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Heartventure  作者: -
3章 薔薇の帝国ローザ
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19話 麗しき栄華の黒薔薇

 ローザ帝国城。グリルブルク王国の城やマギカルト魔法学校のように大きな、初代皇帝が築き上げた巨大な城だ。

 現在の形になったのは13代目皇帝の頃。壁の老朽化に伴い、大きな改築を遂げたらしい。

 白亜の石壁と薔薇の紋章が描かれた旗、幾何学模様を描いて咲く薔薇の庭。美しさの中にどこか冷たさや厳しさを感じさせる外装を前にしてチルル達は息を呑む。城というものを見るのはこれで3度目だが、まだ慣れていないらしい。

 入り口の兵士――旗と同じ紋章を身に付けた彼は書簡を見せると簡単に通してくれた。何でも皇帝はデイナー女王とは仲が良いそうだ。デイナー女王は相当顔が広いのだろう。

 この国の城は外観も美しければ、中も目を見張るものがあった。薔薇の咲き誇る庭に薔薇の装飾、一歩歩けば薔薇のかぐわしい香りが鼻や口に広がる。薔薇をモチーフにしたと思われるドレスやアクセサリーを身に纏った貴婦人や紳士が、花びらの浮かぶローズティーを片手に談笑していた。

 右を向いても左を向いても薔薇、薔薇、薔薇。とにかく薔薇づくしの城である。

「ねえねえキィ! こんなにたくさんの薔薇、ぼく見たことないよ! すっごい!」

「うん。主張がスゴいね……」

 興奮気味のチルルの横で、キィは引き気味に笑う。さすがにここまで薔薇があると少々美しさが損なわれているように思えた。

 皇帝が鎮座する玉座の間は黒い薔薇の庭と、同じく黒い薔薇で彩られた門の奥。城の人々に聞きながら、チルルとキィは辿り着いた。


 美しい門をくぐり抜けると、薔薇の花瓶が掛けられた通路が続く。その奥に玉座の間があった。

 チルル達の目に入ったのは豪華絢爛な椅子に腰掛ける赤黒い髪の男と、その傍らに立つ赤髪の男。否、彼らの前では黒薔薇と赤薔薇と呼ぶべきかもしれない。

「し、失礼します……」

 しかし、2人とも石のように冷たい目をしていた。話しかけるのもはばかられるほど厳しげな雰囲気である。

 赤い方の男は長い剣を腰に下げ、金色の瞳でチルル達を睨みつけている。

 だが横の赤黒い男だって怖そうだ。一見すると整った顔の中年が穏やかな表情を浮かべているが、その面を被っているだけにすぎない。モノクロの魔女や無彩色の術師に似た冷たさを感じられた。

 そのせいでチルルもキィも萎縮してしまったのである。

「は、初めまして! ぼくはチルルです! どうしてもやらないといけない大切なことがあって、ロピ村から来ました!」

「おおお、お、オイラは! そのー、キィロック・シルバーチェーン・ロッカー……」

「緊張せずともよい。そなたらのことはマァリン女王から聞いている」

 しかしそんなおっかない様子とは裏腹に、赤黒い男は微笑んだ。きっと彼が皇帝だろう。薔薇の花弁のような豪華な衣を纏った彼は、チルルとキィを歓迎してくれた。

「彼の魔法女王が余の夢枕に現れたのだ。そなたらが結晶を求めて我が城に参ると」

「そ、そうなんですか」

 確かにマァリン女王は連絡したとは言ったが、夢の中にお邪魔するとは思わなかった。さすがは魔法女王といったところだろうか。

「……紹介が遅れたな。余はパパメイアン・ボンニュイ・ミリオンローズ16世。帝国の17代目の皇帝だ。この赤薔薇はアンクル・ウォルター。我が帝国の将軍よ」

 パパメイアン皇帝が話し終えると、横に立つアンクル・ウォルターが礼をする。赤い隈取りや磨かれた鎧、冷たい瞳のせいで壊そうに見えるが、いざ対面するとそこまで恐怖感は感じなかった。

「ようこそ、我らの城へ。陛下の若き客人よ」

「ええと、アンクル・ウォルターさんもはじめまして」

 チルルとキィは赤薔薇の将軍にもお辞儀をする。それからカバンからデイナー女王からの書簡を取り出し皇帝に渡した。

「……そうだ! これ、グリルブルクのデイナー女王さまからの書簡……? です!」

「デイナー女王からもか。ふむ……」

 書簡を眺めながら皇帝は険しい顔になる。モノクロの魔女の手により、これまでに3つの国と1つの村が被害に遭った。チルル達の活躍により止められたものもあったが、事態は深刻なのには変わり無い。

