ヒビカセ
みなさんこんにちは、そしてこんばんは。
作者の代弁者の紫乃宮綺羅々でぇ~す。元気してた?
前回の投稿からだいぶ、と、いうかかなり空いたけど、やっと1話目が完成したら投稿するね。
気になった人がいると思うけど、そうです。まだ『1話目』です!
でも、間宮冬弥曰くすぐに完結するよって言ったから期待せずに待っててね
では、『アンブレイドバトルをしたら年上の彼氏ができました(仮)Ex.s2~エクストラステージという番外編2面~をお楽しみください!』それではっ!
「速い……!」
騎士道部の少女は驚きの声を小さくあげる。
飛鳥宮高校グラウンド。午後の日差しがまぶしい。
そんな快晴の空に響く、偽剣の打ち合う木琴音。
少女と偽剣を交わしているのは衛宮火燐より騎士長の座を受け継いだ二年生の
『雪見凪紗』身長は他の二年生よりも低く、身体も華奢という言葉が似合う。
そしてかわいらしい外見にとても似合うポニーテールの髪型をしている。
学校指定のハーフパンツとジャージを着て最速に動き回り、少女を圧倒している。
「動きが……対処するだけで……」
少女はイラだちを隠せなくつぶやく。雪見凪紗は最速最短で少女に近づき、
片刃型の偽剣をすばやく振り、そして退く。いわばヒットアンドアウェイ戦法を取っており、少女からは接近戦が望めない状況だった。
おのずと防戦一方になる。
そんなイラだちを知らずか雪見凪紗は最速で近づき一撃を振り切り、距離を取る。
(いづみセンパイが言ってたことって……こういうこと!?)
少女にはこの戦いに勝って叶えたい誓いがあった。
(これが……これが衛宮火燐の秘蔵っ子の超本気……100%全力全開以上の雪見凪紗!)
20分前。
「わ、私ですか……?」
飛鳥宮高校。校庭にて突然名指しで指名された少女は戸惑いの言葉を漏らす。
「うん、そう。本渡さん。わたしと超本気で模擬戦やろう]
本渡花奈流。この少女の名前。年相応のかわいらしい顔立ちで首あたりまでのショートカットの髪型。雪見凪紗と同じ学校指定のハーフパンツにジャージを着ている。
「えっと……雪見センパイ。理由を聞いてもいいですか?」
当然の疑問を当然の言葉で返す。
「そうだね……えっとね。私は本渡さんに副騎士長をまかせたいんだ」
「わたしに……副長を……?」
「そう。ダメかなって言っても、イヤと答えても私は本渡さんに副騎士長をやってもらうからね」
突然の宣言に驚き、本渡花奈流は逡巡し、ひとつ上のセンパイである和気いづみを一度だけ見、そして雪見凪紗にこう答える。
「……わかりました。いいですよ。でも私が勝ったらひとつお願いを聞いてください」
「お願い? なにかな?」
「私が勝ったら……雪見センパイじゃなくて和気センパイを騎士長にしてください」
その言葉を聞いた瞬間、雪見凪紗の表情は凍り付き、元・騎士長で現・騎士道部顧問補佐のひとりだけ紺色ブレザーの制服を着ている三年生の衛宮火燐の元にかけよりなにやら相談を始めてしまった。
「ううっ……はい……」
雪見凪紗は衛宮火燐から『了承してください。そして全力全開、100%本気以上の本気で戦ってください。そして勝ちなさい』と告げられた雪見凪紗はおずおずと本渡花奈流の元へと戻ってきて、こう言った。
「わかった……いいよでも。負けたら副長だからね……それと、私は負けないからね! 絶対に!」
「わかりました」
笑顔でそう宣言されて、本渡花奈流に言い放った。その顔は若干泣きそうで、何かに恐怖しているようなふたつの感情が混ざった表情だった。
◆
「いづみセンパイ……すいません。なんか勢いで言って巻き込んじゃったみたいで」
「いいよ。気にしないで」
花奈流のセンパイの和気いづみは微笑んで花奈流に言葉をかける。
その微笑んだ笑顔を見ると、花奈流はとても安心していられる。
10分後に模擬戦が開始される。その間に模擬戦で使用する偽剣の選定や
