未来アタラシズム
「……では、話の続きをしますが……よろしいですね」
「ええで〜」
「いいよ〜」
凪紗と涼葉、そしていのるはそれぞれメロンソーダにウーロン茶、そしてオレンジジュースを三人同時に口に含み、綾葉の言葉を待つ。
「それでは……おふたりとも、空いている日はいつですか?」
そう切り出し、綾葉は凪紗と涼葉の顔を窺い見る。
「えっ……」
「おおええな。いい目つきやないかい」
ふたりの見る綾葉の眼はすこし怒りの感情で染まっている。
その眼をみた涼葉は上唇を舐め、凪紗は息と唾を飲んだ。
「それね……いのるちゃん聞いてた」
「来週って決めつけやけどな」
「なるほど。そうですね。私だって、……さっきと同じ言葉になりますが、あんなこと言われて黙っているほど聖人君子ではありません。正直、怒っています。いのると同様に今すぐにでも再戦を行いたいです。
「じゃあ!」
「ですが!」
いのるの言葉をまたも遮り、綾葉は言葉を繋げる。
「ですが、今やっても結果は同じです。ですから空いている日はいつかと聞いているんです」
「一応、聞いておくけど、なんでや」
「その間に死ぬほど鍛錬を重ねるためです。プリンセスとあなたに勝つ為の」
「ウチなら今すぐでもいいけどな」
「聞いていました、いつですか? と聞いているんですが?」
「なら……いまや」
「……堂々巡りですね……プリンセスはどうですか?」
「わたしは……」
言葉を降られた凪紗は俯き、メロンソーダの入ったコップを無造作に強く握る。
氷を含んだコップは冷たくなっていた。水滴の垂れる冷えたコップをさらにぎゅっとにぎる。指の先から水滴が漏れる。体温で暖められて、コップの中の氷が少し溶けだし氷が水へと変化を始める中、凪紗が発した言葉は『わたしは……イヤだな』の言葉。
「イヤだ……ですか」
「なんで、なんで!?」
反発と疑心の中凪紗は、俯く。
長く赤い髪が顔を覆い表情はふたりからは見て取れない。
「……凪紗」
唯一、隣に座っていた涼葉が髪の隙間からかろうじて凪紗の表情が見て取れた。
「怖いし……すごく痛いし……死んじゃうくらい痛いし……みんなはどうしてアンブレイドバトルをするの……?」
「そうですね……」
涼葉が凪紗の問いかけにひとつ答えるために口を開く。
「このアンブレイドは何も決まらず、意見も通らず話が水平線の状況を打破するためですが……」
言葉をとめ、逡巡の後−−
「自分が変われたからですかね」
「変われた……」
「ええそうです」
「でも……マナ中毒って依存症になったりするんだよ?」
「それも含めて……私は日常とは違うアンブレイドを感じる事で自分を変えることができた……昔の私と決別できました。アンブレイドに出会ってよかったとさえ思えます」
「昔って……聞いてもいい」
「……今はイヤですね」
「そう……ごめんね」
「お気になさらず。それに……アンブレイドをしていなかったら、いのるとも出会えませんでしたから」
「出会い……」
凪紗は顔をあげ視線を涼葉へと向ける。凪紗の視線に気づいた涼葉は『なんやねん? ウチの顔に何かついている?』と文句を垂れる。
「涼葉さん」
「な、なんや?」
「ありがとう」
「はへぇ? な、なんでこの場面でお礼やねん!?」
涼葉さんは少し恥ずかしそうに、照れを隠した。
「何でも、アンブレイドは痛いだけじゃないって事」
