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残念な真実

「は?」


 声を上げたのは瑞葵だった。


「何それ。そんな単純な足し算が成り立つわけ?」


 武術にも魔術にも、すべての方面に秀でていれば、神にも勝てるのかもしれない。しかしすべては仮定の上でに話だ。一つの能力が、別の能力を得ることが別の能力を削ぐことだってある。最強の剣は最強の盾と同時に存在できないのだ。それに人間には寿命があり、一定時期を超えてしまえば身体能力は年を重ねるほどに減退していく。人であり続けるなら、不可能な話だ。


(あれ、魔王って……何歳……?)


 瑞葵が思考を停止した隙を狙うように、うめき声がした。


「……正解、だったのか……」


 シノーシュは堪えるように片手で顔を覆っていた。


「師匠……どういう意味だよ?」


 ゼマーが詰め寄った。返答次第ではただでおかないと、気配がそう言っている。返り討ちにされる可能性の方が高い気もする。

 シノーシュは何もしなかった。手を外して、『穢れ地』の彼方を見やった。


「どうもこうもねえ。あいつの言ったとおりだってことだ」

「あいつ?」

「クィンスだ」


 シノーシュは言って、アートリーを見た。その名を聞いた瞬間、アートリーは息が止まるんじゃないかと言うくらいに驚いていた。


「……誰?」


 瑞葵はエナをそっと突ついた。が、エナも困惑したで首を振った。知らない名前らしい。


「……師匠が? 言ったとおり?」


 アートリーの声は掠れていた。シノーシュは頷いた。


「クィンスって人が、アートリーの師匠? アートリーの師匠さんってことは……『穢れ地』に何か調べに行ってる人だっけ?」


 現在は音信不通で行方不明、というところまで思い出した。


「その、クィンスという人はどういう人なのかしら」


 魔王も興味を引かれたらしい。シノーシュは顎をでアートリーを指した。


「魔術師で、こいつの師匠だ」


 魔王はアートリーを見た。


「あなたの師匠はどうして『魔王』の正体に気づいたのかしら」


 言ってから、魔王は愚問だったことに気づいた。


「あなたは知らされていなかったわね」

「……!」


 アートリーは真っ青になって唇をかみしめた。

 そんなにはっきり言わなくてもいいのに――場を取りなす言葉が見つけられない。気まずい空気をものともせず、魔王は改めてシノーシュに話しかけた。


「どうして気づいたのか、理由は聞いたの?」

「魔術師って奴は大抵捻くれ者でな、クィンスの奴は俺が知ってる中でも一番の捻くれ者だ」

「師匠に言われ――っ!」

「ゼマー殿下、お静かに」


 最後まで言い終える前に、エナが水袋をゼマーの口に突っ込んだ。ゼマーが水袋を吐き出す頃、魔王は何事も無かったように――多少の動揺はあったようだが――シノーシュに問いかけた。


「……気づいた理由が、捻くれていたから?」

「それ、理由なの?」


 瑞葵もつい、口を出してしまった。シノーシュは肩をすくめる。


「そうとしか言いようがねえってことだ。どうして魔神は魔王なんてものを作り出したのか。どうして魔王は自ら前線に出てくるのか。他にもいろいろ言ってたが、最後にこの二つの疑問だけが、いつもあいつの口から出てきた」

「それだけで真実に行き着いたというの?」


 魔王は眉を顰めた。疑問を口にするだけで真実がわかるなんて、信じられない。


「俺が聞いたのはそれだけだからな。魔術師の考えることなんか俺にはわからねえ」


 あとは魔術師に聞け――シノーシュはそう言い捨てた。


「あなたの師匠はどうして真実に行き着いたの?」


 アートリーは黙り込んでいた。魔王の問いかけが聞こえていなかったのかもしれない。両手を握りしめたまま、つま先を見つめている。


「何も聞いてねぇんだろ。一人だけ置いてけぼりにされてたんだし」

「ゼマー殿下」

「!」


 再び水袋が詰め込まれる前に、ゼマーは自らの手で口を塞いだ。


「置いて行かれた?」

「あんたが救世主に撃たれた後、あいつは『穢れ地』の呪いが揺らいでるとか言い出してな。弟子を引き連れて飛び出してって、それっきりだ」


 結局、シノーシュが答えた。そう、と魔王は頷いた。


「どうしてあなたは連れて行ってもらえなかったの?」

「俺は! 俺は自分で、自分の意思で師匠の元から離れてたんだ!」


 アートリーは両腿を拳で叩いた。己の不出来さを誰より嫌っていたのはアートリー自身だ。


「どちらでもいいわ、そんなの。要するに、何も聞かされていないのね」

「……師匠は!」


 アートリーは立ち上がった。魔王に掴みかかる手前で、堪えた。


「昔、師匠は俺に訊いたんだ。人が神を倒すためにはどうしたらいいかって」

「あなたの答えは?」


 対して魔王の反応は冷静の一言だった。勢いをすべて流されて、アートリーはまた視線を落とした。俯いたまま、ためらいがちに答えた。


「……あの時は、俺はまだ子供で……そんなの剣も魔法も、全部得意な奴が現れるしかないだろうって……ついでに、倒したい神と違う神の守護があれば、なお良いんじゃないかって」

「純粋な子供だからこそ行き着いた、とでもいうのかしらね」


 なぜか魔王はとても嬉しそうだった。


(……あれ、それって……?)


 当時の最高位の武術や魔術を極めた者の能力を次々と取り込んだ魔王。

 その魔王の能力を取り込んでしまった、瑞葵はエナによればキアユ神の導きにより、この世界に現れたらしい。


「……」


 瑞葵が流れるはずの無い冷や汗を流し出した頃、魔王は振り返った。


「まさか、最終段階でこんなつまづき方をするとは思っていなかったわ」


 とても、残念そうに言われた。


お読みくださってありがとうございます。

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