雰囲気が漂っていた。
「和斗くんさ、他に好きな人がいるの?」
「居ないですけど……どうしてですか?」
「いやさ、あれだけ凛香に迫られているのに理性を保ってるじゃん? ということは本気で好きな人がいるのかなぁっと」
「……好きな人は居ないですよ」
「ふぅん。じゃあ凄いモテてるとか? モテすぎるせいで凛香程度では満足しないパターン」
「俺、全然モテないです」
「それは和斗くんが気づいていないだけじゃないの? もし私が和斗くんと同じクラスだったら、絶対に放っておかないけどなぁ」
「香澄さんにそう言ってもらえると嬉しいですね。冗談だったとしても」
「あはは、冗談じゃないよ。ほんとは凛香が少し羨ましいって思ってるし」
「……」
凛香が少し羨ましい。
その言葉には色んな意味が含まれている気がした。
……なんて返事をしたらいいんだろう。
コミュニケーション能力に自信がない俺には分からない。
「今日は色々言っちゃったけど、もし本気で凛香のことが嫌なら正直に言ってね。私が何とかするからさ」
「……凛香のことは嫌じゃないです。自分の中で踏ん切りがついていないだけなんで」
「そっか…………まあ考えるよねぇ。むしろ後先考えず、女に手を出す男の子じゃなくて良かったよ」
安心感の伴った微笑みを香澄さんが浮かべた。
ふざけた振る舞いをしているけど、根っこの部分は真面目なんだろうな。
この短い付き合いで香澄さんの人となりを少しだけ理解できたと思う。
落ち着いた雰囲気の中、香澄さんと話し続けること数分。
車は駅近くの広場に到着した。
「送る場所はここで良かったの? 家まで送ってあげるけど」
「いえ。ここから十分ほど歩いた先に俺の家があるので大丈夫です」
「そう? 遠慮しなくていいのに」
「ちょっと歩きたい気分なんですよ。ありがとうございます」
俺は車から降りて香澄さんに頭を下げる。
車の窓を開けて香澄さんが話しかけてきた。
「しつこいようだけど、凛香と和斗くんは相性が良いみたいだからさ、何だかんだで上手くやっていけるよ」
「ありがとうございます。俺も凛香に相応しい男になれるよう努力します」
「あはは。和斗くんはそのままでも大丈夫。もっと自分に自信を持ってね」
「は、はい」
優しく微笑んだ香澄さんが励ましてくれる。
これが年上の魅力というやつか。
少しドキッとさせられた。
「じゃあね和斗くん。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
こちらに軽く手を振ってから、香澄さんは車を発進させて去って行った。




