表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

新魔王への道1

 一人ずつ。

 時には、数人をまとめて。


『ここまできたというのに』

『無念だ』

『せめて、あと一太刀』


 怨嗟の声も一緒に取り込んだ。彼らの怨念は、正しい相手にぶつけるつもりだった。とはいえ、彼らは正しい相手を知らないので半分くらいは、自分で受け取るしかない。そう思うときだけ、苦笑が浮かんでしまう。


『おまえは……何をするつもりだ』


 最後の最後で問いかけてきた者は、何に気づいたのだろう。問いも答えも、一緒に取り込んでしまった。

 一人ずつ。

 時には、数人をまとめて。

 嬉しいことに人は限りなく能力を高めて現れる。これなら、大丈夫だ。十分に集まる。

 ただ、最後が一番難しい。

 守護神が去ってしまった以上、他に加護を授けてくれる神を探さなければならない。しかし魔神の祝福を受けてしまったこの身に、加護を授けてくれるような希有な存在がいるかどうか。神の加護を受けた、力ある人間が現れるのを待つ方が確率は高いが、そんな時間は残されているのか。

 じわりと、胸の内に焦りが生まれる。自制が効かなくなる。胸を突き破らんばかりの不安が声にならない悲鳴となり――そして魔王はいつもそこで目を覚ます。


***


「だいじょぶ? うなされてたみたいだけど」


 ぺしぺしと額を叩いてやれば、魔王はゆっくりと目を覚ました。数秒ぼんやりとした後で、目元が険しくなった。


「……どうしてあなたがここにいるのかしら」

「偵察が戻ったら呼びに来いって言ったの、そっちだよね!?」

「……」


 魔王は険しい顔のまま、左右を見回した。室内にあるのは物書き机と椅子、それから座っている古いソファ。足下には数枚の書類が散らばっている。そこまで見て、魔王は自分がいつの間にか、うたた寝してしていたことに気づいたようだ。表情がさらに険しくなる。


「……この身体は厄介だわ」

「今更なにを、っていうか、勝手に人の身体乗っ取って言うセリフじゃないよね!?」


 魔王が、正真正銘の魔王だった頃は睡眠は不要だったそうだ。疲れを感じたときには、ほんのひととき微睡むだけで済んでいたのに、瑞葵の身体では定期的に栄養を摂取して、休まなければならない。


「身体が休息を求める頻度が高すぎるわ。これまで怠けてきた証拠よね」


 痛いところを突かれた。


「う……そんなことは……周りだって運動してる人なんて少なかったし! だいたい、あの生活環境で身体を鍛えるなんて……できないことは、なかったのかもしれないけど……でもフィットネスジムとか高いし続かないし――」

「それで、来訪者はどこに?」


 瑞葵の抗議と言い訳は、さらりと流された。


「……そんな偉そうにかっこつけて訊くほど部屋数無いからね?」


 ここは『穢れ地』の辺境、境界線よりは中心部に少しだけ近づいた場所、というのがわかりやすいだろうか。元は大農家の家だったようだ。大部屋が一つと小部屋が三つ、その他は納屋と台所という作りになっている。小部屋はそれぞれ瑞葵と魔王、それからシノーシュが使用している。偵察と一緒に出ていたシノーシュは、今は大部屋で魔王が現れるのを待っていた。


「なんだ、寝ぼけた顔してるな」


 一目でシノーシュは魔王が今まで何をしていたのかを言い当てた。鋭い観察眼だが、魔王の機嫌は急降下である。


「報告を」


 空いている椅子に座って魔王は短く言う。テーブルを挟んだ向かいに座っているのは三人。シノーシュは壁際に立っている。椅子を勧めたのだが、この位置が良いのだそうだ。


「『穢れ地』中心部方面の探索隊より報告します」


 偵察と言っているが、緊急時以外はまとめて定時報告とするのがここの方針だ。最初に口を開いたのは向かって左端の青年だった。


「中心部の裂け目については、クィンス師の指示により現状維持が保たれております。裂け目からの侵攻は周囲の部隊で対処できる範囲であり、定時交代で問題ありません」


 魔神討伐計画の最終工程だった救世主の取り込みに失敗したせいで、魔王は力を失い、同時に魔神の縛めが緩み始めた。それは過去に帝国を滅ぼしたときのように、魔神がこちら側に出てこようとし始めているということに他ならず、クィンスが『穢れ地』の呪いが揺らぎ始めていると判断したのは正しかったわけである。

 ちなみに行方不明だったクィンスは、弟子たちと共に帝国中心部まで辿り着き、魔神が現れる兆候である裂け目を発見したところまではよかったのだが、その後、魔物に追い回されて弟子共々重傷を負い、絶対安静の状態だったということだった。回復後はクィンス魔王と共に魔神降臨を阻止すべく、計画に参加した。なお、動機の九割以上は好奇心であることは間違いない。今は弟子たちと魔神の縛めについて現地で調査研究中だ。実はアートリーも加わっているのだが、主に裂け目から湧き出る魔物の討伐担当である。


「わかったわ。次」


 魔王に促されて、真ん中の青年が報告を開始する。


「境界線付近の連合軍の動きについて報告します。現状、変わりはありません。中心地からの魔族への対応は各砦とも問題ありません」


 それまで魔王に従っていた魔物たちは、裂け目から漏れ出る魔神の気配に触発されたのか、闇雲に人へと戦いを挑み始めた。裂け目から現れる魔物とは別に対処しなくてはならないという厄介な事態に、魔王は――喜んだ。


『丁度良いから魔物を倒して力を付け直してきて』


 最終段階で瑞葵の取り込みに失敗したとはいえ、魔王の力は未だに瑞葵の中で健在だ。魔王はその力を魔神討伐に活かすべく、計画を練り直した。計画の練り直しに三分もかからなかった。何しろあの日の魔王の話で、結果は確定しているようなものだったから。

 瑞葵を新たな魔王として鍛え直す――魔王がわざわざ口にしなくとも、あの場にいた全員が同じことを思っていたと思う。渋っていたエナでさえ、最終的には他に方法が無いと言っていた。


「念のため、中心地からの部隊が届きそうな時間を計算しておいて」

「承知しました」

「……」


 十日後くらいかな、と瑞葵は遠い目をした。少し心を傾けるだけで、遠い魔物の気配が読めてしまう。この規模はきっと自分が呼び出される。

 新魔王誕生計画――命名はゼマーだ――の第一歩は、魔物の討伐だった。魔王が人間から魔族に姿を変えられたときも、今の瑞葵にようにふわふわした亡霊だったそうだ。そこから「血の滲むような」努力と研鑽を重ねた結果、魔王として君臨するまでになった、というのが本人談。亡霊のどこに血が滲んでいたのかは、未だに謎である。

 謎は謎のまま、瑞葵も同じ道を辿ることを強いられている。しかもその方法が、かなり乱暴だ。まず、魔物の中に単身放り込まれる。すると命の危険を感じて魔王の力が発動する。周囲の魔物はばたばたと倒れるが、瑞葵も最後には心神喪失状態で倒れている。この繰り返しは、努力と研鑽と言って良いのだろうか。一年も繰り返しているが、姿は相変わらずふわふわ亡霊のままである。魔王に尋ねたら、個人差の一言で片付けられてしまった。

お読みくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