No Logic
午後の校庭にて響く剣と剣が打ち合う音。それは金属音ではなく木と木が打ち合う音だ。木製の剣の音は雲が一つもない澄んだ空へと響きあがる。
季節はまだ冬。桜が咲くのはまだ先。
◆
「どうしたの? 防御だけじゃ私には勝てないよ」
「……わ、かってますよ!」
苦し紛れに繰り出した閃光は凪紗に当たることなく、虚しく空だけを斬る。
それからも、凪紗の猛攻は続く。花奈流は防御しきれずにバックステップを繰り返し、距離を取るようになった。
しかし、そのバックステップすらも苦肉の策。後ろに距離をとっても凪紗にあっという間に一足飛びのフロントダッシュで間を詰められてしまう。
それからまた、凪紗の縦横無尽の連続乱撃が始まってしまう。
そしてまたバックステップで回避。
防御→バックステップ→フロントダッシュ→猛攻→防御→バックステップ。
この動きを延々と続けているふたり。
(当たる気が……ぜんぜんしない!)いつまでもバックステップで凪紗の猛攻を回避していてはラチがあかないことはわかっているが、その対応策がまったく見つからない。ただ闇雲に後ろに下がっているだけだ。
バックステップで凪紗の攻撃のスキを見つけては一撃を繰り出してはいるがその素早い回避スピードですべてかわされてしまう。
天地。天空。一閃。閃光。天地連携からの一閃も、桜崩しも試したが、当たらなかった。
それらすべての攻撃、防御崩しをもたやすくかわされてしまっている。眉一つ動かさずに。顔色一つすら変えずに。
(どうする……どうすれば攻撃が通る?!)
バックステップに専念して考える。考える。考える。
100%本気以上の本気の凪紗の攻守のスピードに対応するにはどうすればいいか考える。その間にも凪紗の上下左右からの連携・連続の猛攻撃は続き、その都度偽剣で防御しては後ろに下がる。その繰り返しだ。
もちろん、中途半端な体勢から打ち出した攻撃は当たるはずもなく、牽制にすらなっていない意味のない空回りの攻撃。
無理矢理打ち出した攻撃で体勢を崩したスキを凪紗が見逃すはずもなく、的確に攻撃を繰り出しては、正確に狙った部位に直撃。
そして走る痛み。
「なんで……なんで!?」
「嘆いてるヒマがあったら、攻めてきて!」
無慈悲なアドバイスを言い放す。そして凪紗の連撃は止まらない。
「くそっ!」
凪紗の挑発に乗ってしまったのか花奈流は一閃を繰り出すが、凪紗は難なくかわして、間合いを詰めてくる。
「うっ……!」
腹部を一閃を直撃された花奈流はうめき声を上げて、力なく地面に膝から倒れ込んだ。
「終わりでいいかな?」
「まさか……まだですよ……むしろ始まってないしこれからですよ……」
偽剣を支えにして立ち上がり、半月の型に構える。
「いいよ。すごくいいよ副長。これからもよろしくね」
「まだ……わたしは副長ではありませんよ……センパイ」
「そっか。でもごめんね。時間がないから攻めるよ」
「かかっきて……くださいよ」
フロントダッシュで攻めてくる凪紗に、花奈流は背中を向けて走り出す。
「逃げるの?」
「戦略的後退です!」
「背中を向ければそれは……逃げだよ!」
凪紗は花奈流の背中に向かって猛ダッシュを仕掛け、稲妻の如き速度で追いかける。
「さすがに……速いな、でも攻撃はできないはず!」
すでに真後ろまで迫ってきている凪紗を横目で確認し前方に注視する。
騎士道精神の性質上、背中を見せている相手に攻撃を仕掛けない。騎士道精神を逆手に取った移動方法。
その証拠に凪紗は花奈流に攻撃を仕掛けれる間合いまで入っているが花奈流が背中を向けているため、追いかけることしかできない。