 そこでアイの結晶が必要である。チルルとキィがどれだけ力を合わせても魔女には敵わないだろう。しかし、アイの結晶を7つ全て集めれば強力な力が手に入る。

 アイの結晶の力があればチルル達でも魔女に対抗できる。故郷や家族のためにチルルとキィには必要なのだ。

 だが、事態は思うようにはいかなかった。

「……そなたらに結晶は渡せぬ」

「えぇ、ええぇっ!?」

 堅い顔のパパメイアン皇帝が冷たく言い放った時、チルルとキィの、今度こそ簡単に、上手くいくはずだったという確信は崩れ落ちた。

「結晶は何代も前の皇帝が託されたもの。帝国の歴史の1つだ。いくらかの女王らの頼みであるとて易々と渡すわけにはいかぬ。ましてや」

 かぁん、と王笏を鳴らし、薔薇の皇帝は叫んだ。

「薔薇の帝国が積み重ねた歴史を知らぬ者とあれば、なおさら渡そうとは思えぬ」

 これが一国の長としての、パパメイアン皇帝の判断だった。

 チルルもキィもローザ帝国のことをほとんど知らない。無知と言っても過言ではないレベルだ。何も知らない分際で国の歴史を求めようとするチルルとキィは無礼極まりない、土足で踏み込むようなものだと、皇帝はそう考えたのだろう。

「ちょっと待ってください! オイラたちは――」

「だが、渡さんとは一言も言ってない」

 不満を感じ反論しようとするキィを遮るように、パパメイアン皇帝は言葉を続ける。

「強者の集いし場所、青薔薇皇帝、最も古き街。この3つについて知ってから再び余の元に参れ。さすればそなたらにアイの結晶を譲ろう」

 そこで皇帝はチルルとキィに機会を与えた。ローザ帝国の歴史に触れ、知ったのならばアイの結晶を渡す。これで両者にとっても良いはずだ。

 チルルはこくこくとうなずき、「わかりました」と返事をする。どうやらチルルは納得したようだ。

 だが、その横で表情に苛立ちの色が見えるキィはそうでもないと伺える。

「パパメイアンさま! オイラたちには故郷や家族がかかっているんです! どうして今すぐ渡してくれないんですか!」

 むしろ納得するはずがないのだ。キィもチルルもモノクロの魔女に故郷を滅ぼされた。救うためにはアイの結晶を7つ集め、その強大な力で魔女を破るしか無い。

 今までこそアイの結晶がすぐに手に入らなかった状況だが、今は違う。こんな回りくどいことをせずに早く渡してほしい。パパメイアン皇帝の見下すようなお高い態度も相まって、キィはとげとげした気持ちになる。

「キィの気持ちはわかるけど、今は頼みを聞かないと」

「わかってるけど……」

 それでも今はどれだけ不服だろうが折れるしかない。チルルに諭され、キィは渋々従う。

「了承してくれるならば本当にありがたい。再び戻ってくる時のことを期待しているぞ」

「わかりました、陛下……」

 とにかくアイの結晶を手に入れるために従うのが一番だ。不満げなキィが心配ではあるが、チルルは皇帝に頭を下げる。

「ではアンクル・ウォルター、2人を外まで案内せよ」

「承知しました」

 アンクル・ウォルターに連れられ、チルル達は玉座の間から出る。皇帝の前を後にするキィの足音がいつもより重々しいのをチルルは聞き取っていた。


 胸焼けするほどの薔薇で飾られた通路や門も、2度目となれば最初ほど感動を覚えない。チルル達はアンクル・ウォルターの後をちまちまと歩いていた。

 この赤薔薇の将軍は、黒薔薇の皇帝パパメイアンほど傲慢そうには見えない。むしろあの皇帝が、少なくともキィにとって意地悪すぎるだけかもしれない。

 デイナー女王もマァリン女王も協力してくれたが、皇帝は「渡そうとは思えぬ」と言い張り、さらには渡す条件まで付け加えた。

 "渡せない"のではなく"渡さない"。それが歯痒くて仕方ないのだ。

「陛下の愚行を謝りたい。あの方は過去の皇帝と歴史を重んじるあまり、お前達の気持ちを軽んじてしまった」

 歩きながらアンクル・ウォルターは、玉座の間の一件を謝る。

「い、いやあ、アンクル・ウォルターさんが謝ることじゃありませんよ! 将軍さんは関係ありません!」

「……本当にすまない」

 チルルが必死にフォローしようとするが、アンクル・ウォルターはキィの曇った顔を見てまたも謝る。

 大切な相棒の焦りも苛立ちもチルルにはわかる。チルルだって早くアイの結晶を集めて、大好きな両親やロピ村を救いたい。だが、それでも皇帝の気持ちを無視したいとは思えなかった。