準備運動をしておくことと雪見凪紗に告げられ、花奈流はいづみの元へと来たのだった。
「ねぇ、聞いていい?」
校庭の端っこ。木陰にはいり準備運動をしているふたり。
「なんですか?」
花奈流の股割を後ろから押して手伝っていたいづみが訊ねる。
「どうして私を騎士長にってお願いしたの?」
「……そうですね。私の……これは個人的な意見かもですけど、私は
いづみセンパイが騎士長にふさわしいと思っています」
花奈流はいづみとふたりっきりの時は『和気センパイ』ではなく『いづみセンパイ』と呼んでいる。それだけ花奈流がいづみを慕っている現れでもあった。
「それは、どうして?」
「実力もそうですけど……正直あのひとには任せられないと思います」
「どうして任せられないって思うの?」
「だって、さっきの就任挨拶だっておどおどしてましたし。それまで平の隊員だった
のに衛宮センパイのお気に入りだからって騎士長になったと思うんですよね。いづみセンパイだったらしっかりしているし、実力もあるし何より安心できます」
花奈流は一呼吸置いて、アームプルを行いながら再び言葉をつなげる。
「それに雪見センパイって正直、強そうじゃありませんし。この前のアンブレイドバトルだって、色付きのプレートでしたっけ? あれを使っても負けてましたし。『白い雪のプリンセス』なんてかわいいあだ名をつけられちゃってるし。私でも勝てそうです」
「……そっか、花奈流ちゃんは凪紗ちゃんの事そう思ってたんだ」
「はい。正直言えば」
「なら、花奈流ちゃんは凪紗ちゃんに勝てないよ。絶対に」
「えっ……!?」
慕っているセンパイに言われてショックを隠せていないのか、花奈流はいづみの顔をじっと『どうしてですか』と訴える表情で見つめてしまった。
「火燐センパイがお気に入りだからっていう理由で凪紗ちゃんを騎士長なんかに選ばないひとだって事は、花奈流ちゃんもわかっているよね? それとこの前のアンブレイドバトルで負けたからって、凪紗ちゃんが弱い理由にはならないよ」
「でも……負けは負けですよ」
「うん、負けたね。でもね。負けたのは凪紗ちゃん以上にその対戦相手が強かっただけ。それだけじゃ花奈流ちゃんより弱いって理由にはならないよね?」
「……センパイ?」
「だからもう一度言うね。花奈流ちゃんは凪紗ちゃんには勝てないよ。絶対に。凪紗ちゃんが『超本気』って言ったんだもん。だから勝てないよ。絶対に」
『絶対に』を強調し、二度繰り返し言う和気いづみを本渡花奈流はじっと人間を見つめるような猫の表情で和気いづみを見つめていた。
「準備体操終わり。じゃあ、模擬戦で使う偽剣を選んできて」
「いづみセンパイ……その、もしかして怒ってます?」
花奈流は尻の砂を払いながら立ち上がり、いづみを追いかける。
「なんで? 怒ってないよ。花奈流ちゃんが勝てないのは最初からわかってたから」
微笑みでそう返す。その微笑みは花奈流には爆弾を含む発言に聞こえ心を抉ってくる。
「最初から……?」
ショックの感情を隠せないのか、自分の実力を認められていなかったのかそんなふたつの感情を抱いて花奈流はいづみの声を聞き、言葉を漏らす。
「どうして……勝てないって思うんですか?」
たてつく気は花奈流にはなかったが、そう言わずにはいられない。
答えを聞かずにいられない花奈流だった。
「……そうだね……花奈流ちゃんが凪紗ちゃんの事をナメていたこともだけど……」
かわいく、あごに人差し指をあて、顔と視線は空に向ける。
「私が一番ショックだったことは花奈流ちゃんが相手の実力を計れなかったことと凪紗ちゃんを知らなすぎること。『勝てる』なんて思いこみを植えてしまった凪紗ちゃんも悪いけどね」
「……その考え……私が勝って、改めて見せます」
いづみの言葉が納得できなかったのか、花奈流は力強く勝利宣言を掲げる。
「うん、がんばって。そして負けて感じて知って。騎士長を」