そして、目の前に現れた階段を駆け上がる。
(こんな姿……いづみセンパイには見せられないけど……)
いづみに対して後悔と恥ずかしさを感じながら花奈流は走る。そして階段を駆け上った先には、『飛鳥宮高等学校校舎』がある。
「雪見センパイ! ここでそのスピード、封じさせてもらいます!」
校舎に突入し、昇降口で上履きに履き替えることなく、シューズのまま校内へと
進入した。
校内にはすでに人払いがすんでいるのか、誰かいる気配はなかった。
昇降口を抜け、教室が立ち並ぶ廊下へと進入。
廊下は校庭とは違って蛍光灯の人工光で照らされている。暖かみのまるでない光の中を花奈流と凪紗は走り抜けていく。
「なるほど。考えたね」
凪紗が廊下だと確認すると同時にそう吐き捨てる。
「狭い空間なら……いけるはず!」
花奈流が凪紗のスピードを封じるためにはじき出した答えは『移動範囲を限定する』事だった。
校庭とは違い四方型の廊下では自由には動くことはできない。
少なくとも花奈流の目の届く範囲での攻撃となる。そう予想して花奈流は校舎へと進入したのだった。
さらに付け加えるならば回避範囲すらも限定することも期待していた。
背中を向けていた花奈流は停止して、期待を込めて凪紗の方に振り返り半月の型をとる。
「ここで、終わらせます!」
「そうだといいね」
凪紗は停止せずにそのまま駆ける。
凪紗はいたって冷静だった。花奈流を追いかけている最中も、視線を動かし、周りの状況を……地形を確認する事を怠っていない。
さらに加速して花奈流との距離を詰める。
「ちょっ……センパイ!?」
止まらない凪紗に花奈流は動揺する。その動揺をよそに凪紗はどんどんと間合いを詰めにかかる。
「本渡さん。考えが甘いよ」
「えっ……!?」
まだ、距離があったと思ったのに凪紗はすぐ目の前にいた。
一瞬だった。凪紗との距離を目測で測っていた花奈流はあと2〜3秒後に凪紗が迫ってくると思っていた。そう確信していた。
しかし、凪紗は加速し、ただ花奈流に近づくのではなく……
「壁を!?」
ジャンプして教室と廊下の仕切る仕切板を蹴りさらに加速をつけて、空中から花奈流を強襲したのである。
花奈流と凪紗の2〜3秒の差はこの行動から生まれたものだった。
「くっ!?」
凪紗の空中からの奇襲を体裁きでなんとかかわした花奈流は凪紗の方へと向き変えると、凪紗はすぐ目の前にいた。
「……な、なんで!?」
理解が、認識が、追いつかず花奈流は混乱に陥る。
それはそうだろう。凪紗は着地と同時に床を蹴り、花奈流に纏り付くようにすぐに間合いを詰めているのだから。
「追い詰めたつもりだった? 優位のつもりだった。残念。逆に追い詰められてるよ」
「そんな……」
凪紗の攻撃をさばく事ができず、モロに打撃を受ける。
追いつめたつもりだった。
凪紗のスピードを殺したつもりだった。
攻撃を制限できるつもりだった
自分が優位に立っているつもりだった。
校内なら、勝てると確信していた。
そのすべてが崩れ去り、花奈流は凪紗の攻撃を受け続ける。
(どうすればいいですか……いづみセンパイ……)
花奈流は和気いづみの言葉を思い出す。
『花奈流ちゃんが相手の実力を計れなかった事かな?』
(わたしは……いづみセンパイ……わたしは……)
いづみの言葉を思い出し、後悔を抱く。
壁、床、柱、仕切板。廊下に点在しているすべてを蹴り、凪紗はスピードを増し文字通り自由自在。縦横無尽に駆け回る。
(わたしは……わたしは……)
返ってくることない問いに花奈流は答えを探す。
(でも……わたしは!)
