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Heartventure  作者: -
2章 魔法大国マギカルト
16/48

16話 砂漠の老婆の再来アドマ

 チルルとキィ、メイとディア、2人を分断する紫水晶の壁。まるで嫌がらせのように、水晶越しに相棒の姿がうっすら見える。

 そんな哀れな2組を見下ろしながら、無彩色の術師が潰れ気味の鼻で笑った。

「ふん、いい気味だね」

 彼の標的となったのはチルルとメイ。相棒と分断された以上、連携が取れない分大きく弱っただろう。

 実際にそうだ。特にメイは生まれた時から一緒の片割れと引き離され取り乱している。これでは戦いなんてできそうにない。

 『ココロ』も集まったし、チルル達も簡単に倒せる。術師の目論みはまさに大成功だ。

 術師の黒い刃が投げられ、風を切り裂きながらメイに飛んでゆく。だが、チルルの剣が素早く弾き返した。

 刃はひゅるひゅると吹き飛び、紫水晶の壁に当たった途端に溶けて消える。

「きみにもう武器は無いよ!」

 すっかり手ぶらになった無彩色の術師にチルルは言い放った。だが、彼はなおも余裕な笑みを浮かべている。

「まあ見るんだね」

 無彩色の術師の指先から黒い泥が滴り、空中で刃の形に固まった。彼の周囲で何十本もの刃が浮かび、ぱっと左手で全てつかみ取る。

 そこからの動きは目を見張るものだった。左手の刃を素早く右手で3本抜き取ると、メイに向けて投擲する。速度と正確さが彼女を襲った。

 だが、数が増えたからといって反応できないほどチルルは"やわ"ではない。まるででたらめで、それでも的確な剣さばきで弾き返す。

 白金の剣に弾かれた黒い刃は真っ直ぐな軌道を描き、壁にぶつかったと同時に泥へと戻り消えた。

 それでも術師は薄ら笑いのまま。彼の手に刃はまだまだ残っていた。

「そんな怖がりなんて放っておいたらどうだい? 自分が死んじまうよ!」

 紫水晶の壁の前でうずくまるメイを指差し術師は笑う。双子の姉妹と分断されたショックと絶望はまだ消えていないらしい。

「メ……メイ、大丈夫かい!?」

「……ごめんなさい。あたし、ディアがいないとダメなの。魔法も、何をするのも」

 メイの声は小さく震えていた。これでは、自慢の魔法も使えない。

 メイとディアは2人で1人の魔法使い、双子の魔法使いなのだ。どちらかでも欠けていればただの魔法使い見習いに過ぎない。

 そしてお互いの存在は、心の支えでもあった。

「独りじゃ何もできない自分が情けないわ。お願い、ダメなあたしは放っておいて」

 まるで自分を嘲るような呟きが聞こえたと同時に、術師の手から黒い刃が放たれた。

 今のメイは、ここにいるのはただの女の子だ。片割れから遠ざけられ、孤独に怯える女の子。

 まるで初めて独りぼっちになってしまった自分に似ているようだと、どこか冷静にチルルは思った。

 目の前で父が石になり、大好きな母も魔女に敗れた。ロピ村の人々も『ココロ』を奪われ石になり、あの時確かにチルルは独りぼっちになった。

 寂しかった。

 怖かった。

 泣いていた。 

 もしキィがロピ村に来なければ、このままずっと縮こまって泣いていただろう。独りぼっちのまま、ずっとずっと。

「……大丈夫。きみは独りじゃないよ」

 そんな辛くて悲しい思いを誰かにさせるなんて嫌だ。チルルは彼女に手を差し伸べる。

 そもそも独りぼっちで怯えている人を無視するなんて、チルルの思うカッコよくてステキな人ではない。

「ぼくがここにいる」

 しかし、メイの震えた手は、チルルの小さな手を拒んだ。

「でも、あたしなんてディアがいないと、まるでダメだわ……」