「キィ。初めて会ったばかりの人にキィの大切なものが欲しいって言われて、簡単にあげちゃいたいって思える?」

「……思えない」

「パパメイアンさまも同じ気持ちだと思うよ。だから、ちょっとだけ我慢しないと」

 チルルは未だに納得できないキィに言い聞かせ、気持ちを緩めようとする。親友の言い分を少しだけ受け入れたのか、キィは小さくうなずいてくれた。

「それにこの国を知ってほしいって! きっと面白いものがいっぱいだよ!」

 歴史の深いローザ帝国には、それだけ楽しいことがたくさんあるはずだ。新しい冒険の予感がして、チルルは胸をときめかせていた。

 強者の集いし場所、青薔薇皇帝、最も古き街。これらが一体何を指すのかわからないが、全く知らないものであるのは確かだ。

 何も知らないし何もわからないからこそ、知るのが楽しみである。

「これはパパメイアンさまからのお願いでもあるけど、冒険の始まりでもあるんだよ! ね、キィ! せっかくだから楽しんでみようよ!」

「チルルがそう言うんなら、ね」

 どうやら親友の話であればキィも納得してくれたそうだ。やっとキィは笑ってくれる。それを見てチルルも嬉しくなった。

「こんなことを私が言うのも良くはないが、お前達がこの国を楽しんでくれれば非常に嬉しい。……おっと、もう城門か」 城門の向こうに広がる空はすっかりオレンジ色。それでも沈みかけの太陽が眩しかった。

 時間が経つのはあっという間だ。今日は色々あったが、とりあえずは休むべきだろう。

「それじゃあぼくたち、後は2人で行きますね。アンクル・ウォルターさん、ありがとうございました!」

「皇帝陛下によろしく伝えといてください!」

「ああ。再び会う日を楽しみにしている」

 チルル達はアンクル・ウォルターに別れを告げ、ローザ城を後にした。


 夕方になったせいか大通りには昼ほど人が多くない。それでも十分に賑わっている。

 チルルとキィが今日の疲れを取るべく宿屋に向かっている途中、とんでもない問題が浮上した。

 ローザ帝国の歴史を知るための手掛かりが皇帝からの3つの言葉しか無いのである。これでは何が何だかわからない。

 アンクル・ウォルター将軍に尋ねておけばよかったとチルル達が悩んでいると、どん、と誰かにチルルがぶつかった。

「いてて……あ、大丈夫!?」

「あいたたた……す、すみません! ケガは無いでしょうか!?」

 チルルと衝突相手は同時に謝る。が、意外にも知っている相手で驚いた。

「あ! あの時の冒険者さん! 僕です! さっき宿で会った配達員です! 憶えてますか?」

「憶えてるよ! 君でしょ!」

「ありがとうございます!」

 嬉しそうに笑う配達員の男の子。偶然にも2人は再会したのだ。

「そうそうそう! パパメイアン皇帝陛下には会いましたか? すごいお方だったですよね!」

「うん。ちょうどその帰りなんだけど……」

 事の顛末を説明すると、男の子はフレンドリーな笑顔から「あー……」と苦い顔になる。

「今回みたいに、陛下が外国の方に不機嫌になるのはあまり無いですね……」

 やはりパパメイアン皇帝はアンクル・ウォルターの言ったように、この国を愛しているのだ。そのあまりに無知な身で国の歴史の1つをもらおうとしたチルルとキィに不寛容になってしまった。

 彼の話が本当であれば、チルルとキィはよほど彼を苛立たせてしまったらしい。申し訳なさそうに話を聞くチルルの横で、キィがばつの悪そうな顔をしていた。

「でももしよかったら、僕が冒険者さんを手伝いましょうか? この辺りには詳しいですので」

「え!? ほ、本当!?」

 目の前にいるのはローザ帝国の男の子。パパメイアン皇帝からのヒントについて何か知っているかも知れない。

 チルルは男の子に助けを求め、パパメイアン皇帝が言った言葉について話した。

「強者の集いし場所、青薔薇皇帝、最も古き街……ですか。心当たりはありますね」

「ありがとう! 教えてくれると嬉しいな」

「ローザ闘技場、青薔薇記念館、ペタルの街ですね。もし親方から休みの許可をもらったら、道案内しましょうか?」

 なんと親切なことか。男の子は場所の名前を教えてくれるどころか、ローザ帝国に来たばかりのチルル達に道案内の申し出をしてくれた。

「お願い! むしろ頼むよ!」

「お任せください! 僕はトーマス・グラハム。親方に挨拶するので付いてきてくれると嬉しいです」

 トーマスはチルル達にお辞儀をすると、大通りを歩き出す。日はほとんど沈み、空には紫のカーテンが掛かっていた。

 まだほんのりと残っている薔薇の香りを思い出しながら、チルルとキィも後を追った。

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