膝を落とし、地面にへばりつくようにふんばりを効かせ踏みしめる。
そして、偽剣を胸の前で一文字のように水平に構え、左手を剣先を添える。
これは防御無視のカウンター特化型である。十六夜の構えだった。
「それでも、わたしは……センパイに勝ちたいんです!」
「十六夜? カウンター狙い?」
十六夜の構えを見た凪紗は動じることなく、むしろ余裕さえみせて攻撃を続ける。
「ぐっ……」
「どの攻撃を狙ってるのかな?」
攻撃を受け続ける花奈流に容赦なく攻撃を浴びさせる凪紗。
(まだ……まだ……これじゃない)
「……」
止まることのない連撃を続ける凪紗。攻撃モーションが少なくまるで水が流れ落ちるような滑らかな剣戟。
そして、花奈流が狙っていた『これ』が−−攻撃を受け続けてきて待っていた攻撃が満を持して降りかかってきた。
「待ってましたよッ! センパイ!」
花奈流がカウンター狙いをつけていた攻撃は『袈裟切り』肩口から斬り込み、胸を経由してわき腹を切り裂く、斜めの斬り技。
一文字に構えていた偽剣を上段ななめに構える。それは凪紗の袈裟斬りに対して、偽剣を受け流す流れを作るため。まんまと凪紗は袈裟切りを、花奈流の用意立てた偽剣に乗せてしまう。
軌跡を流され、流され切る瞬間、花奈流は偽剣を大きく空へと振るう。
攻撃主の凪紗は偽剣と共に大きく後方へと弾かれた。
「これでッ!」
凪紗は大きく体勢を崩している。しかも胸から下はガラ空き。防御不能状態。
花奈流の目が輝く、一点を集中して狙いをつける。
打ち上げた偽剣をそのまま振り下ろし、凪紗のわき腹をめがけて斬り落としを仕掛けた。
「終わりです!」
花奈流の勝機の咆哮。勝利を確信した花奈流は瞳に凪紗を写す。
(……! 目が……死んでない……?)
双眸に写した凪紗の表情は焦っている顔でもなく、危機が迫っている顔でもなく、負けを確信してあきらめている顔でもなく……
なにも変わっていなかった。凪紗の瞳は一点の曇りもなく、そして負けるという絶望にも染まっていなかった。
ただ−−
「甘いよ。ボノボルぐらいに甘いよ」
と、至って冷静に平淡な声で花奈流に告げるだけだった。
「そ……んな……」
花奈流の起死回生をかけたカウンターは−−凪紗には届かなかった。
思い描いた完璧なタイミングだった。
凪紗との距離も正確だった。
攻撃速度も十分だった。
絶対に防御できないと確信があった。
花奈流史上、身体が感動で震えるほど。
至高・最高と言えるほどの……完全で見事な十六夜だった。
十六夜の構えからのカウンター攻撃は決まっているはずだった。
凪紗は床に倒れているはずだった。
だが、目の前には−−
変則防御。
凪紗は花奈流のカウンターの一振りを『鞘』で防いでいた。
花奈流が決まると思っていたわき腹への一振り。
だが、凪紗は冷静に静かに、花奈流の軌跡を見て軌道予測を一瞬で見立て実行。かかとで鞘を蹴り上げ、花奈流の一撃を防いだ。
未だに目を丸くしている花奈流。そして凪紗は柄を強く握りしめる。
「ぼーっとしないでね」
「ッ!」
凪紗の言葉に現実に引き戻される花奈流。
「遅い」
凪紗を再認識したときはすでに遅かった。偽剣は振られ花奈流に迫る。
「あ……!」
その時、女子トイレからひとりの女子生徒が出てきた。
気づいた凪紗は偽剣の勢いを殺し、よろけながら体勢を崩し床に倒れる。
その間に花奈流は体勢を立て直し、バックステップで凪紗から距離を取っていた。
「あ、あの……ごめんなさい……その、我慢できなくて……」
女子生徒とは凪紗に駆け寄り、肩を抱えて立ち上がる手助けをする。
「いいですよ。大丈夫です。気にしないでください。そちらはケガとはないですか?」
立ち上がり、膝のホコリを払い笑顔で答える。
「はい。大丈夫です……その本当にごめんなさい」
「いいですって。それより紙はちゃんとありましたか?」
「はい?」
そんな他愛もない会話を花奈流は見守っていて、心中では『助かった……』と思う。
あのまま凪紗の攻撃を受けていたらと思うと間違いなく負けていた。
その確定されていたであろう敗北を思うと花奈流はゾッとする。
『紙ですよ紙? トイレットペーパーです。略してトイパーです。トイパーちゃんとありました?』『はぁ……トイパーですか?』『どうでした?』
などと他愛もない会話をしている中、花奈流は思う。
(助かった……?)