「誰かに頼るのは情けないことなんかじゃないよ! ぼくもずっと誰かに助けてもらって、ここまで来れたんだ」 

 うずくまる彼女の手をチルルはそっと握り締めた。 小さくてどこか頼りなくて、それでも温かい手。

 チルルは独りだけでここまで来たわけではない。育ててくれた両親、白金の剣、ドルチェ姫、グリルブルクの国王夫妻、メイとディア、アドマ、そして相棒キィ。

 1人でも欠けていれば、1人でもいなければ、今頃チルルは魔女の瞳に立っていなかった。

「一緒にがんばろう」

 チルルはそっと微笑んだ。メイも目を潤ませたまま微笑んで、チルルの手を握り返した。

 仲間の手に引かれ、メイはゆっくりと立ち上がった。まだ胸は痛む。だが、立つことはできた。

「ふん、子供は立ち直りが早いね」

 気に入らない、と履き捨て気味に付け加えると、無彩色の術師は刃を投げる。いくつもの黒い軌跡がチルル達に迫った。

 だが、刃は一瞬にして燃え盛る炎に飲み込まれた。一体全体何事かと術師は丸くする。

「ごめんなさい、チルル。くよくよしちゃって」

 メイの杖がぱちぱちと火花を散らす。彼女が指をぱちんと鳴らせば、赤い炎はかき消えた。刃は灰すら残さず消え、黒い煙だけが微かに残る。

「あなたのおかげで立てた。本当にありがとう。さっきまでの分を取り返すわ」

「じゃあもう一度すっ転んでもらおうかい!」

 術師の手がどろりと黒く溶けた。途端に彼は強く腕を振り上げ、泥の飛沫が宙に舞う。泥は刃の形になり、チルルとメイに降り注いだ。

 10本20本どころではない刃の雨。あっという間に穴だらけになるだろう。だが、チルルもメイも動じない。

「……さっきみたいにきみに合わせたい。掛け声をお願い」

「わかったわ」

 脅威を前にして2人は深呼吸をする。そして、2人はぎゅっと手を繋いだ。

 空いた手に炎が宿る。チルルの手には小さな朱色の炎、メイの手には大きな赤色の炎。

「いっせーの……」

 炎は一気に燃え上がり、今にも全て焼き付くさんとごうごう轟く。

「鬱陶しい真似をしてくれるじゃないの! いい加減にくたばりな!」

 術師が叫び、黒い刃が突き刺さる寸前だった。2人が炎を解き放ったのは。

「デュアルファイアーッ!!!」

 輝かしい2つの炎は爆発し、宙に広がる。チルルの小さな炎を支えるようにメイの赤い炎が燃え上がり、朱色と赤の2色の渦が描かれた。

 爆炎の渦は刃の雨を逆に包み込み、部屋はたちまち蒸し暑くなる。そして無彩色の術師をも黒焦げにせんと渦は大きな口を開けた。

「――げっ」

 熱で術師の身体が揺らいだ途端、チルルとメイの目の前は炎一色になる。炎の渦はまだ燃え続け、部屋を少しずつ焦がしていた。

「もう十分だわ! これ以上は遺跡が火事になるわね」

 メイが杖の石突をこつこつ鳴らすと、炎の勢いはたちまち弱まる。そしてゆっくりと消えた。

 炎の跡には激しい焦げ跡、それと黒焦げになった粘液とハートの瓶がちょこんと乗っていた。

「……し、しまった、逃げられた!」

 青ざめた顔のチルルが無彩色の術師の残滓を見て叫ぶ。どろりと溶けて逃げ去るのは彼の得意技。焼かれる寸前に逃げてしまったのだろう。

 グリルブルク王国のヴェジタ村とボーイル洞窟、さらに今回も逃がしてしまった。追い詰められては逆転することはあっても、彼に勝つことはなかった。

 だが、無彩色の術師は狡猾で意地悪で、間抜けだった。

「……これ、中に入ってるの『ココロ』じゃないの?」

 わなわなと怒りに打ち震えるチルルの横で、メイがハートの瓶を拾い上げる。教師50人分とアドマの半分の『ココロ』がぎっしり詰まった瓶。今にも内側からパリン! と弾けそうである。