涼葉に満身の笑顔を向けて凪紗は答える。
「アンブレイドも悪いことばかりではありません。ですから、雪見さん」
「うん、アンブレイドと向き合ってみる」
「結構です」
「あ、ちなみにぃ~~私がアンブレイドをやる理由は楽しいから! 痛いけどすごく楽しい!」
「お、気が合うなぁ! ウチもや!」
ふたりがっちりと握手を交わし、『一杯やるか』とふたりでドリンクバーに向かう。
「ありがとうですか」
「えっ……あ、うん。そう」
ふたりっきりになった綾葉に話しかけられた凪紗は涼葉の疑問らしい言葉に口を開く。
「涼葉さんと出会いは最悪だったけど出会わなかったら……わたしはきっと何できずにいた……」
「なにもできなかったとは?」
「わたしね、学校に行くときに乗る電車に好きな人がいるんだ……とても強くて、優しくて……カッコよくて……少し陰があるひと……」
頬を人差し指でなぞりながら、恥ずかしそうに凪紗は話を続ける。
「いつもならただ電車の中で好きな人の隣に立つだけで満足している毎日だった……」
「今は違うと?」
「そうだね……涼葉さんにアンブレイドバトルを申し込まれて……その人に一緒に戦ってくださいってお願いして……その人は快く引き受けてくれて……そんで今はそのひとと気軽に話すことができる仲になった。一緒にスノバにまでいける仲にもなったよ」
「……嬉しそうでなによりです」
「からかわないでくださいよ……まぁ、嬉しいですけど」
「からかってはいませんよ」
「佐倉さんは−−えっと……」
「なんですか?」
凪紗は言葉を飲み込み、逡巡言葉する事を迷うが、意を決して言葉を生成する。
「佐倉さんは……アンブレイドを続けるの? 自分が変われたからもういいって思わないの?」
「思いませんね」
佐倉からの答えは即答だった。
「ホントに?」
「ええ」
「さっきも言ったけど……すごく痛いし、中毒症状もでるかもだよ?」
「ええ」
「やめないの?」
「くどいですね。やめません」
「そっか……じゃあこれからも続けるんだね」
「ええ、いのると一緒に」
「……」
「雪見さん。雪見さんはそんなにアンブレイドがイヤなのですか?」
逆に佐倉から凪紗にこの問いをぶつける。
「うん……イヤだよ。痛いし怖いし」
「そうですか……ですけど、完全にやめることはできないと思いますよ」
「うん。わかってる」
凪紗は胸のぶら下がるペンダントを服の上から握った。
「色付き……の、所有者だからだよね?」
「そうです。雪見さんはた七人の内のひとりですから。これからも戦いたいってひとがくると思いますし……狙われると思います」
「イヤだな……」
「聞いてるかも知れませんが……」
「この前知ったよ。手放せないんでしょ」
年明け。初詣の時。
凪紗は刹那とその妹の真咲といっしょに初詣に行っていた。そしてその時に刹那から色付きのマテリアルプレートの事を聞いたのだった。
『その色付きのプレートは凪紗ちゃんを『選んだ』んだ。だから手放してもアンブレイドを介して戻ってくるよ』
「信じられないけどマテリアルプレートが意志を持って所有者を選ぶんでしょ」
そういえば……この前いった精密検査でも似たようなこと言われたな。
「そうです……あ、ちなみにそのプレートを見せてもらうことはできますか?」
「いいですよ」
首に垂れる紐を引っ張り上げ、一回り大きいペンダントケースを綾葉に見せる。
