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爆炎

「戻る……?」


 差し込んだ希望の光は、エナの髪よりも眩しかった。生きていると何度も繰り返したエナの言葉は、瑞葵の心にしみこんでいた。


「戻れる、の……?」

「はい!」


 肯定するエナの声と、


「――そんなわけねえだろ!」


 否定する誰かの声が重なった。


「は?」


 新たな第三者の登場を、瑞葵は確認できなかった。

 顔を上げた瞬間、爆炎に包まれていたので。


「きゃああああ!」

「エナ!」


 エナの悲鳴とゼマーの怒声が飛び交う。瑞葵は何か起きているのか把握できず、ぽかんとしていた。


「……嘘だろ?……」


 炎に包まれていたのは、時間にして十秒も無かったと思う。たったそれだけの時間でも、周囲で炎が踊り狂うというのは心臓によろしくない。


(あ、今のあたしに心臓は無かった)


 自分突っ込みをしている間に、炎は急速に勢いを失って地面に吸い込まれるように消えていった。これは一体どういう現象なのか。


「アレを食らって、なんでもないとか……嘘だろ!?」


 再び、知らない声がした。とてもショックを受けているような弱い声だった。


「アートリー! どういうつもりだ!」


 ゼマーが怒鳴った。その声でエナが我に返った。


「救世主様、ご無事ですか!?」

「え? あたし? えっと……多分?」


 見下ろした視線の先には黒っぽい布の塊があるだけで、先ほどから何も変わっていないように見える。変化があるとしたら、一つだけ。


「天井は、壊れちゃったみたいだけど……」


 視線を上げれば、雲に覆われた空が見えた。雨が降りそうで降らなそうな、曖昧な空だ。だから瑞葵の周囲に差し込んでくる光も、薄ぼんやりとしている。

 それでもカンテラの明かり一つの時よりも、エナの美貌は明らかになったし、ゼマーの髪が実は薄紫色だったと言うことも判明した。


「ていうか、今何が起きたの? なんか火が見えたんだけど」

「火が、見えた……?」


 反応したのはゼマーが怒鳴りつけていた相手だった。呆けた様子でふらりと一歩前に出る。足下で、からんと小さな瓦礫が転がった。


「火が見えた……それだけだと……?」

「それ以上近づくな、アートリー」


 ゼマーが冷たい声で言い放つと、相手は動きを止めた。

 アートリーと呼ばれたのは、白髪の青年だった。長身で、身につけているのはエナやゼマーと同じ麻袋そっくりのマントに生成りの上着と黒のズボン。この世界にはこの服しかないのだろうか。手には長い棒を一本、握っている。杖と呼べるほど整えられてはいない。節くれ立っていて、少し曲がっている。落ちいてた木の枝を拾い上げただけかもしれない。


「どういうつもりだときいたんだ、オレは」

「……どうもこうも、見ての通りですよ、殿下」


 ふ、っとアートリーは息を吐いた。何を吹っ切ったのか、次に低い声で笑うと、身体の前に杖を立て、狙いを定めるように目を細めた。


「まとめて始末します。今度は手加減無しです。悪く思わないでくださいよ」

「アートリー!」


 ゼマーは腰の剣に手を伸ばした。が、急に振り返ってエナに覆い被さる。

 瑞葵は、ぼけっとその様子を眺めていた。

 何が起きているのか尋ねる前に、再び爆炎に包まれた!


「……は?」


 心臓に悪い光景も、二度目になると少しだけ余裕が出てくる。炎は瑞葵を中心とした半径二メートル程の円周上で踊っている。迫力のあるファイヤーダンスだ。こんなに近距離なのに熱は感じないし、火の粉も飛んでこない。ただ眺めているだけなら、綺麗だった。


「……今度はなかなか消えないわね……」


 十秒以上経つのに、炎は静まる様子がない。


「……アートリーが、次々と炎を送り込んでいるのだと思いますわ」


 覆い被さっていたゼマーを追いやったエナが言った。エナも落ち着いているのは、やっぱり二度目だからだろうか。

 一方でゼマーは、信じられないといった様子で、炎と、瑞葵を交互に見ていた。


「アートリーが、外したわけじゃなかったのか」

「外したって、なにを?」

「救世主様がお守りくださっているのですわ、ゼマー殿下」


 丁寧に礼を述べるエナは、どうしてか、少し悲しそうに見えた。


「お礼を言われる理由がわからないのだけど……」

「いや、これ、やってるのあんただろ?」


 ゼマーが炎を指さした。瑞葵は首を振る。


「火なんか付けてないし」

「逆だよ。火が来ないようにしてくれてるんだろ? 俺たちは、単なるついでかもしれないけど」

「ついで? ううん、あたしなんにもしてないけど」


 何をどうやったらそんなことができるのか、逆に聞きたいくらいだ。

 もうしばらくファイヤーショーを観覧して――燃料が尽きたのか、炎は再び地面に吸い込まれるようにして消えていった。


「……見通し良くなったわね……」


 炎が消えると、壁と天井は無くなっていた。建物全体が崩れたわけではなく、瑞葵がいた一角が無くなっただけのようだが。


「……嘘だろ……」


 残った建物の中から、アートリーが愕然とした様子で呟いていた。


「アレで……消えないなんて……魔王め!」

「待て!」


 アートリーが身を翻すと同時に、ゼマーが動いた。ほんの一瞬の間に、ゼマーはアートリーに迫り、引き倒して殴りつけた。アートリーは「うっ」と呻いて動かなくなる。


「ゼマー殿下!」


 エナが小さく悲鳴を上げる。


「殺してない。大人しくしてもらっただけだ。こいつにいろいろ聞かないといけないし」


 どこから取り出したのか、ゼマーは縄でアートリーの手足を縛り上げると、瑞葵の前に引きずってきた。それから、挑むような顔を瑞葵に向ける。


「あんたにも、いろいろ聞かないといけない」

「ゼマー殿下。まずは救世主様にお礼を言うべきだと思います」

「……そうだな。アートリーの魔法から俺たちを守って、礼を言う」

「だから、あたし何もしてないんだけど」

「恐らく、無意識のことだったのでしょう。ですがあの炎を避けてくださったのは救世主様でした。ただ残念なことに――」


 エナは項垂れた。


「そのお力は、魔王のものでした……」

「は?」


 さっきから何回「は?」って言ったっけ――混乱を通り越した瑞葵の心はそんなどうしょうも無いことを考えていた。

お読みくださってありがとうございます。

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