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Heartventure  作者: -
2章 魔法大国マギカルト
12/48

12話 魔法使いデビュー

「それでは1日目の授業を始めます! はい、起立! 礼! 着席!」

 最初の授業は明らかにノリノリなメイとディアの声で始まった。とりあえず彼女らの号令に合わせて礼をしたチルルとキィは、特別にプレゼントされた新品ノートを開いた。

 昨日、マギカルト魔法学校で出会ったメイとディアは、アイの結晶の調査が終わるまで放課後にチルル達に魔法を教える事になった。本日がその記念すべき第一回目の授業である。

 メイとディアの授業が終わるまでチルルとキィは暇で仕方なかった。校内は授業中であまりうろうろできないし、図書室の本は魔法の素人には難しすぎる。マァリン女王が貸してくれた学生寮のゲストルームでずっとだらだら過ごしていたのであった。

「では、まず2人に習得してほしい魔法を教えるわね。黒板をご注目~」

 教師になりきったつもりのメイが、黒板にチョークでかりかりと文字を書く――なんて事はなく、彼女が魔法の杖を軽く振り上げただけで、チョークがふわりと浮き、文字を独りでに書く。

「チルルは炎の魔法、キィは刃の魔法を憶えるのよ」

「わーい……って、1つだけ!?」

「そう。1つをみっちりきっちり憶えてもらうわね」

「ちぇっ。オイラ、たぁっぷり魔法が憶えられると思ったんだけどなぁ」

 キィがぼやくと、真面目な顔のメイとディアは同時に首を横に振る。

「先生方はすっごい魔法使いばかりだから、調査が終わるのはあっという間よ」

「時間は無いわね」

「はぁい、わかりました~」

 ちょっとだけしゅんとしたキィが呟いた。

「はいはい注目~! これからチルルとキィに憶えてもらう魔法について説明するわね」

 またまたチョークが動き出し、黒板をびっしりと文字で埋め尽くした。


 炎の魔法は数ある魔法の中でも憶えやすい魔法。己の魔力を炎に変え放つ、シンプルだが使いやすく、強力な魔法だ。メイとディアもこの魔法を得意とし、つい最近行われた12歳以下の魔法大会で準優勝を勝ち取った。

 刃の魔法もまたシンプルかつ応用の利く魔法である。己の魔力を刃の形にし、敵を攻撃する。パンを切り分けるためのナイフから巨大な剣まで、鍛え上げればどんな刃も作れるストイックな魔法だ。

 チルルとキィにこれらの魔法を憶えさせるのには意味がある。それぞれの元々の役割に合わせた戦力強化のためだ。

 元々白金の剣で戦えるチルルには使いやすく応用の利く炎の魔法を。もし剣が使えない時にもう1つの武器として使えるし、ゆくゆくは剣と炎を組み合わせて戦う事もできるようになるかもしれない。

 現状戦力と言えるものを持たないキィには"もう1つの剣"として刃の魔法を。2人で戦わねばならない時、チルルの横に並ぶのならば刃がぴったりだろう。同系統の技を身に付ければ、時にチルルと素晴らしいコンビネーションを発揮できるだろう。

 そして何より、この2つの魔法は憶えやすく活用しやすい。初級の魔法ではあるが、頑張って使いこなせれば強力な武器になるのだ。

 ところが新しい技術を身に付けるのは大層難しい事であり、授業は思ったより進まなかった。ほとんど知識の無いチルル、魔法に長けた妖精の種族であれど魔法を学んだ事の無いキィ。素人中の素人だ。

 だから最初の授業は魔法の基礎だけをとにかく噛み砕いて教えるだけで終わった。

 "魔法とは己の魔力を形にする事"、これが1回目の授業のまとめである。

 それから授業と自習を繰り返す日々が続いた。メイとディアがマギカルト魔法学校の生徒として授業を受けている間、ゲストルームで授業の復習をし、彼女らの特別授業が始まれば熱心に学んだ。