「……綺麗な白の半透明……聞いた話をそのまま素直に聞くとこれは……『水晶』
級のプレートですね」
「水晶級?」
ふたつ返事の疑問系で返す。
「ええ、そうです。色付きのプレートは『水晶』『結晶』とふたつの等級に分けられます……もっと正確に言えば三つですが」
「へぇ〜そうだったんだ」
「はい。雪見さんの持っているプレートは透明度から言って間違いなく水晶級です」
佐倉さんはまじまじとわたしの色付きプレートを見る。
「水晶かぁ〜なんか的を得ている気がする。すごく綺麗だもんね」
綾葉からペンダントを受け取り、首のかける。
「言っておきますけど」
綾葉はそう切り出し、コーヒーをひとくち含んだ。
「私は別に雪見さんの色付きプレートには興味ありません。それはいのるも同じです」
「……」
凪紗はなにも言わずに綾葉の言葉に耳を傾ける。
「今はただ、勝ちたいだけです。それに関してもいのるも同じです」
「ありがとう」
「お礼をいわれる筋合いはありません。まぁ、ひとこと言うなら−−」
「挫けないでください。ですかね」
「ありがとう」
凪紗は二度、感謝の言葉を告げた。
ドリンクバーに行っていた涼葉といのるが戻ってきてすぐにデザートを注文。
その一時間後に、食事会はお開きとなった。
「では、私たちはこれで」
JP妻沼駅。
券売機改札広場で向かい合う四人。
改札の外はすでに太陽は沈み、月と空は雲に覆われて姿が見えない。吐く息は白く染まる。
妻沼は凍えるほど寒い夜を迎えていた。
「プリンセス! 三ヶ月後に行くからね! 絶対にバトルしてね」
「ええっ……バトルしないなら大歓迎なのに……」
「ダメダメ! 三ヶ月後! 絶対! またね! いい『またね』って言ったからね」
そう宣言し、綾葉といのるは改札の奥へと消えていった。
「嵐のような『いのチビ』だったなぁ……」
「いのチビ?」
「あのちっこいのや。あいつは光るもんもっとるで。三ヶ月後が楽しみや」
涼葉は続けて『オラ、ワクワクすっぞ』とどこかで聞いたことあるフレーズを口にした。
「……」
ここで凪紗はこの場に留まる涼葉に対して疑問が生まれた。
「涼葉さん」
「なんや?」
「涼葉さんは、帰らないの?」
「……ここで凪紗さんにご相談や」
「……イヤな予感しかしないけど……なにかな?」
凪紗やこのあとすぐに、自分が感じたイヤな予感が的中した事になるのだった。
◆
「ダメダメ! それは絶対にダメ!」
「なんで、あの優しいイケメンさんなら『いいよ』って言ってくれるで?」
「ダメダメ! 刹那くんの家に泊まるなんて、絶対にダメだよ!」
凪紗は腕を交差させ×印を体現し、否定の感情をあらわにしている。
「あ、ネットカフェはどう? 安くて快適だし、シャワーだってあるよ! たぶん!」
「たぶんってなんやねん! でもなウチ帰りの運賃ギリギリやねんな。だからイケメンさんの所に泊めてもらうわ」
涼葉はスマホを手に取り慣れた手つきでアドレス帳から電話先を選びスマホを耳に当てる。
「ダメだよって、えっ、待って! 涼葉さんもしかして刹那くんの電話番号しってるの?」
「知ってるで」
「コネクトじゃなくて、直電!?」
「そうやで!」
「ちょっ! なんで知ってるの!?」
涼葉の両腕を掴んで前後に大きくゆらし始め、『どうして知ってるの?』と問いつめる
「必死か!? ええやろ別に!」