「あの人、また忘れちゃったんだ……」

 ハートの瓶を見つめながらチルルは呟く。それでも妙に落ち着かない。

 ごうごうと炎の燃える音が、まだ耳と目にこびりついていた。




 一方その頃、キィとディアはアドマを前に苦戦を強いられていた。

 次々に落ちる雷、避けきれないほどの魔法の矢、砂漠の老婆の再来と呼ばれただけあり、アドマの攻撃は激しく、同時に容赦無いものだった。

 アドマが杖を振り上げれば矢や水晶のつぶてが飛び、振り下ろせばキィ達に雷が落とされる。これまで2人は逃げてばかりだったが、とうとう限界を迎えた。

「そろそろ観念したらどうかしら。つまり諦めてくたばれって言ってるのよ」

「オマエの言いなりになってたまるか! オイラは諦めは悪いんだ!」

「それって"しつこい"って知らないのかしら」

 彼女の冷たい瞳が睨みをきかせた途端、ぴしゃんと雷が落ちる。一瞬の出来事にキィは対応できず、小さな身体を打たれる。

「うぐあああぁぁっ!!!」

「キィッ!? ちょっと、アドマ! 何をしてるかわかってるの!? ええい、バリア!」

 傷付くキィの前にディアは立ち、魔法のバリアを作り出す。しかしアドマの猛攻にとてもではないが耐えられるものではなかった。

 雷や魔法の矢を浴び、バリアはたちまち傷付く。中央にミシミシ入ったヒビがどんどん大きくなった。

「ディ……ディア……。そろそろヤバそう……」

「がんばって耐えて! 集中をするのよ!」

 今こそ刃の魔法を、とディアは叫んだ。彼女が防御に専念している以上、攻撃をするなら今しかない。

キィは刃を思い浮かべ、身体に巡る魔力を集中させる。魔力を固め、刃の形に。

ところが。

「アナタ、砂漠の老婆の再来が何人いるか知ってるかしら」

アドマの大声で集中か途切れる。頭の中に潜り込んでくるような雑音にキィは思わず目を向けてしまった。

そこにあったのはアドマの顔。それも嫌味で意地悪な彼女とはかけ離れた、涙を必死に我慢している顔だった。

「ど、どういうことなのさ」

「砂漠の老婆の再来と呼ばれた魔法使い見習いは過去に何人もいたわ。けれど、どうなったか知ってるかしら?」

「それは……優秀な魔法使いになったんじゃないの……?」

「優秀な魔法使いに!? 冗談じゃないわ!」

 ただでさえ不機嫌なアドマの、その熱が途端にヒートアップする。そんな彼女の胸の内が露わになったように魔法の勢いが増した。

「砂漠の老婆の再来はみんな魔法使いのトップにいたわ。でも最初の内だけ。大人になる前に凡人どもに追い抜かれていったわ」

「ちょっと待って! それって――」

「みんな砂漠の老婆の再来じゃなかった。成長するのが他の連中より早いだけ。アタシもよ」

 砂漠の老婆の再来ともてはやされた魔法使いの見習いは、単なる早熟に過ぎなかった。ある者は途端に"平均"へと収まり、ある者は大人に並んでいたはずが付いていけなくなり、またある者は学校の主席としての教育が頭に入らなくなった。

 いつしか彼らの成長は緩やかになり、ゆっくり歩いている内に自分達よりずっと劣っていたはずの凡人が隣に立っていた。

 今のアドマは"砂漠の老婆の再来"として成長している最中である。しかし、果ての無いと思い込んでいた伸びしろには天井が存在していた。

「だから今の内にみんなぶっ殺してやるわ! アナタよりも、アナタ達双子より前に居続けてやるんだからッ!」

 彼女の慟哭と共に、がしゃんと部屋に雷が落ちた。槍の如く激しい落雷は魔法のバリアを打ち砕く。驚愕するキィとディアにアドマは唸り声を上げた。

 しかし、アドマの嘆きのおかげで2つ解決したことがある。アドマは心から魔法を覚えるのに苦労しているキィに心から同情していたのだ。友達に先を越されたキィは可哀そうで見ていられない。だから柄でもないのに手を差し伸べてしまった。

 そして彼女はメイとディアが怖かったのだ。未来を信じ、成長を信じ、自分の後ろで走り続ける彼女達が。

「どうせただのアドマになるなら、アナタたちが死ねば邪魔者は減るわ! アタシは悪い子なのよ!」

 怒りのままに再び魔力を杖に込めるアドマ。だが、どれだけ危なかろうが、どれだけ怖かろうが、哀れな様を見ていられないのはお互い様だった。

「ダメだよアドマ!」

 キィの叫び声が古い部屋に響いた。一瞬、アドマが動きを止める。だが、彼女に良心など残っているはずがない。

「自分の未来を自分で縛っちゃダメだ! キミの成長が止まるなんて誰も言ってないだろ!」

「それは――」

 魔法を放たんと杖を掲げたアドマがたじろいだ。彼女は誰もに"砂漠の老婆の再来"ともてはやされた。だが、早熟なだけに過ぎないとは言われていない。

 心が揺らいだアドマに、キィはさらに語りかける。

「オイラとチルルは家族や故郷を救うために冒険している。キケンがいっぱいだし、もしかすると死ぬかもしれない」

「だったら諦めちゃえばいいじゃないの! どうせアナタたちなんかには無理よ!」

「でも、最初から諦めていたら何も変えられないんだ!」

 それこそがアドマの認知の歪みだった。根深く固まった思い込み、彼女をしなくてもいい恐怖と憎悪に駆り立てていたものの正体だ。

 嘲り哀れんだ妖精の少年に言われるまで一生気付かなかったであろう真実に、彼女の杖に宿った魔力が薄れた。が、すぐに魔力を注ぎ込んだ。喉の奥から絞り出した金切り声と共に。

