表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ギャグ&ナンセンス(ゆるいっす☆)

勇者の少女と三匹の子分たち 〜 伝説のキドニー・パイを求めて 〜

作者: 檸檬 絵郎



 ここは異世界。ひとりの少女が棍棒を手に持って立っている。―― 勇者だ。


 しかし、彼女は転生者でもなければ転移者でもない。この異世界は、そう甘くはない。想像を絶する強敵たちが、彼女を待ち受けていた……


 これまでさまざまな宝物を手に入れてきた百戦錬磨のトレジャーハンターである彼女が、今回探し求めるのは、―― 巷に伝わる伝説のキドニー・パイ ―― 直径ゆうに30センチメートルを超えるきつね色のキドニー・パイ……のような見た目の宝石だそうな……。


 彼女はまず、森で犬を従えた。次に温泉郷おんせんごうへ行って郷のボス猿にレスリングで勝ってこれを従え、そして宿屋で拾円じゅうえん払ってきじを買った。彼女はこれらの家来とともに海を渡って、伝説のキドニー・パイの眠っているというヨーガシジマへと向かった……のであるが、その途中で山岡大夫やまおかだゆうなる豪商の船に出くわした。


「おい、娘」

「なんか用かい」

「その犬、どこで見っけた」

「森だ」

「その猿は」

「温泉郷さ」

「では、雉は」

「はて、どこだったかねえ」

「とぼけるのもいい加減にしなっ!」


 大夫は刀を抜いた。


「待ちなよ、兄ちゃん。いい加減もなにも、まだ一回目じゃないかい。せめてもう一回くらいは猶予が欲しいね」

「なんだと、小娘が」

「いや、御仏様のご尊顔ですら三回まで拝めるんだから、どこの馬のえさかもわからないような人間さんじゃ、四、五回は怒りを飲みこんで、草食系のマヌケヅラで過ごしてくれるべきだろう。そうじゃないかい」