「ダメ詳しく! オーケーeoogle! 電話切って!」
「なんでやねん! ウチのスマホにはAIアシスタントなんて付いてないで!」
手に持ったスマホに凪紗は大きな声で話しかけたが、涼葉の言うとおりAIアシスタントなんてものは搭載されて折らず、呼び出し音は鳴り続ける。
「よし、とりあえず落ちちゅいて! お、落ちちゅいて電話を切ろう! 話はそれきゃらだよ!」
舌足らずな言葉で涼葉を制するが、涼葉はそのままスマホの発信音は鳴り続ける
「おまえが落ち着けや! イヤやでウチは泊めてもらうんや!」
そのままスマホを耳に当て続ける涼葉、そして凪紗は『刹那くんの家には泊まらないでぇ〜!』と涼葉に訴える。
「涼葉さん! わたしが必ず涼葉さんを泊めてみせるから! この命を賭けてでも絶対に泊めてみせる! だから電話を切ってぇ!」
「カッコいい必死やな! 賭けんでいいわ!」
観念したのか涼葉は耳からスマホを離した。
「なぁ、イケメンさんの所に泊まるのがなんでイヤやねん」
「だってぇ〜涼葉さんがその……刹那くんを誘惑なんてしたら……その、だ、男女の関係っていうの? そんな感じになったら……イ、イヤだし……」
「は? アホか!」
涼葉の一蹴したひとことで凪紗は『ううっ……でもぉ〜』とうめき声を漏らしてしまう。
「でもも、クソもあるかい! そないな事はウチはせんわ!」
「でもぉ〜その、涼葉さん顔が綺麗だし……刹那くんだってその……お、男の子だし……その、心配だよ!」
「ありがとう。でもな凪紗はアレか? イケメンさんをくん付けで呼んでんけどアレなんか? イケメンさんの彼女なんか?」
「あ〜そのぉ……別に彼女ってワケじゃあ……」
左右の人差し指をツンツンと突き合わせモゴモゴと恥ずかしそうに凪紗は言葉を漏らす。
「なら、別にええやんか。彼女でもないのにそないな心配せんでも?」
「でも……その……」
顔を思いっきり紅くして凪紗は俯いてしまった。
「……あ〜そいうことか。なるほどなぁ」
その顔の紅さと表情で涼葉は一瞬で凪紗の想い気づく。
「えっと……なにがなるほどなのかなぁ?」
「悲しいなぁ。一方通行は。ウチは凪紗の味方やで」
「な、なんのことかなぁ〜」
「まぁええわ。そんなに心配なら凪紗も一緒に泊まるか? イケメンさんの家」
「え……ええっええっえええぇええぇえええぇえええぇえぇええ〜〜!!!!!」
「うっさいなぁ、そない大声で叫ぶなや!」
「これが大きな声で叫ばずにいられるかっての?!」
「知らんがな! で、どうする?」
「ううっ〜〜〜刹那くんの家でお泊まり……」
凪紗は数分間、深く考えたのち、涼葉にこう尋ねた。
「涼葉さん。もし刹那くんがわたしに迫ってきたらどうしよう?」
「……知らんがな」
涼葉は、冷めた表情で吐き捨てる。だが凪紗は『でも、刹那くんがどうしてもっていうなら……その、う、受け入れるよ』などと、顔を赤らめてひとり言を呟くのだった。
そして、結論として紆余曲折があったが凪紗の家に泊まることで落ち着いたのだった。
最終話『未来アタラシズム』 完
■おまけ 『決闘、そして』■
「みんな〜〜〜〜〜!! ごめん、ちょっとこっちに来て手伝って〜〜〜〜!!」
わたしは校庭いる部員のみんなに大声で呼びかける。わたしの声を聞いたみんなは『すぐに行くから〜〜〜!!』と返してくれた。ありがたい!