花奈流の宣言をことごとく崩し、いづみは他の隊員たちの元に戻っていった。
そして、花奈流は偽剣を選びに部室へと向かった。
偽剣は木製で細い偽剣ものから太い偽剣まで、さらに軽いものや重い偽剣、
そして槍術用の偽槍もあり隊員にあった偽剣や偽槍が数多くそろえられていた。
「これでいいかな」
偽剣が無造作に入れられているワイヤーボックスから一振りを適当に選び校庭へと戻るのだった。
◆
衛宮火燐より模擬戦のルールを言い渡される。
模擬戦場は飛鳥宮高校全域。要は校舎を含む校内のすべてが戦場となった。
そして、この事は衛宮火燐がすでに驚くべき手際のよさで校舎にいる全教員に報告済みだ。さらに、校内放送でも生徒に案内済みだった。
(結構……大事になってる……)
偽剣を握り花奈流は胸中で思い、衛宮火燐の説明に耳を傾ける。
ただし、戦闘行為や偽剣を振れるのは周りに生徒・教師がいない場所のみ。
また、教室や職員室・部室・トイレ・工事中の校舎は、進入および戦闘不可となった。
さらに、校外に出てしまったらその時点で校外負け(つまり場外負け)となることも付け加えられた。
そして、最後に。衛宮火燐はこう告げる。
『この試合の終了をもって、正式に雪見凪紗を騎士長に任命する』と。
衛宮火燐の言葉に花奈流は耳を疑った。これではまるで、すでに本渡花奈流の『負けが確定』しているかのように聞こえるからだ。
花奈流は『待ってください』と声を上げたかった。だが、その言葉は口から吐き出されることはなかった。花奈流は必ず勝つと心に誓い偽剣をギュッとさらに力を籠めて握りしめた。
『勝てばいいだけ』
そう決意を固め衛宮火燐を見やった。
「あ、あの……火燐センパイ」
恐る恐る、ゆっくりと小さく手を挙げて、衛宮火燐に声をかけたのは本渡花奈流に戦いを持ちかけ、そしてこれから花奈流が挑む騎士長の雪見凪紗だった。
「もし、その……私が負けたら……いづみちゃん……和気さんに騎士長をお譲りますけど……いいんですよね?」
雪見凪紗はそんな質問を投げかけた。そしてその質問の答えを衛宮火燐は恐ろしいほど清々しい笑顔で優しく、雪見凪紗に『ええ、負けましたら騎士長の座を和気さんにお渡しして構いません』と語る。
その言葉を聞いて、雪見凪紗はホッと胸をなでおろした。が、次の言葉でその顔は恐怖で凍り付くことになる。
『ただし、負けた場合は私の顔に泥を塗るということです』と。
綺麗な笑顔だったが、目の奥が全く笑っていなかった。
「……絶対に負けないからね! 本渡さん! 私、絶対に負けないからね!」
泣き出しそうな顔で……いや実際にはもう目から二〜三滴落涙しているので半分は泣いているようなものだったが。
そして、なぜか股間を押さえているのが、花奈流はほんの少しだけ気になっていた。
衛宮火燐はひとつ咳払いをしてふたりに告げる。
『これより模擬戦を開戦する。準備はよろしいか?』と。
「あ、待ってください」
手をあげ、凪紗は衛宮火燐の言葉を遮った。衛宮火燐から『どうしました?』との問いに、凪紗は花奈流の方を向き、
「本渡さん。偽剣はそれでいいの?」
と問いた。
「えっ? なにがです?」
花奈流はなにを言っているのかわからずに、凪紗に逆に質問で返す。
「……いつも使ってる偽剣はじゃないよねそれ? もう少し刀身が長い剣じゃなかった? それと、ウエイトもすこし軽い偽剣だったよね?」
「別にわたしはこれでいいですけど?」
「……私言ったよね? 超本気でやろうって。だから偽剣ひとつでも超本気になって。私に負けたときに『いつもの偽剣じゃないから』とか『使い慣れてない偽剣だった』とか、そんな言い訳通じないからね?」
「言い訳なんてしませんよ……でも、私の事よく見ているんですね?」
「本渡さんだけじゃないよ。みんなの事はだいたい見てるよ」
「花奈流ちゃん」
その時、花奈流に声が届く。