「まあ、それもそうだな」


 大夫は納得して刀を納めた。


「まあ、それはそれとして、だ。そんな嬢ちゃんにいい話がある」

「なんだい兄ちゃん、だまそうったってそうはいかないよ」

「だまそうなんて考えちゃいねえ。取引だよ、取引。でいーるってやつだ」

「ディールだろう。あたしゃだまされないよ」

「ふん、なかなか賢いじゃねえか。ブリテンでも食ってけそうだな」

「で、どんなディールを持ちかけようってんだい」

「簡単な話さ。あんたのその家来どもと、俺の持ってる光線銃とを交換しようって話だ」

「へえ……。で、その光線銃ってのはどれだい」

「これさ」


 ぴひゅーんっ! ―― 大夫は光線銃を撃ってみせた。


「へえ、そいつあいいね。……しかしあんた、こいつらを買ってどうするつもりだい」

「へ、簡単な話さ。紅生姜大夫べにしょうがだゆうってのに、奴隷として売ってやるのさ」

「おっと、そういうことならお断りだよ。あたしの可愛い子分たちを、奴隷として売り払うわけにゃいかないもんでね」

「そうか……、なら仕方ねえ。取引はなしだ」

「ああ、取引はなしだね。ということは……」

「海は狭い。またどこかで ――」

「おっと逃げる気かい」

「……ん? 取引が成立しなかったんだから、嬢ちゃん、あんたと井戸端会議ならぬ大海会議してても仕方ねえだろ」

「だから井の中に帰るってかい。そうはさせねえ。あんたたち、やっちまいな」


 少女が命令をくだし、犬、猿、雉が大夫に襲いかかった。


「うわ、やめ、てく、れ……」


 ざしゅっ。そして、ざばんっ。

 大夫は海の藻屑となり、拾円の雉が光線銃をくわえて、犬、猿とともに戻ってきた。


「ご苦労」


 少女は雉の毛並みをなでて言った。


「いい雉を買ったもんだ。海老鯛ならぬ、雉光線銃とは」


 犬と猿が嫉妬で膨れている。


「しかし、いかに優れているとはいえ、雉は雉だ。あんたに光線銃は向かないね。おい猿」

「へえっ」

「この光線銃は、あんたが使いな」

「わ、わしがですかっ」

「そうだよ」

「あ、ありがたき、しあわせっ!」


 犬が嫉妬で膨れている。


「あんたには、これをやるよ」


 少女はリュックサックからドッグフードを取り出して、犬に与えた。


「くうん」

「食え食え」


 犬は尻尾をふってよろこんで、これを食った。




 ***



 さて、ヨーガシジマにたどり着いた少女とその一行は、ミル・クレープの森へと入っていった。―― この森には、ミル・クレープという名の魔女が住んでおり、冒険者の行く手を阻むのだ。


 果たして、


「オーッフォッフォッフォ!」

「出たな、ミル・クレープっ」


 現れた魔女に、猿が光線銃を向ける。


「うちの親父おやっさんに手出しはさせねえぜっ」

「おい猿、あたしゃ親父さんかい」

「あ、すんません」


 主従がこのようなやりとり(コント)をしている隙に、


「くおーん」

「バタバター」


 犬と雉が、魔女に捕らえられて、それぞれ犬小屋と鳥かごに入れられてしまった。―― 犬には逃げられないようにリードがつけられている。―― 犬はピンク色の可愛いリードが気に入ったらしく、尻尾をふっている。


「お、おのれーっ」


 ぷしゅーんっ。


 猿がレーザー光線を放つが、


「ミルミルどかーんっ」


 魔女が呪文を唱えると、いくつもの石柱(モノリス)が地面から飛び出し、レーザーを遮断した。

 そして、


「ミルーどこーんっ」


 今度の呪文で、空からモノリスが降ってきた。


「猿っ、危ないっ!」

「お、おやっさ……、お姉ちゃんっ」


 どしーんっ……! ―― モノリスは、少女の上へと着地した……。


「オーッフォッフォッフォ、猿をかばったのかい。いい気味じゃ、特製ミルミルに挟みこんで、食っちまおう」

「お、おねーちゃーん……!」


 猿は泣いた。―― 泣きながら、主人あるじとの出会いを思い出していた。



 ――


「おい、そこの娘」

「なんだい、猿」

「ここの温泉は男湯でも女湯でもねえ、ボス猿専用の湯、その名も、―― ボスざる ―― だ。入りたきゃ、わしを倒してからにするんだな」

「……あんたがボス猿か」

「そうだ。わしがこの一帯を仕切るボスの中のボス、ボス猿だ。この尻の傷が、歴戦の証だ」


 ざあと湯から上がって、猿は尻を向けた。


「ふっ、あんた……、レディに尻を向けるとはいい度胸だね。……やる気かい」

「……んあ?」


 ざばーと湯へ入った少女は、ボス猿に組みついた。


「ちょ、ちょっと……、なにすんだよっ」

「どりゃーっ」

「うきゃーっ! ま、まいりやしたーっ!」


 ――



「あれからわしはっ、おねーちゃん一筋で……、おねーちゃんを、お慕いもうしてまいりましたーっ。なのになのにっ……、うぐっ、わしのせいでっ……、うきゃっ、お姉ちゃ……、うわーんっ」


 猿の涙は滝となり、愛する人を下敷きにしたモノリスへと降り注ぎます。


「オーッフォッフォッフォ、思い知ったか猿っ、これがケーキ魔人の中のケーキ魔人、ミル・クレープ様の力なんじゃよ、オーッフォッフォッフォ!」


 メキメキ、ぽんっ。―― 猿の涙を浴びたモノリスが、音を立てて割れた。


「な、なんじゃっ……?」

「よくも……」

「フォウェエっ?!」


 まばゆい光とともに姿を現したのは……、潰されたはずの、勇者の少女だった。


「よくもあたしの可愛い子分を泣かしたなーッ!」


 バチコーンっ。


「ミルミルるーっ……!」


 少女の棍棒スイングによって、ミル・クレープは空の彼方へと吹っ飛ばされて爆ぜた。


「お、親父おやっさーん……」

「親父さんじゃないわっ!」




 ***




 さて、少女と犬と猿と雉は森を抜けて、シブーストの林へと入っていった。―― この林には、クレーム・シブーストという名のおじさんが住んでおり、冒険者の行く手を阻むのだ。