「お願いぃぃぃぃぃいいい〜〜!!」
すぐさま返事を返す。で、『なるべく早めにねぇ〜〜〜!』と付け足す。
ここは飛鳥宮高校屋上。戦い始めたのは放課後くらいだから、だいたいは夕方すぎくらいかな? 空の感じからみて。うん。だぶんそうだな。うん。
「ふぅ……ううっ……さ、寒い……」
吐く息が白く染まる。さみゅいぃ……雪降らないといいけどなぁ……
「よっと! ごめんね、本渡さん。寒いからすぐに保健室に運ぶね」
本渡さんを背負おうとする所へ火燐センパイが手伝ってくれた。
「センパイありがとうございます」
「かまいませんよ。急ぎましょう」
「ありがとうございます」
支えてもらい、わたしと火燐センパイは屋上を後にした。
◆
「屋上で勝負を決めなければよかったなぁ……」
本渡さんを背負い保健室へと向かう道中、そんな事を口にしてしまった。
「屋上での決着は最善だと思いますよ」
「そうですか?」
「ええ、もし校舎に戻っていたなら決着は長引いていた。いまだに終わらなかったかもしれません」
柱時計をみる。時計の針は7時を越えていた。
「すいません……5分で終わらすなんて強気な発言したのに5分以上……10分くらいになってしまいました」
「構いませんよ。すばらしい戦いを見せてもらいましたから」
「すばらしいですか? わたしはセンパイにふがいない所を見せてしまいしたよ?」
あの時のセンパイ……ホント怖かったなぁ……おしっこが本気で漏れそうだった。ううっ……トイレにいけてよかった……本気でそう思うよ……
途中、合流した騎士道部の部員のみんなで一緒に本渡さんをを保健室に運び無事にベッドへと寝かせた。
◆
「ちょっと水飲み場に行ってくるね」
「うん。わかった」
いづみちゃんに声をかけ、わたしは手を洗うために水飲み場へと向かう。
「水、冷たいなぁ〜……」
この時期の水はホント冷たい。職員室にある給湯機が羨ましいよ……
「凪紗さん。少しよろしいですか?」
「センパイ? どうしたんですか?」
凪紗は塗れた手でポケットからハンドタオル取り出し、手を拭きながら後ろにおいる火燐センパイへと振り向く。
「いえ、先ほど本渡さんとの戦いで勝敗を決めた『技』の事ですが」
「技? 最後って言うと……斬空一陣・疾風の事ですか?」
「違います。そのひとつに前に披露された連斬の事です」
「連斬……あ〜センパイはやっぱり気になりますか?」
ハンドタオルを乱暴にポケットにつっこむ。
「はい。とても。技のベースは私の『瞬雷一葬・残光』ではありませんね? 剣の軌跡から察するに流れは『武士道』の技だと思うのですが?」
「やっぱりセンパイはすごいです。一度見ただけでそこをわかるんですね」
「お答え願いますか?」
わたしは息をひとつ飲み答える。この答えは重要だ。センパイは悪く思うかもしれないけど……すでに見抜かれているなら……ここは正直に。
「はい。技そのものはわたしの知り合いのひとの技を参考に。そこからわたしなりのアレンジ加えています。荒削りですけどスピードを生かせるような連斬構成にしています。あ、技の名前はセンパイの『瞬雷一葬・残光』をモチーフにしてますけど……」
「……なるほど。『残光』をモチーフしてると言っていましたがどんな名なのですか?」
「恥ずかしいんですけど……『迅雷一蹴・風斬』って名前を付けてます」
「ん……」
センパイは顎に手を当て、首を一回だけ下げ、『空いている日はありますか?』と、突然の質問をされた。
「えっと……空いている、日ですか?」
わたしはしどろもどろに、答える。どういうことだろう……空いてる日?
「はい。一度その『迅雷一蹴・風斬』をしっかりと見てみたいのです」
「見たいんですか? わたしなんかの技を? ほぼほぼ未完成ですよ?」
「未完成であの完成度なら将来は有望です。ですから」
「で、ですから……と、言うと……」
ゴクリと、唾と息を飲み込む音が聞こえてきそうだった。
「その技を私に教えてください。私のさらなる昇華のために」
「……へ? えっと……その、失礼ですけど今でも十分かと……」
わたし如きの技で、そんなに劇的に変わるものでもないから! 火燐センパイは十分に強いですから!
「もしかして、『私如きの技なんかで変わらない』と思ってますか? 変わりますよ。これで私はさらなる昇華へと飛翔します」
「おふぅ……」
思ってた事を見破られたし……言い切られしまった。でもホントに変わらないと思うよわたしの技なんかで。
ううっ……これ以上高いところまで飛ばれたらわたしはセンパイに追いつけないよ……
「えっと……一ヶ月後なら……」
超あいまいで返答。考えるのは一ヶ月後にしよう。うん、そうしよう!