「だから、だから何だっていうのよ!」

 杖の宝玉が電気を帯び、極大の雷の塊となる。あれを喰らえばひとたまりもない。それどころか一瞬にして死、生命の危機が脳を過ぎる。

 涙を浮かべた目のアドマが、キィ達2人に杖を向けた。彼女の憎悪が放たれるその時、キィがふっと目を閉じる。

 彼の頭に浮かぶは銀の水。ぽちゃんと思考の暗闇に落ちた途端、急速に固まる。そして白銀の光が彼のイメージを彩った。

 キィの目が開いた時、彼の手には鍵のような形をした銀色の刃が握られていた。

「……ずっと考えていたんだ。ゴーレムとの戦いは何もできなくてごめん」

 とうとう自分だけの刃の魔法を完成させたキィは、後ろに立つディアに声を掛ける。しかし彼女は誇らしげな笑みを浮かべていた。

 刃を握り締めたキィは、強大な魔法を宿したアドマの杖の宝玉に狙いを定める。無彩色の術師のように、キィに刃を投げる力は無い。だが、彼には妖精の魔力がある。手と手を硬く握り強く念じれば、彼の刃はふわりと浮かぶ。

 やるべきことは決まった。早く彼女を憎しみから楽にしてやれと、キィは鍵の刃を飛ばす。恨み嫉みに囚われたアドマの視界に刃は映らず、さくり、と宝玉に突き刺さった。

 その時、宝玉に入った傷から眩い光が漏れる。次の瞬間、宝玉はドカンと雷鳴と共に粉々に爆ぜる。その衝撃のあまり、アドマの目に浮かんだ涙すら吹き飛んだ。

「……なんで?」

 怒りに満ちた顔がたちまち純粋な疑問を抱く表情になる。が、すぐに憤怒の色へと戻った。

「どうしてくれるのよ! アタシの邪魔をしないでッ!!!」

 ボロボロになった杖をキィに振り上げたその時。

「ごめん、アドマ!」

 ディアが自分の杖でポカリ。アドマの後頭部をぶん殴った。アドマは一瞬で意識を失い、その場に倒れる。

「……オイラたち、勝った、のかな……」

「……ええ、たぶんね」

 すっかり伸びてしまったアドマを心配そうに見ながら、キィとディアは呟いた。砂漠の老婆の再来との戦いの終局はあまりにもあっけなかった。

 魔法の使い手が倒れたからか、チルルとキィ、メイとディアを隔てた紫水晶の壁が消滅する。遠くから、チルルとメイが駆け寄り相棒に抱きついた。

「キィ! 大丈夫だった!?」

「オイラはこの通りさ! んまー、大丈夫じゃなかったけどね」

 親友の無事に大喜びするチルルに、キィは胸を張って得意げに笑った。

「ディアーッ! あなたに何かあったらと思うと、あたし、あたし……」

「あたしは平気よ。メイも元気でよかったわ。本当に、本当に……ぐすっ」

 片割れとの再会に、ディアは思わず目が潤む。メイとは違って流れていなかった涙が今になって出てきそうだ。双子の魔法使いは互いに抱きしめ合い、オイオイ泣き始めた。

「……ひっぐ、えっぐ、そ……そうだ! みんなを助けないと! チルル、『ココロ』の瓶を!」

 泣き腫らした眼のメイが言うと、チルルはすぐさまハートの瓶の栓を抜こうとした。だが、意外にも固くなかなか抜けない。キィも一緒になって引っ張るも、びくともしなかった。

 そこにメイとディアも加わり、4人がかりで引っ張る。その時、瓶がつるりと手から滑り落ち、耳が痛くなる音を立ててバラバラに砕け散った。中に閉じ込められていた50人分と半分の『ココロ』は窮屈な瓶から解き放たれ、元あるべき場所へと帰っていく。

 半分に割れた『ココロ』がアドマの胸の穴へと戻った時、彼女のまぶたがぴくりと動いた。

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