11話 魔法女王マァリン
マギカルト魔法学校別棟20階。校内にそびえ立つ高い塔の最上階に校長室は設置されている。玉座の間としても機能しており、マァリン女王に謁見する者はこの塔を登らねばならない。
……というのも200年ほど昔の話。さすがに何千何百もの段の階段を登らせるのは生徒や客人にとって負担になるだろうと魔法で動くエレベーターが設置された。
設置以来、幸いにも故障や劣化など様々な事故は起こらず、今もなお当時の姿のまま利用されている。
「ていうかさ、どーしてわざわざ塔にいるのさ? ここじゃないとダメな理由でもあるの?」
「マァリン女王さまは外ではお身体が崩れてしまうの」
長い廊下を歩きながら呟いたキィの素朴な疑問にメイは答える。
よくよく考えれば、校長であり一国の女王であるのなら高い塔の上に行かねば会えないというのは妙な話だ。それでは非常に不便である。しかし、どうやらちゃんとした理由があるようだ。
「そうね。女王さまは永遠の魔女。でも人間のままじゃ永遠にはなれないの」
「そうよ。永遠になった代償として、魔法の塔にいないと身体が保てないの」
「……不老不死みたいなもの?」
「半分だけ正解!」
メイとディアは同時に言った。
不老不死、多くの物語でも題材として使われるほどの非現実的な概念。あらゆる生物はいずれ老いて死ぬ。それは逃れられない定め。
「キィ、"ふろうふし"って?」
「シワシワのじいちゃんばあちゃんにもならなければ死ぬ事も無いってコト」
「す、すごい! でもそれって本当に生き物なの?」
人間も動物もいずれ老いるし死ぬ。チルルの疑問は至極真っ当なものだ。しかし、メイとディアは揃って首を横に振る。
「女王さまは人間じゃないわ。魔力さえあれば身体を永遠に保てるの」
「へえ~。いまいちよくわからないけど、すごいんだね」
「ホントにすっごい魔法使いなんだからね!」
「チルルも会ったら驚くはずよ!」
マァリン女王の話をするメイとディアはとても嬉しそうだ。きっと女王は生徒達から魔法使いとしても、女王としても尊敬されているのだろう。
しかし、永遠と呼ばれるぐらいだ。もしかすると彼女はデイナー女王の先祖からアイの結晶を受け取った張本人かもしれない。そうであれば今回のアイの結晶は思ったよりもすぐに手に入れられるかもしれないのだ。
そんな話をしている内に、一行は塔のエレベーターの前まで着いた。今は誰かが乗っているのか扉が閉まったままである。
「このエレベーターっていうの、どうやったら乗れるのかな」
「今は降りている途中だわ。もうすぐ着くはずよ」
ディアの言った通り、エレベーターは到着し扉が開く。すると中から1人の女の子が現れた。
メイとディアと同じくマギカルト魔法学校の生徒なのか、オレンジ色のローブの制服ととんがり帽子を身に纏っている。肌の色は褐色で、紫色の瞳であった。
そして彼女はメイとディアを見るなり、不愉快そうに睨みつけた。
「その方々はどなたかしら。うちの学校は部外者は禁止よ」
「イトコよ、"砂漠の老婆の再来"さん。家族は例外でしょ」
「そうね。今、マァリン女王さまの所に連れて行っているのよ」
「……そう」
女の子は素っ気無さそうに返事をすると、つーんとした顔で去っていく。明らかに機嫌が悪そうであった。
「なんだよ、感じ悪いヤツだなあ」
キィは口を尖らせてぼやいた。あの女の子は確かに嫌そうな顔だ。そう思われてもおかしくない。
「あの子はアドマ。ちょっとツンツンしているだけで悪い子じゃないの」
「すっごく強いわ。この前の魔法大会でコテンパンにされたのよ」
「この学年じゃ一番強いし、ひょっとすると全ての生徒で一番強いかもね」
メイとディアはまた一緒に「ねーっ」と声を合わせる。しかし、あの褐色の女の子、アドマの本当に悪い子ではないとは到底思えない態度だった。
丸出しの敵意と嫌悪に鋭い視線、あれは大嫌いな人間に向ける目だとチルルとキィは感じていた。
エレベーターが最上階に辿り着いたのは3分後。扉が重々しく開くと、目の前に身の丈の何倍もある巨大な扉が現れた。
しかし扉には取っ手がない。だが、チルルが手を触れると扉に奇妙な文様が浮かび上がる。そしてがたん、と重々しい音と共に独りでに開いたではないか。さすがは魔法大国マギカルト、魔法の仕掛けがあるのも当然だ。
奥にはまたも扉。だが、今度は近づいた途端にばたんと開く。その奥にあった扉も、その奥の扉も、さらにその奥の扉も奥の扉も奥の――。
