それぞれの話
瑞葵が知っている王子様とお姫様と言ったら、物語か歴史の登場人物だ。どちらも大抵、困難な人生を歩んでいる。
エナとゼマーも、例に漏れなかった。二人とも生まれも育ちも違う国だが、共通しているのは王座にはほど遠い地位にあるのに、王座に近い者から疎まれているという点だ。
「じゃ、お姫様からどうぞ」
エナはオンターム王国の第三王女だった。改めて年齢を聞けば、十六歳だった。自分が十六歳だった頃と比べてはいけないと、瑞葵は自分に言い聞かせた。エナには同母の兄姉の他に、複数の異母兄もいる。彼らに不幸があってもエナ自身は王位を継ぐことはできないので、高みの見物かと思えば、別の問題があった。
「エナの場合、浄化魔法が使えるせいで余計な敵が増えてるんだよな」
そう言ったのはゼマーだ。敵の存在についてはエナは否定したが、次の大巫女の座を巡って争いが起きているのは間違いないようだ。瑞葵の理解では『大巫女の座』とは、複数の国家間に跨がる宗教団体の総まとめ役、である。確認はしていないが、多分合っている。王家にも一言を与えることができる立場とあっては、一国の王座よりも魅力的かもしれない。
「お姫様に大巫女様なってもらえれば、お兄さん達は都合が良いんじゃないの? 遠回しに他の国に干渉できるとか」
「逆もあるだろ。大巫女の意見で王位から下ろされた王もいるんだぜ」
「なるほど」
「最終的には大巫女様がお決めになることです」
エナ自身は特に興味が無いようだ。
「じゃあ次は、王子様」
エナのことを得意げに語っていたゼマーは、自分のことになると口が重くなった。
イオライ王国の第三王子だが、年齢は十七歳と言うこと、母親の身分が低いために王位継承権は無い、というところまで何とか聞き出した。ゼマー以外にも同じ境遇の王子は何人もいるので、珍しいことでは無いそうだ。ちなみにかなりの功績を残さない限り領地も与えられないので、他の貴族家に婿養子に入るのが通例だという。
「てことは、王子様もどこか婿入りが決まってるの?」
話の流れからしてごく自然な質問だと思ったが、微妙な空気が流れた。訊いてしまったら不味かったかなと思ったが、もう遅い。
「……まあ、一応、決まっては、いるけど」
一言一言、絞り出すようにしてゼマーは言った。最後に、ちらっとエナを見る。
「もしかして」
「ゼマー殿下は私の婚約者です」
明日の天気を話すように、エナ。ゼマーと違い、特別な感情は持っていないことは明確だ。
(片思いかー)
ゼマーはあからさまにがっかりした顔をしていた。この先報われるといいねと、心の中で囃し立てておく。それはともかくとして、他国に婿入りする王子を狙う理由は何なのか。
「私自身には王位継承権は無いのですが、私の夫には継承権が発生するのです」
「聞けば聞くほど複雑な環境ね……」
「ほんとにわかってんのかよ」
馬鹿にしたようにゼマーが言った。瑞葵は首を振る。
「全部完璧に理解してるのかって意味ならノーだけど、あそこに転がってる人を雇った人に心当たりがありすぎるって点ならよくわかったわ」
アートリーは少し前に目を覚ましていた。手足を縛るだけでなく、呪文を唱えられないように口も塞ぐべきではと瑞葵が言うと、アートリーは顔を真っ赤にして罵詈雑言を吐き散らした。何を怒っているのかわからずに困っていると、エナが「どうやら先ほど救世主様が炎を収束されると同時に魔力も吸収してしまったようです」と編訳してくれた。
わめき散らす言葉の端々から意味を拾い上げると、そうなるらしい。この先アートリーが二度と魔法を使えず、社会的に死んだも同然にしてしまったのかと怯えたが、エナが一時的な現象だと否定してくれた。
ただし、一日のことなのか、一年のことなのか、十年のことなのかまではわからないとエナが付け加えてから、アートリーはずっと黙り込んでいる。ちょっとだけ同情したが、何か企んでいるのかもしれないので油断は禁物だ。
「まとめて始末する、とか言ってたし……もしかしてあたしも含まれていたような気もするんだよね」
「だとしたら神殿の……まさか大巫女が……」
「いえ、魔王討伐であれば連合の可能性もあります」
「可能性が広がっちゃったね……」
「予想もしないで足下をすくわれるよりいいさ。なんにしても、そろそろあいつからも話を聞く頃合いか」
ゼマーが鋭い視線を投げる。アートリーは聞こえない振りである。
「……少し痛い目を見てもらうか」
「それは最終手段と言うことで。そもそもあの人は、どういう関係?」
「護衛、というか道案内か。師匠の知り合いの魔道師の弟子で、旧帝国の地理にも詳しいっていうし」
「王子様の師匠って? 王様?」
「何でそうなるんだよ。師匠は、剣の師匠だよ」
「ああ、そっち……」
瑞葵が恥じている間に、ゼマーが悔しそうに呟く。
「おかしいと思ったんだよな、あの師匠が、オレの役に立つ護衛を付けてくるなんて」
「その師弟関係は間違ってない……?」
率直な疑問を口に出せば、ゼマーはどこか遠くを見つめて薄ら笑いを浮かべた。
「師匠はな、弟子を鍛えるためなら何でもするんだ」
「王子様はいいかもしれないけど、それって王女様も巻き込んでるよ? いいの?」
「エナはオレが守る」
ゼマーはカッコよく決めたのだが、エナの方はもって現実的だった。
「そもそも、最初にゼマー殿下を巻き込んだのは私の方ですから。シノーシュ様も戒めるおつもりだったと思います」
「ということは王子様の師匠と知り合い?」
「はい。私も護身術程度ですがシノーシュ様に教えを乞いました」
「やっぱり鍛えるために何でもされたの?」
恐る恐る尋ねると、エナは微笑んだ。
「身を護るために何でもすることを学びました」
「……覚悟が決まったら詳しく聞くことにする」
「そうですか? それでは今度は救世主様のことをお聞かせくださいませんか」
「あたしの話は何も面白くないと思うけど」
ゼマーにも確認しておいてから、瑞葵もこれまでの自分のことを話した。会社員の父とパートタイマーの母の、ごく平均的な家庭で生まれ育って、大学まで卒業して就職して、彼氏いない歴と年齢が同じの独身アラフォーとなり、このまま平凡な人生を閉じるのだと思っていたら救世主として召喚されて亡霊になった――我ながら、人生の前半と後半の落差が激しすぎる。
(亡霊になっても人生って言うのかわかんないけど……あと人生の後半ってどこまで続くのかもわかんないけど!)
今のところ、元に戻ることも人として人生を閉じることもできない状態である。そう思ったら、目の前が暗くなってきた。
「暗くなってきたな」
ゼマーが言った。瑞葵の気分の問題ではなく、単に日が落ちただけだった。
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