 果たして、


「おやおや、旅のお人かいな」


 クレーム・シブーストのお出ましである。


「出たな、クレーム・シブーストっ。うちの親父おやっさんには指一本……あれ、なんか違う? まあいいか。指一本 ――」

「親父さん言うなっ!」


 ふたりがそんなやりとりをしている間に、犬と雉は捕らえられてしまった。―― 犬は、犬用に味付けされたケーキをもらってご機嫌である。


「お、おのれーっ」


 ぷしゅーんっ。


 猿が光線銃を放つが、シブーストの投げたスポンジによって遮断される。


「シブシブアマアマ、カラメールっ!」


 香ばしいにおいとともに、クレーム・シブーストのカラメル弾が猿に向かって放たれた。


「猿っ!」


 べちょーんっ……。


「お、お姉ちゃんっ……!」


 べっちょべちょーんっ……。―― カラメルソースの塊の中に、少女は閉じ込められてしまった。


「おやおや、猿をかばったのかいな。気の毒じゃ、お紅茶と一緒に三時のおやつにしてやろう」


 猿は泣いた。


「おねえちゃーんっ……!」


 泣きながら、山岡大夫を倒したときのことを思い出していた。



 ――


「おりゃーっ」

「うわ、やめ、てく、れ……」

「雉、レーザーガンを奪ったぞ、ほれっ」

「バタバター、キャッチーっ」

「犬、とどめの一撃だーっ」

「がおーっ、ガブリっ」

「や、や、られたーっ……!」


 ざしゅっ、と倒れた山岡大夫は、最期に言った。


「……あんたらよ……、天下の山岡大夫を倒したからには、最後の最後まで、てめえらの主人(あるじ)に仕えて名を残すんだぞ。しあわせを……つか……め……」


 そして、ざばんっ。


 ――



「お姉ちゃーんっ、わしは、大夫さんと約束したんですーっ、だから……ってわけじゃないけど、ずっとお姉ちゃん一筋でっ……! それなのに、お姉ちゃん、わしのせいでっ……!」

「猿よ、残念だが、これがこの世の摂理っちゅうものでな」

「うわーんっ」


 ペチャチャチャチャっ。―― 猿の涙は層になったカラメルを破り、中から現れたのは、―― もちろん、閉じこめられたはずの勇者の少女だった。


「よくも……」

「な、なにが起こったのかいな」

「よくもあたしの可愛い子分を泣かしたなーッ!」


 バチコーン!


「ぐじょーっ……。」


 少女の棍棒ビートによって、クレーム・シブーストはグジョグジョになって爆ぜた。


「お、親父おやっさーん……」

「親父さんじゃないわっ!」




 ***




 さて、少女と犬と猿と雉は林を抜けて、一本の木の前へとやってきた。―― この木の下に、伝説のキドニー・パイ……という名の宝石が埋まっているという。


「バタバター、お別れです、お嬢」


 雉が言った。


「くうん、寂しい、くうん」


 犬も言った。


 とうぜん、勇者の少女は首を傾げた。―― その仕草は、まるで日本舞踊の踊り手のように美しく、可愛らしかった。


 雉は言った。


「実は私たちは、この島のボス、イチゴ・ショートケーキ様に仕えるしもべなのです。それで、あなたがこの島の宝を強奪しようと企んでいると知って、それを阻止するために遣わされたのですが……、結局のところ、こちらへの渡海を阻止するよりもこちらに導いてから、魔女やおじさんの力をお借りして叩きのめしてもらうのがいちばんだろう、そのほうが他の冒険者への見せしめにもなって一石二鳥だろうと思って、―― いや、ほんとは一石二鳥ということばは嫌いなんだけど……、鳥ですからね ―― まあとにかく、そういう考えでお嬢と一緒にこちらまでまいったわけでね」