「今週中でお願いします」
「おふぅ……」
ちょっと待ってよ! 違うじゃん! 空いてる日って言ったじゃん! ううっ……きっとこれも見破られてたのかなぁ……
「じゃあ……えっとぉ〜日曜日なんてど、どうでょうか?」
「結構です。では日曜日に」
「あ、はい……あのふたりだけ……ですよね?」
「もちろんそうですが?」
ううっ……泣きそうだよぉ……刹那くぅん……助けてぇ!
「それでは私はこれで失礼します」
「えっ、帰るんですか?」
「はい。本渡さんはあと10分ほどで起きるはずですので」
「10分ですか……」
また、10分……でもホントだったらこの10分はうれしいかな。本渡さんが起きるなら。
「日曜日は校庭でよろしいですか?」
「えっ? 学校でやるんですか?」
「はい。広い所のほうがいろいろと試しやすいですし」
試す……なにを『試して』どう『試す』んだろう……ううっ、どうしよう悪い予感しかしないよぉ……
「じゃあ、校庭の使用許可を取っておきます」
「いえ、私が許可を取っておきますよ」
「いいんですか?」
「はい。教えを講う身ですので」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
「了承しました。では日曜日の午前9時に学校で」
そう言い残してセンパイは律儀にわたしに一礼をして帰ってしまう。残されたわたしはほっぺを両の手でパチンと軽くはたき『よし、がんばろう』と気を引き締め保健室へと戻った。
「ん? 午前9時?」
あれ、センパイいま……サラっと……時間設定しなかった?
「おふぅ……」
日曜日は早く起きることになりそう……
◆
「あ、凪紗ちゃん。お帰り」
「あれ? みんなは?」
保健室は本渡さんといづみちゃんしかいなかった。他のみんなの姿がない。
「うん、火燐センパイが帰りますって言ったらみんなも釣られて帰っちゃった」
「そっか……時間も時間だしね」
外は暗い。おまけに寒いし。それにもう、7時半だし……そうだよね。じゃあ、火燐センパイはその足でわたしの所に来たのか。
「でも、薄情じゃないかな? せめて本渡さんが目が覚めてからでもいいのに」
「火燐センパイがそろそろ起きますよって言ってたから、それでみんな安心したんじゃないかな?」
「なるほど。確かに火燐センパイはあと10分で起きるって言ってたからな」
「センパイに会ったの?」
「うん。で、少ししゃべってた」
「そっか」
「でも、ホントに起きるのかな?」
ベッドで寝ている本渡さんを見る。スヤスヤと寝息を立てているけど……なんか起きる気配がない……
「大丈夫だよ。火燐センパイが起きるって言ってるんだから」
「そうだよね」
わたしは眠っている本渡さんの顔をのぞきこみ見る。
「ごめんね……」
頬にできたキズをさする。
「痛かったよね……ごめん」
起きない本渡さんに言葉をなげる。
「凪紗ちゃん……」
「あ、わたし飲み物買ってくるね。本渡さんが起きたらのど乾いてるかも知れないから」
「凪紗ちゃん」
いづみちゃんは少し強い口調でわたしを留める。……このまま聞こえない振りして答えたくないけど……でも、ダメだよね。
「なに?」
一蹴だけその場で停止して、一瞬だけ目をつむり開き振り向いて、声をかけた。
「凪紗ちゃんは謝ることないんだよ。胸を張ってていいんだよ」
「ありがとう」
わたしは……それだけを聞いていずみちゃんから逃げるようにして保健室を出た。
おまけ 完
お久しぶりです。間宮冬弥です。
まずはこの稚拙な作品を読んで頂いてありがとうございました。
気づいた方もいるかもしれませんが、あとがきを最終話のみにしました。
まえがきも代弁者に今回から最初の一話のみにしてくれとの話がありました。
忙しいのかな(w)
次回作はどうなるかわかりませんが、作品がアップされましたら読んで頂ければ幸いです。
それでは、これで失礼します。