最初の扉のずっと奥にあった扉にだけ取っ手が付いていた。メイとディアが引っ張ると、ぎぎぃと鈍い音が響く。その奥にもまた扉が、なんて事はなく、美しい2人の女性がいた。
1人は綺麗な橙色のドレスを纏い、玉座に腰掛けている。もう1人は花嫁衣装に似ている白いドレスを着た、凜々しい顔付きの女性。2人目の女性はアドマの様に褐色の肌であった。
「ごきげんよう、女王さま! メイです!」
「ごきげんよう、女王さま! ディアです!」
「ごきげんよう。メイ、ディア。……あら、そちらの子供達は?」
玉座の女性、マァリン女王はメイとディアに挨拶をした後、チルル達の方を見る。白いドレスの女性もチルル達の方を警戒気味に見つめた。
「ぼくはロピ村から来たチルルです!」
「オ、オイラは妖精のキィです! じょ、女王さまにお願いがあってここまで来ました!」
「まあ、子供達だけで? よくぞここまで来ましたね」
マァリン女王は穏やかに微笑む。デイナー女王やデリー王の様に優しそうな人の様だ。
チルルは背負ったカバンからマァリン女王宛の書簡を渡すと、彼女しっかりと見る。一文字一文字噛み締める様に読んだ彼女は、そっと横の女性に渡した。
「わかりました。親愛なるデイナー女王は貴方達への協力を望んでいます。私達も喜んで手を貸しましょう」
「ありがとうございます、マァリン女王さま!」
「それにあのモノクロの魔女の所行は魔法使いの風上にも置けません。私個人としても許し難いです」
彼女の助けを得る事はできた。国のトップたる彼女の力と権力があれば、モノクロの魔女や無彩色の術師に邪魔される前にアイの結晶を手に入れられるだろう。
「ラナー、貴方もデイナー女王の書簡を見ましたね。手の空いた者にアイの結晶の調査を命じてください」
「はっ、承知しました」
ラナーと呼ばれた白いドレスの女性はマァリン女王にお辞儀をすると、校長室を出て行こうとする。チルルとキィにすれ違った時、彼女はドレスの裾を持ち上げうやうやしく礼をした。
「チルルとキィだな。私はラナー、我々マギカルト魔法学校は君達に喜んで協力しよう」
校長室を去るラナー。彼女の背を見送りながら、メイとディアは目を輝かせていた。
「生徒でもないのに魔剣の花嫁から声を掛けられるなんて、あなたたちってツイてるわね!」
「魔剣の花嫁は一番人気の先生。本当に羨ましい限りよ!」
部外者のチルルとキィにはあまりわからないが、あのラナーという教師は凄い人なのだろう。しかし彼女はただ者とは思えない顔をしていた。
花嫁衣装の如くのドレスと凜々しく引き締まった面構えはアンバランスどころか、むしろ純白のドレスを着るに相応しく見える。たおやかな強さを思わせる姿そのは、チルルには母の様に見え、キィには妖精の女王の様に見えた。
「チルル、今回のアイの結晶は結構すぐに手に入るかもね」
「それはどういう事ですか?」
「え?」
もしも永遠の魔女たるマァリン女王がデイナー女王の先祖からアイの結晶を受け取っているなら、アイの結晶はあっさりと手に入るはずだ。直接持っているわけでなくとも、そんな大切なものは国の宝として伝わっているだろう。
しかし、問題が浮上した。
「……申し訳ありませんが、私の私物にも重要な品にもアイの結晶らしきものはありません」
「え、えええっ!?」
問題はそもそもアイの結晶をマァリン女王が持っていない事だ。
アイの結晶のありかがわかるまでしばらくチルル達はこの国に滞在する事になる。だが、それは何も悪い事だけではない。
「ねえねえ。調査が終わるまでちょっと魔法の勉強をしてみない?」
メイとディアが得意げな顔でチルル達に尋ねる。
「ぼくも魔法が使えるようになるの!?」
「あたしたちの授業に付いていけたらね」
魔法。神秘と不可思議の領域。チルルの父親はそれを使いこなしていた。自分も魔法が使いたい。父親の様にカッコよくてステキな大人になりたい。返事を尋ねられる前に、目をきらきらさせて「教えて!」と言った。
期待に胸を膨らませているのはキィもだった。キィができるのは生まれ持った鍵を操る魔法だけ。それ以外のものは習った事すらなかった。
「オイラにも魔法を教えてほしい!」
「大丈夫よ。あたしたちがビシバシ教えてあげる」
自信たっぷりに言うメイとディアの顔は期待と喜びに満ちていた。正に頼りがいのある面構えだ。
かくしてメイとディアによる、チルルとキィの授業が始まったのであった。