「……すごいじゃないの! たった1日でこんなにも出来上がるなんて!」

「へへへ。ありがと」

 キィの手のひらに浮かんだ白いもやを見ながらディアは言った。

 妖精という種族は人間よりも神秘的な存在。魔力もその分純粋であり、幼い時から魔法を手足の様に使える者もいる。故に魔法が上達するのが隣の席でウンウン唸っているチルルよりずっと早かった。

「人間にとって魔法は憶えて使う道具だけれど、あなたたち妖精には身体の一部。とは勉強したけど、実際に見ると驚くわ」

「イマイチ実感は湧かないけど、オイラもビックリしてるよ」

「魔力を形にするするのができたんだから、魔法の完成まで後一歩よ!」

「う、うん!」

 刃の魔法の仕組みは己の魔力を"刃"として具現化する事。一般的には自分の魔力を固めるイメージを思い浮かべて発動させる。

 かの魔剣の花嫁ラナーもまた刃の魔法の使い手だ。刃の魔法を極めた彼女は美しい剣を操るらしい。ウェディングドレスを模したドレスを纏い、純白のレイピアで力強く突き刺す。そして彼女が気を集中させると、何本もの剣が宙に現れて的へと飛んでいく。その完璧な美麗さたるや、昨日実際に見たチルルもキィも口をぽかんと開けたまま立ち尽くしているほどだった。

 しかしキィの完成度はあと一歩止まりであった。隣の席のチルルは未だにノートと黒板を交互に見ては頭を抱えている。それよりはずっとマシだ。だが、キィはあと一歩の先に進めなかった。