「だからお別れなんです、くうん」

「……」


 少女は猿のほうを見た。


「……猿、あんたもか」


 猿は目に涙を浮かべて言った。


「たしかに……、たしかにわしも、イチゴ様の手下でした。嘘ついててごめんなさい。だけどっ……!」


 猿は泣き出した。泣きながら、吠えたてた。


「おい犬と雉っ、お前たちは、宿屋で親父おやっさんと食べ交わしたお煎餅せんべいの味を忘れたのかっ。わしは、あのお煎餅の味と引き換えに、イチゴケーキの味を忘れたわっ、宿屋のおばちゃんが証人だっ」

「猿……」

「わしはあの晩に、この人に一生ついてくって決めたんだっ! うわーんっ」


 犬は一緒に涙を流した。

 雉は優しそうな笑みを浮かべて、「やれやれ」と言った。


「猿……、事情はよくわかった」


 少女は言った。棍棒を握りしめながら。


「つまりあんたは、宿屋ではじめてあたしの子分になったのであって、温泉郷でのレスリング対決の後に交わした姉弟きょうだいの契りは、あれは嘘偽りだったんだな……」

「フェ……?」


 バチコーンっ!








 少女は泣いていた。犬、猿、雉の前に膝をついて。

 そしてその手には、―― 悲しさのあまり粉砕してしまった棍棒の残骸が、痛々しく突き刺さっていた。


「あ、ごめん、でも……、お姉ちゃんのこと慕ってついてきたのはほんとだし……、少なくともわしはそうですっ」

「バタバタバタ……ばかっ、私もだよっ」

「くうん、僕もだよ、くうん」


「……ほ、ほんとに……?」


 泣きはらしたお目目をあげて、勇者は三人(一頭と一匹と一羽)の仲間を見た。―― 三人とも、勇者を支えるにふさわしい、凛々しい顔つきをしていた。


「勇者よ、お気をたしかにです。僕たちは、勇者であるあなた……この物語の主人公であるあなたを支える、いわば準主人公。しっかりとおつとめさせていただきます、くうん」

「ぐすん。……い、犬ーっ。雉、そして、猿ーっ!」



 きらーん。



 そこに現れたのは、神々しい光を放つ、イチゴ・ショートケーキ。


「合格だ」

「え……」

「え……」

「え……」

「……くうん?」


 イチゴ・ショートケーキは言った。


「勇者たちよ、お前たちの友情は、伝説のキドニー・パイを手にするに値すると見た。よって……、持っていくがいい。出でよっ!」



 ズドドドドっ、ぼざっ。


 地面が盛りあがり、きつね色に輝く直径34センチメートルの宝石が姿を現した。



「ただし、私を倒してからなっ!」


 ぷしゅーんっ。


「グオっ……、そ、それは……、グアーっ!」


 光線銃の一撃で、イチゴ・ショートケーキは爆ぜた。

 空には生クリームがはねあがり、勇者一行の勝利を祝福した。


「よくやった、猿!」

「うきゃうれしっ」

「バタバター」

「くうん」―― 犬はさっそく、クリームのおこぼれを探しにかかった。




 こうして、勇者の少女は、伝説のキドニー・パイを手に入れたのであった。

 しかし、少女にとってのいちばんの収穫は、―― 以後、ともに冒険し、手に入れた宝を分かち合える、唯一無二の三人と出会えたことだった。


 (おしまい。)













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者という言葉の解説部分は、私のコラムから拝借しましたか? 全てのキャラクターの性格に書き手の性格を感じるところが、檸檬さんらしいな、と思いました。
[一言] なんなんだ、なんなんだ~このノリは~とか思いつつ、最後まで読んでしまいました。キドニーパイって、お菓子じゃなくてお総菜部門でしたよね、確か。 美味しそうな敵に目もくれず、ストイックに(!?)…
[良い点]  お姉ちゃん、いえ、姐さん、恰好いいぜぇ。少女なのに、甘い物に目もくれず、お宝探しをしているとはなんてハードボイルドなのでしょう。  甘い物中毒から抜け出せないわたしには真似できません。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