そう思うのも一瞬で、花奈流は再度思い直す。
違う。と
(違う。助かったんじゃない……命拾いしたんだ……あのルールがなければ……今頃、床に倒れたのはわたしだ)
あのルール−−
それは、衛宮火燐が立てた『戦闘行為や偽剣を振れるのは周りに生徒・教師がいない場所のみ』
このルールがまさに花奈流を命拾いさせた制限だった。
「膝、大丈夫ですか? かなり豪快に転んでいましたけど……」
「大丈夫ですよ。こんなのいつもの事ですから」
後頭部をさすり、手のひらを左右に振り答える。
「そうですか……あの、邪魔をして本当にすいませんでした」
「いいですって。気にしないでください」
「はい。すいませんでした……あの、ではこれで」
「はい。お気をつけて」
お行儀良くお辞儀をする女生徒(たぶん花奈流と同じ一年生)を見送った直後、凪紗は花奈流の方へと振り返り『じゃあ、仕切り直し』だけ告げた。
「はい」
返事をした花奈流は半月の構えを取り、凪紗も同じく半月の構えを取る。
「十六夜の構えじゃないの?」
「ええ、カウンターを狙うのは割に合いません」
「そっか……じゃあ−−」
『先手必勝!』と叫び、凪紗は駆け出す。
「やっぱり、速い!」
ほぼ一足飛びで凪紗は花奈流の目の前に現れ、偽剣を肩口から斜めに、袈裟斬りを繰り出していた。
なんとかかわした花奈流。そして一閃での反撃。しかし一閃は凪紗にあえなくかわされ空振りだけで終わった。
「くっ……」
再び凪紗の怒濤の連撃が始まる。上下左右、自由自在、縦横無尽。
こうなると花奈流は終始、防戦一方になる。
攻撃される度に、徐々に後退することを余儀なくされる。
かわしきれない攻撃を直撃し、後ろに下がりに下がる。そして下がりきった所は−−階段だった。
(階段……?)
花奈流は凪紗の連撃に耐えて階段の踊り場まで辿り着く。
上に行くか、下に行くか。そんな選択肢が花奈流と凪紗にはあったのだが、あいにくここは1階。飛鳥宮高校にはB1階はないので選択肢は自然と『上』の1択だった。
そして、凪紗の繰り出した閃光をなんかかわし、花奈流は階段を駆け上がる。
「高低差……ここなら」
駆け上がった先、花奈流は上、凪紗は下という構図となる。
猛スピードで駆け上がってきた凪紗に花奈流の目が輝く。
「逃げ場なないですよ! センパイッ!」
花奈流は上から下への剣戟である天地を繰り出す。
「えっ……?」
『ガツッ』と言う鈍い音と共に花奈流の繰り出した天地は振り下ろすことなく止まった。
「ダメだよ。ちゃんと『地形』と『把握』をしないと」
「……ッ!」
天地が最後まで振り下ろせなかった理由。それは階段という特殊な空間にあった。
階段はその特性上、『空間が狭く』なる。
上へ上へと続く階段、それは廊下とは違い天井が低くなる。階段が階層上になっている以上、当然の構造。
至極簡単に言えば『階段の上には階段がある』
花奈流の天地が最後まで発動しなかったのは上階段の天井に当たってしまったからだ。
優位に立ったことで生まれた余裕。その余裕が花奈流の間違えだった。ここで天地ではなく『天空』や『一閃』を繰り出していれば違った結末だっただろう。
「あっ……はうっ……!」
花奈流が気づいたときには凪紗の突き技である閃光が花奈流に決まっていた。
腹部に痛みを抱え、花奈流は後ずさる。
「がっ……はぅ……!」
階段上では偽剣を振るうのは得策ではない。それをわかっている凪紗は剣を振るうのではなく、剣を突く動作に移行を完了している。
そして雨のように降る閃光に花奈流は為す術もなくただただ、後ろに下がり階段をあがる。
「負けない……負けたくない……」
自分に言い聞かせるように花奈流は同じ言葉を何度もつぶやいた。
「はぁ!」
凪紗の閃光が花奈流の肩口刺さる。
階段を登りきった先で凪紗の一歩踏み込んだ高威力の閃光が決まった直後、花奈流は大きく後方へと吹き飛び、屋上へと続く扉に直撃し、屋上へと倒れ込む。
「突破口が……見えない」
腹部と肩の強烈な痛みに耐えながら立ち上がり疾走しながら屋上に躍り出た凪紗を見つめながら思う。
勝てると思っていた相手に勝てない。そしてまだ自分の攻撃が一発も当たっていない。
「はぁ……はぁ……」
苦痛と疲労と汗で染まる顔、ボサボサになっている髪型で花奈流は半月の構えを取る。