花奈流が声の主へと振り返ると、偽剣を持ったいづみが立っていた。
その両の手には花奈流がいつも使っている偽剣が抱き抱えるように携えられていた。
「はい。これでしょ」
「あ、すいません、ありがとうございます」
「花奈流ちゃん」
「はい」
「ひとつアドバイスを言うね。これを言っても勝てないけど戦いの参考にしてもらえたら嬉しいな」
「な、なんですか」
いづみよりアドバイスをもらえる嬉しさと、いづみに勝てないと決めつけられている悲しさ。ふたつの入り交じった感情で花奈流はいづみの話に耳を傾ける。
「少しでも戦いを長引かせたかったらしっかりと凪紗ちゃんを見て、凪紗ちゃん感じて、認識して」
「それは、どういう……」
意味ですか? と訊こうとした時。雪見凪紗からの言葉が遮る。
「本渡さん。そろそろ始めるよ」
「……時間だね。じゃあがんばって」
「あ、あの……いづみセンパイ。今のって……」
「戦えばわかるよ」
その言葉を残して、和気いづみは去っていったのだった。
衛宮火燐から『改めて……双方、準備はよろしいか』との宣言にその宣言に凪紗と花奈流はひとつ頷く。
『では……』衛宮火燐は右手を高々と天へと掲げる。
ふたりは腰を落とし、左足を前に、右足を後ろにし半身なり、右の手に握られた偽剣をゆっくり右足の方へと持って行く。これは騎士道術基本の構えである『半月の型』
すべての動作・行動はこの型を連携・接続して繰り出される、攻守バランスの取れた騎士道の基本型にして完成型。それは騎士道を極めた者が辿りつく基本にして最終の型と呼ばれる構えだった。
ふたりは同時に目をつむり、深呼吸をした。
しかし、その行為は同じだったが意味合いは違っていた。
雪見凪紗は自身の緊張を和らげるため。
本渡花奈流は精神を集中させるため。
衛宮火燐の口から『正々堂々と、−−勝負!』との言葉と共に戦いの火蓋は切って落とされた。
「先手必勝!」
目を見開き、花奈流は駆け、偽剣を振るう。
だが、その一振りはいとも簡単に凪紗にいなされてしまう。
「はぁ!」
肩口からの斬撃に、花奈流はバックステップでこれをさける。
「やるじゃないですか、センパイ。決めるつもりで斬り込んだんですけどね!」
「あれで決めるつもりだった? ウソはよくないぞ」
間合いを一足飛びで詰める凪紗に花奈流は迎え撃つように半月の構えを取る。
「行くよ!」
横一文字に放たれた『一閃』を花奈流はステップで交わし反撃。
「はっ!」
反撃を無言ではじき、さらに間合いを詰める。まさに字のごとく凪紗が『目の前』に、目前にいる。苦悩の表情を浮かべる。
(まずい! ……でも!)
偽剣を後ろに引いて今、まさに偽剣を振るいそうになる凪紗に、だが花奈流は焦っているが至って冷静だった。
偽剣を最速で引く。まるで弓をいるように腰を引いて……そして、
「一突必中!」
気合いの雄叫びと共に、腰から剣を突き出す。最速の突技『閃光』を放つ。
だが、その気合いの乗った閃光は当たることはなかった。
「えっ……!」
花奈流の気合いの抜けた声。それもそのはず。凪紗は最速の閃光を秒速のステップでかわしながら、その軌道を剣でいなしていたのだから。
「そんな……あの速度で直角に動けるなんて……!」
花奈流の言葉のごとく、凪紗は直角で攻撃をさけた。まさに90度直角。L字を描くように突きをさけ、間合いを再度、詰めていく。
「終わりかな?」
「くっ!」
凪紗が剣を弓を引くように引いた。これは花奈流が行った動作を再現するかのような見事な再現度。100%再現の『閃光』の突き。
しかし、その閃光がくる事はなかった。
動き回っていたのかいつの間にか、校庭の真ん中まで戦いが及んでいてその近くに他の部活動の生徒がいたからだ。
凪紗は、仕切り直すかのように剣先を下げ、加速をつけて花奈流を追い越して停止し、半月の構えを取る。
(た、助かった……?)