 魔力を刃の形にできない。いくら刃の形に固まる魔力をイメージしても、どうしてもぼんやりしたもやしか作れなかった。

「大丈夫大丈夫。初めはみーんなこんなものよ。ラナー先生やマァリン女王さまだって最初はこうだったんだから」

 失敗作の"もや"ができてしまう度に、ディアは否定せずに励ましてくれる。だが、いくら練習すれどその日は魔法を完成させられなかった。




 2日目の授業の後、チルルとキィは図書室で勉強をしていた。

 最初の授業は魔法の説明で終わり、2日目の授業はメイとディアがつきっきりで魔法の練習をした。だが、習得する事はできなかった。

 チルルは単純に練習不足。本格的な練習を始めて1日目である、むしろ成功させられる方が妙なほどだ。

 しかしキィは心に軽く傷を負っていた。必死に魔法の練習をしたのに関わらず、"あと一歩"止まりのまま。これも練習を始めたばかりであるため当然である。

 だが、あと少しで完成させられたのに――、そう思う度にやるせない気持ちになった。

 そこで図書室に行けば何かヒントが得られるのでは。と、2人は足を運んだのである。

 ところが。


「……チルル、あと何回右に曲がれば初級魔法の本棚?」

「わかんない」

「チルル、何回右に曲がったっけ」

「わかんない」

「チルル、何かわかる事はある……?」

「どこも似てる本棚ばかりでわかんなくなってきた……」

 マギカルト魔法学校の図書室はあまりにも大きかった。3つの階を丸々使うほど広く、天井まで届きそうなほどの高い本棚がいくつも置かれている。

 そしてどの本棚も似ているものだから、新入生や客人は迷ってしまうのだ。

 魔法学校の巨大な図書室。叡智の宝庫というよりは、ちょっとした迷宮と言ってもいいだろう。

「……うーん、地図を見てもよくわかんないや……」

 壁に貼られている全体地図を見ながらチルルは顔をしかめる。不親切な事に現在地も書かれていなかった。

「まあ、まだ出口から離れすぎてないし、一旦戻る?」

 すっかりくたびれたキィがチルルに尋ねると、首肯が返ってきた。今日はゲストルームで休むとしよう。元来た道を思い出しながら歩いていると、別の足音が近づいてくる。

「あら、あら、あら」

 フローリングを踏みつける乾いたローファーの音。聞いた事のある嫌味な声と共に、彼女はやって来た。

 アドマ。紫色の瞳が、メイとディアにも向けた敵意の眼がぎろりとチルル達を睨みつけてくる。

「女王さまから話は聞いているわ。チルルさんとキィさんね」

「そ、そうだけど……」

「なんでもメイとディアから魔法の授業を受けているらしいわね」

「う、うん……」

「ちょっと」

 強気な物言いのアドマにチルルがたじろいでいると、代わりに前にキィが出た。

「オイラたちに何か用でもあるのさ?」

「いいえ? たまたま背中を見かけて気になったものだから、追いかけてみたらたまたま会っただけ」

 どこが"たまたま"だ。と言いたくなるのをぐっとこらえ、キィは笑顔を取り繕った。

「それにしてもキィさん。魔法は憶えられたかしら」

「まだだけど」

「あら、そうなの。妖精はアタシたち人間より魔法が上手いと聞いたのだけどね。意外だわ」

「うげっ」

 この時キィは確信した。間違いなくアドマは嫌味を言うためだけに迷宮じみた図書室で迷う自分達を追ってきたと。

 どういう手口なのかは知らないが、キィが魔法を習得できなかったのをアドマは知っていた。そして一昨日会ったばかりのチルルとキィを小馬鹿にしてきた。

「ななな、なんだよ! 悪いかよ!」

「いいえ」

 静かな声で、それでもキィを苛立たせる様にアドマは言う。

「それとも妖精が魔法が得意なんて嘘だったのかしら? アタシの勉強不足ね」

「こ、こいつ! オイラだけならまだしも妖精をバカにするなんて……!」

「キィも妖精たちもダメじゃないよ! 最初からうまくできる人なんていないって!」

 激昂寸前のキィの言葉を遮る様にチルルが叫んだ。友達が馬鹿にされているのを黙ってみているなんてチルルにはできない。

「キィをバカにしないでよ! 隣の席で頑張って練習しているの、ぼく知ってるんだから!」

「そうやってできない人同士で傷を舐め合うの、みじめにならないのかしら?」

「これからできるようになる! そんな言い方はひどいよ!」

「だからみじめにならないのかって聞いてるのよ。辛くなるだけよ! とてもじゃないけど見てられないわ」

「――いい加減にするんだな」

 チルルとアドマが火花がバチバチ散りそうなほど睨み合っていると、突如険しい声が聞こえる。その場にいた者達が気が付いた途端、喧嘩寸前の2人の間に純白のドレスの女性が現れた。