日が落ちかける時刻、屋上はまだ朱には染まっていない。
空にはまばらに雲が点在し、風はほとんどなく、無風に近い状態。
「ううっ、寒い……」
吐く息は一瞬で白く染まり、一瞬で無色透明になる。
コンクリートの床、鉄線で作られているフェンス。そしてと貯水槽。これだけで構成されている世界。だからだろうかいつも以上に寒いと凪紗は感じる。
この屋上は晴れやかな校内とは違い寂れた雰囲気を醸し出している事も影響しているのかもしれない。
「負けたくない……」
「負けるよ。次で決めるからから」
凪紗は腰を落とし、剣を後方へと引き、剣先に左手を添える。
「あれは……!」
花奈流はあの構えを知っている。衛宮火燐の技のひとつで唯一、雪見凪紗だけに伝授された技のひとつ。
雷光一閃・紫電
一度見ているこの突技を、花奈流は知っている。その軌道を見ている。そして、花奈流はこの技を弾き、見切っていた。
あの時は本気ではなかった凪紗の紫電。でも今は本気中の本気の雷光一閃・紫電。
軌道は知っている見ている。その角度、放つタイミング。わかっていた。感じていた。花奈流は自然と、目に輝きが灯っていた。
凪紗は腰を落とし剣を引いたまま、一足飛びで花奈流に迫る。
「センパイ! その技は知っています!」
花奈流は紫電が放たれる直前で『十六夜の構え』に移行する。
「ここで決めるのは……わたしです!」
十六夜の構えに対して雷光一閃・紫電が放たれる形となった。
そして−−
木が弾かれる鈍い音。その音と共に凪紗の体勢が崩れ、偽剣が後ろに弾かれていた。
「これでわたしの勝ちです!」
花奈流は崩れた体勢の凪紗にとどめの攻撃をしかける。
「……」
凪紗は弾かれ体勢が崩れたままじっと、『見て』いた。
「いづみセンパイ! あなたの技、借ります!」
剣を後方へと大きく引き、剣先に左手を添えて腰を落とす。
「レイピア・リュミエール!」
凪紗に繰り出したのは和気いづみの編み出した高速三段突の技である『レイピア・リュミエール!』だった。花奈流はいづみの技を見ていた。いづみの技を磨き上げるため、自分も練習に付き合っていた。いつか自分もいづみと同じこの技を使いたいと思っていた。そして今、見よう見まねだか、このいづみの技で勝利をつかみ取ろうとしていた。
「わたしの……勝ちです!」
「甘いよ。シルバーサンダーティラミスよりも甘い」
凪紗のその言葉と同時の瞬間……花奈流の繰り出した『レイピア・リュミエール』はきりもみ上にジャンプした凪紗に華麗にかわされていた。
「えっ……?」
なにが起こったのか花奈流にはわからなかった。認識するまでに数秒、花奈流はただただ呆然とするだけだった。体勢の崩れた凪紗にレイピア・リュミエールは確実に、直撃するはずだったのが今は空に飛び上がり、そして着地した。
ただただ、凪紗の行動が視界に入っているだけ。花奈流はまったく認識はしていない。
「がっ……はっ……!」
着地した瞬間。駆けだした凪紗が繰り出した一閃を直撃して悶絶。そして花奈流は理解する。
『自分の攻撃は……センパイの技は決まらなかった』と
「はっ……うっ……そん……」
落ちる意識の中、花奈流は疑問を持つ。
十六夜のカウンターは確実に決まっていた。
そして、雪見センパイはその場に倒れていた。
わたしは……勝っていたはずだった。
どんどん膨れる疑問に花奈流は倒れ、見上げる。
「なのに……どうして……」
目の前に立つ凪紗を見上げ、花奈流は呻く。『どうしてセンパイは……そこにいるんですか……?!』と叫ぶ。
感情が読みとれない眼、なにも感じていないような顔。
凪紗は花奈流を見下す。無感情。無表情で。
「センパイ。私の勝ちでいいですね?」
凪紗は答えずに、いつの間にか屋上にいた『衛宮火燐』に問う。
「わたし……は……負ける……」
負ける……負けちゃう……いづみセンパイ……わたしは……
「イヤだ……」
歯を噛みしめ花奈流は声を絞り出す。
「私は……負けたくない!」
気力を振り絞り、立ち上がり吠える。
見ていた衛宮火燐は『まだ、勝負は続いているみたいですね』と言った。
「決着……つけてきます」
半月の構えをとる。それに倣うように花奈流も半月の構えに移行する。
第二話『No Logic』 完