一度、足を止め凪紗をみやる。
「行くよ」
凪紗が口を開いた瞬間、駆けだし、剣を振るう。
「ちょっ、まだ……ひとが……!」
袈裟斬りを花奈流はなんとか剣で、受け止め鍔迫り合い状態に移行。
「センパイ……ひとがいます!」
「本渡さん状況の判断も副長の大事な要素だよ」
「なに……を……」
そして、花奈流は気づく。周りには誰もいなくなったことを。そして気づかされる。
凪紗の背後に『衛宮火燐』の姿があることを。
「衛宮センパイは……手際が良すぎますね!」
「そうだね。それは私も同感だよ!」
花奈流は感づいて、凪紗の後ろの『衛宮火燐』をみやる。『衛宮火燐』は微笑ましい顔で、優しい笑顔を浮かべてこちらの戦いを静観している。
「はぁ!」
花奈流は鍔で凪紗の剣を押しのけ、『一閃』を繰り出す。
繰り出された一閃は凪紗に、届くことなく空振りで終わる。
「ステップが速い……!」
花奈流が鍔で凪紗を押しのけると同時に、凪紗はステップで回避をしていた。
一閃のスキを見逃さない凪紗は、一足飛びで花奈流にまとわりつき、上斬りの『天空』を繰り出す。凪紗の放った天空はいなされ不発で終わる。だが、凪紗の攻撃はこれで終わりではなかった。
「くそっ……」
スピードを生かした攻めで縦横無尽も連斬撃。右からの攻撃を防いだと思ったら左からの斬撃。
それすらも凌いでも、上空からの『天地』、さらに『天空』。天地天空の上下からの連携の連撃。左右からの一閃と閃光。組み上げられ、構築された剣術の舞いに花奈流は翻弄され、防戦にならざるを得なかった。
凪紗の『剣の舞』をなんとか凌いでいるが、この状況が続くと不利になる。それは体力だけが減らされていくからだ。しかし花奈流は状況を変えようとは思っていなかった。それは攻撃を絶えず繰り出している凪紗も同等に体力を削っているからだ。その事を気づいている花奈流はあえてこの状況を受け入れている。
(センパイ……ガマン比べしましょう!)
胸の内で吠え、剣戟を受け流しては弾いている。
◆
「あの……火燐センパイ。お持ちしました」
和気いづみは、衛宮火燐から鞘と偽剣を持ってくるよう言づてされ、部室から鞘に収めれた偽剣を一振り持ち出し、衛宮火燐に差し出している。
ふたりの戦いを遠い場所から見守っていた衛宮火燐は優しい声と表情で『ありがとうございます』と礼を述べて偽剣を受け取る。
「その……失礼を承知でお訊ねしますが……その偽剣でなにを……」
恐る恐る、訊ねるいづみに衛宮火燐は微笑みを絶やさずにこう答える。
『ふがいない騎士長に活を入れてきます』と。
「……そうですね。アレじゃあ……花奈流ちゃんは納得しないでしょうからね」
衛宮火燐はいづみ『ええ、そうです』と返して、踵を返し稲妻の如く、駆け出す。
「やっぱり……火燐センパイってすごい」
まさに字のごとく稲妻。制服のプリーフスカートを翻して、いづみの目の前からあっという間にいなくなりすでに遠くで奮戦していたふたりの戦いに介入する寸前だった。
◆
(雪見センパイ……ぜんぜん疲れてない……?)
すでに二〜三分は経っているが、凪紗の連撃はいっこうにやむ気配がない。
それどころかさらにスピードが増して、攻撃の手数が増えているほどだ。
「これで終わりだよ、雷光一閃・紫電!」
急停止し、偽剣を腰の後ろまで引き、さらに腰を落とし狙いを定める。
(紫電! ここっ!)