「ラ、ラナー先生……!?」

「アドマ・タウィーザ、チルル、キィ。図書室での喧嘩は禁じられている。入り口の貼り紙が見えないのか」

 剣の如く鋭い目を向けたまま、それでも小さな声で叱りつける。

「……だが、3人とも初犯という事で今回は罰を免除する。あくまで今回は、だ」

「あ、ありがとうございます……」

「申し訳ありません、ラナー先生」

 ぺこりと謝るチルルとキィの横で、アドマは深々と頭を下げる。しかし、憎悪の眼差しをチルル達に向けていた。

 ラナーは寛大な様だ。チルル達に非があるとは言え、お説教や罰は嬉しいものではない。

「しかし、なぜ喧嘩などしていたのだ? お前達がそんな真似をするとは到底思えないな」

「アドマがオイラたちをバカにしてくるんだ!」

「キィ、静かにしないと」

 すっかり頭に血が上っているキィがまた大声を出しそうになると、チルルが制止する。

「確かにアタシが彼らをバカにして、それで喧嘩になったわ」

「……ふむ。アドマよ、我々魔法使いは智の申し子。新たな学を志す者には敬意を払うのが道理だろう」

「先生の言う通りですね」

 それでも不服そうな表情を隠せないまま、アドマはラナーに賛同する素振りを見せる。ラナーも教え子の不満に気が付いているだろう。その証拠に、ラナーの顔は険しい。

「チルル、キィ。時には相手をするだけ損をする事がある。だが、もし直接危害を与えてくるのなら仕返しをしてもいい」

 ただし図書室の外でやるように。と、ラナーは付け加えた。

「いいか、喧嘩は子供の華だ。だが、場所をわきまえろ。知恵の宝庫で騒ぐな」

「わかりました……」

 結局ラナーの仲裁のおかげで喧嘩寸前に終わり、これ以降は何事も無く終わった。




「それじゃあ昨日のおさらいをするわ。炎の魔法の仕組みは魔力を炎に変える事ね」

「うん。でも、どうやって変えるの?」

「自分の中に魔力が、魔法の力がたっぷりあるって考えて。それを油みたいに火を付けるイメージを思い浮かべてね」

「ぼ、ぼくの中を燃やしちゃうのっ!?」

「あくまでものの例え! 本当に火を付けたら死んじゃうわ!」

 図書館の一件の翌日も授業は予定通り行われ、チルルはメイから炎の魔法について教わっていた。しかし、どうも理解するのが難しく頭を抱えてしまう。

 無理のない話だ。チルルの父親は魔法使いだが、彼から魔法について詳しく教わったわけではない。大昔に我が子のために簡単な事を話しただけで、本格的な事を学んだわけではないのだ。

 もちろんこれまでの授業は真面目に受けたし、自習もした。それでもいまいち理解できなかった。

「魔法を使うのに必要なのはイメージよ。考えてみて」

「う、うん……」

 チルルの父曰く、魔力とは神秘のエネルギーであり、あらゆる生物の身体に満ちているらしい。それを強いイメージで形にするのが魔法であると、ずっと昔に教えてくれた。

 炎の魔法のイメージは自分の中の魔力に火を付ける事。火をおこすには燃料が必要。本物の炎であれば油が必要だが、魔法の炎には魔力が必要だ。

 チルルは目を閉じ、必死に思い浮かべる。ロウソク、マッチ棒、ランプ、暖炉、たき火、あらゆる炎を思い浮かべ、熱と色を思い出す。そしてその炎を今から自分は作り出す。マッチ箱を擦る様に、魔力にそっと点火する。途端、柔らかな熱が満ちるのを感じた。

 そしてもう一度イメージを創る。今度は生まれたての小さな火に燃料を注ぐ様に、魔力を集中させる。もっと燃やせ、どんどん燃やせ。もっと燃えろ、どんどん燃えろ。めらめら、ばちばち、ごうごう、熱く熱く――。

 ぼっ、小さく火の付く音がチルルの耳に入った。ゆっくりと目を開けると、指先に小さな魔法の火がちょこんと燃えているではないか。

「すっごい! 上出来ね!」

 どうやら上手くいったのだろう。メイはきらきらした目でチルルの炎を見つめていた。

 チルルの炎は風が吹けば消えそうなほど小さくて、ゆらゆらと揺らいでいる。しかし、チルルの指先で確かに燃えているのだ。

「や、やった……! できた! ぼくにも、できたんだ!」

 生まれたての小さな炎がチルルの瞳に映る。チルルの服の様に綺麗な朱色の炎。初めて魔法を完成させた喜びのあまり、見とれてしまいそうになった。


 それを隣の席で見ていたキィは複雑な表情を浮かべていた。

「あちゃー、先越されちゃったかぁ……」

 相棒の成長だ。嬉しくないわけがない。それでもなぜか昨日のアドマの話が胸につっかえて気分を邪魔する。

 いくら素人だとしても自分は妖精。だが、もっと素人のチルルが先を行った。それがほんの少し悔しいのだ。


 ――あら、そうなの。妖精はアタシたち人間より魔法が上手いと聞いたのだけどね。

 ――それとも妖精が魔法が得意なんて嘘だったのかしら?


 今思い出しても腹が立つし、それ以上に自分が嫌になる。昨日の事を考えれば考えるほど自分が先を越された事実を思い知らされる。

 

 ――そうやってできない人同士で傷を舐め合うの、みじめにならないのかしら?


 終いには哀れまれる始末である。自分が情けなくてたまらない。

 何考えてんだろ、とキィはため息をつく。こんな気持ちに漬っている時間があれば、チルルに追いつけるじゃないかと自分を鼓舞させた。

「……おーい、キィ。どうしたのー?」

「ごめん、ボンヤリしてた」

 心配そうに声を掛けるディアにキィは笑顔を作って返す。それよりも授業だ。とばかりに勉強を再開した。




 そしてマァリン女王らがアイの結晶の調査を終えたのはその夜である。メイとディアの授業中に伝令の召使いが現れ、翌朝に冒険の準備をして女王の塔まで来るようにと頼んだ。

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