ワケありの王子様と王女様
「おい」
「ぎょああぁっっ!?」
いきなり呼びかけられ瑞葵は、驚き過ぎておかしな叫びを上げる羽目になった。
「どっ、ど、どこにいた……ていうか、帰ったんじゃなかったの!」
声をかけてきたのはゼマーだった。ゼマーは怪訝そうな顔をする。
「帰ったって、オレたちが? なんでだよ」
「なんでって、さっきの所にいなかったからてっきり」
「ああ、崩れると危ないから移動したんだよ」
ほら、とゼマーが指さす方向は、瑞葵の斜め前、崩れた場所からやや離れた位置だ。膝を抱え込んだエナと、縛られて転がされているアートリーの姿もある。
「なるほど……確かにちょっと危ないね」
外から見てわかったのだが、この城はかなりの年代物だ。一カ所が崩れて、連鎖反応で全壊前回してもおかしくない。
頷く瑞葵をみて、ゼマーは更に呆れかえった。
「だいたい、オレたち目の前にいたのに何で気づかないんだよ」
「うっ、それはその……帰ったと思ってたし……」
「エナがあんたのことを置いて帰るわけねえだろ」
「そんな断言されても、初対面だし、わからないよ」
「エナはこの三ヶ月間ずっとあんたの魂を探し回ってたんだぞ!」
どうしてわからないんだと、ゼマーは怒りを孕んだ声で言った。
「三ヶ月……? え、おかしくない? あたしがこの世界に呼び出されたのって今日……あれ、昨日?」
目が覚めたのが少し前だから、昨日かもしれない。そう思ったのだが、ゼマーは譲らない。
「だから三ヶ月前だって言ってんだろ」
「でもあたし、二人に会うちょっと前に目を覚ましたばっかりなんだけど」
「んじゃ、三ヶ月寝てたんだろ」
「そんな三ヶ月も寝てるなんて……」
「山にいる獣は寒くなると暖かくなるまで寝るって言うし」
よくあることだろと、ゼマー。瑞葵は、当然怒った。
「熊の冬眠と一緒にしないでよ!」
「知るかよ。だいたい、昨日とか今日でこんな所まで来られるわけねえって、考えりゃわかるだろ」
「わかんないわよ。ここがどこなのか、王子様達がどこから来たのか、違う世界から来たあたしが知るわけないって考えたらわかるでしょ!」
同じ言葉で言い返してやる。ゼマーが言葉に詰まったのを見て、瑞葵は踊り出したい気分になった。
「……ちっ。じゃあ教えてやるよ。ここは『穢れ地』の西、旧帝国領でいうと、バルティケイの辺りだよ」
「地名で言われてもわからないんだよね。地図とかないの?」
「無い」
ゼマーは大いばりで言う。瑞葵はため息を吐いた。
「使えない王子様だなー。じゃあ、ここに描いて見せてよ」
足下の地面を指すと、ゼマーは「なんでオレが」とかぶつぶつ言いながら傍らの石ころを拾って地面をひっかき出す。
「ここが『穢れ地』で、この城は、この辺で……」
大きな丸の中に小さい丸を描いただけである。地図と呼ぶのもおこがましい。
「ふたりはどこから来たの?」
「オレの国、イオライはここ。エナの国のオンタームはこっちだな」
ゼマーは大きい丸の下に小さい丸を二つ並べて描き加えた。
「お隣どうしなんだ」
ということは、エナとゼマーの関係は幼なじみというとこだろうか。隣近所と言っても単位が国なので、瑞葵が想像しているような幼なじみとは違うかもしれないが。
「ここからここまで来るのに三ヶ月かかったの?」
「さすがにそこまかからねえよ。支度に手間取って……実際に歩いたのは一ヶ月くらいか」
「一ヶ月も歩いてきたの? この世界って、王子様でも歩いて旅するものなの?」
少し、おかしくないだろうか――違和感が、じわじわと膨れあがってきた。そういえばこの二人の他に出会ったのはアートリーだけだ。周囲を回っても、護衛が待っている様子は無かった。この世界の王族は、護衛も付けずに一ヶ月も出歩くのが普通なのだろうか。
「オレだってエナを歩かせたくなんかなかった! でも――」
ムキになるゼマーを止めたのは、エナだった。
「――私も、ゼマー殿下をお連れするつもりはありませんでした」
気配も無くやってきたエナは、まだ顔色が悪い。ゼマーが慌てて支えてやると、エナはありがとうと微笑んだ。その瞬間のゼマーの表情からは、傍目にもわかるほどの至上の喜びがあふれ出していた。
「王女様は一人でここに来るつもりだったの?」
「はい。大巫女様にも見えなかった救世主様の魂の行方を捜すなど、誰も本気にしてくれませんでしたから」
「それで一人で出てきちゃったの?」
「一人じゃねーよ。オレがいるんだから」
「じゃあ二人で出てきちゃったの? それっていろいろ問題があるんじゃないの?」
「そうですね。ですが一番の問題は……私とゼマー殿下が存在すること、だったようです」
「は?」
エナはアートリーを見ていた。ゼマーは悔しそうに俯いた。
「悪い、エナ。まさか、あいつらが本気でオレたちのこと始末しようとするなんて、思ってなかったんだ」
「ゼマー殿下のせいではありません。むしろ、私のワガママのせいでゼマー殿下を巻き添えにしてしまったことが申し訳なく――」
「それこそエナが謝ることじゃねえだろ!」
「あのー、もしもーし、二人で盛り上がらないでくれるかな?」
両手をひらひらさせて、瑞葵は二人の世界に割り込んだ。邪魔するなと言わんばかりのゼマーを無視して、瑞葵は言った。
「とりあえず、あたしは二人があたしのために来てくれたことは信じることにする。だから、もう少しお互いの話をしてみない?」
反対意見は、出なかった。
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