緊急で体制を立て直し、花奈流は凪紗から放たれる衛宮火燐直伝『雷光一閃・紫電』を見極め、そして……
「よし!」
秒速で放たれた紫電を半身になり、すんでの所でかわし『ここでっ!』と吠え、偽剣を凪紗に向かい天地からの一閃を放つ。
しかし……その一撃は凪紗に届くことはなかった。
「衛宮センパ……!? 痛っ!」
花奈流の薙払いは突然戦いに割り込んだ『衛宮火燐』によって一瞬で大きく弾かれた。
そして、『衛宮火燐』は続けざまに一足飛びで踏み込み、偽剣の柄で凪紗のみぞおちに一撃を加えた。それは相手の姿勢を崩す技である防御崩し技『桜崩』
体勢が崩れた凪紗の一瞬にスキに『斬空一陣・疾風』を斬り込み凪紗に放つ。
そして……凪紗は地面へと落ちて身を委ねた。
この一瞬。
花奈流の閃光を左手で持っていた鞘ではじき、凪紗に迅速に踏み込み桜崩、そして駆け抜刀術である『斬空一陣・疾風』の一撃。
このすべてが一瞬の動作で、迅速でいて神速で行われた。見ていた誰もがきっと、速すぎて見えなかっただろう。気づくと花奈流の偽剣が弾かれていて、雪見凪紗が地面に倒れている。そんな認識しかないだろう。
「セ……センパイ……?」
情けなく地に崩れ落ちる凪紗を冷たい眼で見下す。
しかし、すぐにその眼は消えて、優雅で暖かみと優しさにあふれる微笑みで本渡花奈流に『衛宮火燐』はこう言った。
『本渡さん。申し訳ございませんが10分ほどお時間を頂きたく存じます。いまからこのふがいなく、情けない騎士長を説教いたしますので』
と、花奈流に言い、頭を深々と下げた。
「えっ……と……」
偽剣を鞘に収めつつ笑みを絶やさずに、花奈流の言葉を遮るように衛宮火燐は続けて『こちらの勝手ですみません。その間、存分にお休みください。試合再開は10分後に行いますので』と、花奈流に追言を贈る。
「はぁ……わかりました」
『ありがとうございます』と謝辞を花奈流に向け、深々と頭を下げて、そして痛みで地面に這いつくばる凪紗を制服を正しながら冷たく見やる。
「センパイ……あの……わたし……あの……」
着衣の乱れを正した衛宮火燐は花奈流に向けた表情とは正反対で、冷たい眼と冷め切った表情で凪紗に言い放つ。
『私は言いましたよね? 全力全開、100%本気以上の本気で戦ってください。と』
その問いに凪紗は『100%本気です』と苦痛でゆがみながら答える。
『私は言いましたよね? 全力全開、100%本気以上の本気で戦ってください。と』
同じ言葉を繰り返し、同じ表情で凪紗を見下す。
「で、ですから……私は……」
何かを言い掛けた凪紗の言葉を遮り『以上の本気を見せてください。と言いましたよね』と強調するかのように力強く言い放つ。
「い……以上って……なにを」
再び遮るように言い『凪紗さん。あなたは100%本気以上の本気を出していません』と言う。
「私は……本気で……」
『あの時のあなたなら、本渡さんぐらいの相手は5分で決着がつくはずです』そう語った衛宮火燐の顔はさらに冷たく、冷めた視線が強まっていった。
「5分……」
花奈流は衛宮火燐の言葉が心に刺さり、それが引き金になって『待ってください』と花奈流は叫ぶ。
「センパイそれは……失礼ですよ」
後輩の叫びを先輩の雪見凪紗が苦痛の顔で諭す。
花奈流を思ってか、凪紗は衛宮火燐に苦言を告げる。
腹部を押さえ、痛みにこらえよろよろと立ち上がり、衛宮火燐と対峙する凪紗。
その表情は恐怖と苦痛がまとわりついている。
『いいえ、事実です』視線を花奈流からはずさずに追求をかける。冷めた表情。そして同じく視線を衛宮火燐からはずさない花奈流。
「衛宮センパイ! 5分って……どういうことですか?!」
『申し訳ございません。私は今、騎士長と話をしていますので』そう花奈流に返答した衛宮火燐の表情は微笑みを浮かべているが、眼の奥は笑ってはいなかった。
「でも……5分って……」
衛宮火燐は有無を言わずに『すこし、口を謹んでいただけますね』と花奈流に語りかける。
