分かりやすい2
「んで、何にする?」
ツトムの言葉に、わたしは多分人生史上最高の笑みで、ゆっくりと一音ずつ句切るように答える。
「ホットコーヒーで」
絶対飲まなかったアイスコーヒーをオーダーするツトムを見て、わたしの芯は冷めていく。わたしはツトムの代わりにホットコーヒーをオーダーする。もう温かくはなれないと分かっていても。
ツトムに再度促されて、白を基調とした小洒落た店内を奥のテーブルへゆっくりと歩く。
邪魔にもならず耳にも残らないBGMを聞きながら、さっきガラス越しに見た楽しそうな人達の間を通り席に座ると、引いていく汗の代わりに店内の涼しさが染み込んでくる。
窓から眩しい陽が差し込んできて、それにつられるように外に目を向ければ、ここから見ても分かるほど汗をかきながら人々が行き交う。その人達から見れば、涼しげな場所にいるわたしは楽しそうに映るのだろうか。さっきわたしが思ったように。終わりの確信を一つ手に入れて、最後通牒を突きつけようとしているのに。
それにしてもツトムは分かりやすい男だ。すぐに誰かに影響される。それは長所でもあるし短所でもある。軽すぎる共感力。そのお陰で女の存在も感づいたのだけれど。二ヶ月前くらいから影がちらつき始めた。絶対見なかった恋愛映画の話をしてみたり、あげくの果てにはタピオカがどうとか言ってみたり。そして極めつきが今回のカフェ。明らかに同性の影響なわけがない。
はああ……。ほら、見て。わたしはまったく楽しくないからねと言わんばかりに、窓の外に向けてため息を一つ投げた。
「お待たせ」
いつの間にかテーブルに着いたツトムが、わたしの前に店のロゴが入った白いマグカップを置いた。うっすらと立ち上がる湯気が軽るめの香ばしい匂いを運んでくる。
向かいに座るツトムにゆっくりと顔を向けて、「ありがとう」と笑みを乗せて返す。
ツトムのアイスコーヒーが入ったグラスは早くも水滴が滲んでいる。
「いやー、やっと落ち着いたね」
ツトムはわたしに細めた目を向けて、さされたストローに口をつけてアイスコーヒーを吸い上げた。
グラスを置いたままで口をつける行儀悪さが気にくわなくて、わたしは嫌みがてらに「ねえ、ツトム。アイスコーヒーなんていつから飲むようになったの?」と尋ねた。
ツトムはストローから口を離し、ニカッと白い歯を見せる。
「ん? そりゃあこんだけ暑いとさあ、冷たいの飲みたくなるでしょ?」
その言葉にわたしは一歩踏み込む。
「前は邪道だって言って、絶対飲まなかったよね。それに、こんなカフェも気にくわないって」
ツトムはご自慢の大きな二重眼を少し見開いて、不思議そうな顔をした。
「あれ? そうだっけ? それ、マキの勘違いじゃね?」
白々しく答えて、またストローに口をつける。
軽い。あまりにも軽すぎる。自分が熱く語ったポリシーをこうも簡単に変えられるなんて。ポリシーカメレオンか? いや、それとももはや単純に記憶にすらないのかもしれない。
ああ。そういえば、わたしはこの軽さが良くてつきあったんだった。前彼はあまりにも真面目で、そして重すぎた。それに耐えれなくなって悩んでいた時にツトムが現れた。人数合わせで参加した合コンでの軽いノリと聞き上手な感じが、その時のわたしには心地よかった。反動と言ってしまえばそれまでだけれど、ちょうどいい相手なんて中々いないものだ。