「……は……はい……」
気圧され、戦慄を感じた花奈流は口を塞いだ。
『ふがいないですね騎士長。私はあなたを過小評価した覚えはありませんが?』と問いかけるように話す衛宮火燐に凪紗はなにも答えられず俯いている。冷めた視線はすでに凪紗に向かれ注がれている。
『凪紗さんの本気がこれなのですか? 腐った冗談などで笑えませんよ』
さらに単語を繋ぎ、言葉を生み出す衛宮火燐に凪紗は黙って訊いている。
ずっと、耳を澄まし。一言、一言。聞き逃さないように耳を研ぎ澄ます。
『私を高揚させて、たぎらせて、100%に近い私を引き出したあなたを私に見せてください』
最後にその言葉を浴びせ、衛宮火燐はじっと凪紗を……なんの感情もないような冷たい視線で眺めている。それはまるで、ゴミをみるような何の感情もない視線のようだ。
なにも答えない凪紗に衛宮火燐は『10分です』と言い放つ。
「……」
俯いたままなにも答えない凪紗。そんな凪紗を見る衛宮火燐はさらに言葉を繋げ『10分で終わらせなさい』命令を凪紗に下した。
「……」
ゆっくりと顔をあげ、凪紗は衛宮火燐を見た。
「火燐センパイ……」
口を開いた凪紗に衛宮火燐は『なんでしょう?』と答える。
「あの……その! お、おトイレに行ってきていいですか!? もう限界なんです!」
懇願した凪紗の顔はかなり青ざめていて股間に手を押し当てていた。それを見た衛宮火燐は指先を額にあてて呆れた声で『どうぞ』と答えた。
「す、すいません! すぐに戻ってきます!」
脱兎のごとく駆け抜けて凪紗はおトイレへと駆けていったのだった。
◆
数分後。
戻ってきて早々と衛宮火燐に深々と『すいまっせんでった!!』と頭を下げるそんな凪紗を見て言う。『いい表情になりましたね』と。
『はい』と答えた凪紗に『私の話を訊いていましたか?』と尋ねる。
凪紗はこう答え『5分で終わらせます』と言い放った。
『結構です』とひとつ頷いて、そして何かが変わった凪紗にひとこと添える。
『おはようございます。凪紗さん』と。
「すみませんでした。それとおはようございます」
衛宮火燐は双方の顔をみやり、試合再開を高々と宣言した。
「本渡さん。ごめんね」
なんの構えもしてない凪紗は花奈流に見据えて言葉をかける。
「なにがですか?」
「私、どこかで手を抜いてたのかも」
「……それはわたしに楽勝で勝てるからですか?」
半月の型で臨戦態勢を整えている花奈流。
「うん。そう」
「はっきり言いますね」
「そうだね」
「わたしには本気で来いって言ったクセに。偽剣もちゃんと選べって言ったクセにそれなのに雪見センパイは手を抜いていたんですね?」
「そう。だからごめんね」
「……」
「だから……ここからは手抜きも容赦も一切なし。もちろん手加減すらしない」
「最初からそれで来てください。100%全力全開以上の本気なんですよね?」
「まぁそうだね。だからごめん」
(雰囲気が変わった?……何かが違う……なにこれ……)
花奈流は凪紗に漂っている空気の変化に気づいた。さっきとはまるで違う。
それはさっきとは違う雰囲気。そうこれはさっきと違う殺気を纏っている事を気づく。
「……鞘……持ってきたんですね?」
冷や汗を悟られないよう、自分を観察されないように言葉をひねり出し、凪紗に言の葉をぶつける。
「うん。さっきトイレに行ったついでにね」
腰に携えている鞘を見やる。
「これがないと疾風、の本領を発揮できないからね」
鞘に手を当て凪紗は表情を変えずに花奈流に答える。
「じゃあ、行くよ」
「さっさと、どうぞ」
「うん、遠慮なく」
凪紗は半月の型を取る。
午後。
雲一つない黄昏に染まるの空。
陽光が降りそそぐ校庭。
穏やかな風が吹く気持ちのいい気候。
季節は春が訪れる目前の冬。
半月の型を構える本渡花奈流と雪見凪紗。
凪紗が一拍おいた瞬間。落ち葉と木の葉、砂が舞い上がり空気が震えた。
「速い……!」
−−現在に至る。
第一話『ヒビカセ』 完